14 密着取材
翌日、ミシュリーヌは本当に撮影班を連れて現れた。
小人族のカメラマンと、オーク族の荷物持ちだった。
待ち合わせ場所にしていたのは、俺が屋台を仕舞っている倉庫。
彼らは幾つもの水晶玉を使って、馬車の外観や厨房の様子などを撮りまくった。
馬じゃなくてネズミだからとか、中古なのでカッコ悪いなどともう言っていられない。
俺は厨房に立ち、仕込みをしている真似事をさせられた。
スープはかなり残っていたし、麺もトッピングも全てそろっている。
本来なら、そのまま営業に行ける状態だった。
だから大昔にどこかでやったような、鍋を振る動作、盛り付ける動作をやった。
さすがに詐欺じゃないかと思ったが、ミシュリーヌはディティールが大事なのだという。
「あなたのやっている事に皆を注目させなくちゃいけないの。珍しいチキュの、それも全く新しい食べ物。それを売り込みたいのでしょう? だったら、やり過ぎなほど見せ付けなくちゃ!」
メディア戦略という意味で確かに彼女は心強いが、若干大丈夫か? と心配になった。
それでも、その協力は必須であるように思われた。
倉庫での撮影が終ると、彼女は営業中にラーメンを作っている様子を撮りたいと言った。
その為には営業地区への移動が必要だったが、ミシュリーヌはグローム放送の私有地を指定した。
現状、店にはほぼゴブリンしか来ない。
そんな状態を撮影して放映したら、ゴブリン専用の店だと思われてしまう、との理由だった。
俺は一からラーメンを作るところを実演した。
また幾つもの水晶玉が俺を狙い、撮りまくられた。
「試食してみたいのだけど、どうやって食べれば良い?」
ラーメンをカウンターに置くと、ミシュリーヌは言った。
まさか、食べてもらえるとは思わなかったのでちょっと嬉しかった。
「箸とフォークがあるんですけど、どうします?」
「──じゃあ、箸で行ってみようかしら。どうやって使うの?」
俺は実演を交えながら、使い方をレクチャーする。
けれどもやっぱり箸は難しいらしく、ミシュリーヌも途中で諦めた。
「この箸については、また別の特集を組みましょう。今日のところはそのフォークを貸して」
ミシュリーヌはフォークに麺を絡めた。
猫舌──だからだろうか?
それに向かって何度も息を吹きかける。
麺から立ち上る湯気も消えた頃、ようやく口に運んだ。
彼女が一瞬、俺を見た。
その表情は何を考えているのかよく解らなかったが、すぐさま水晶玉に向かって言った。
「皆さん、これはとても美味しい食べ物です! 未だかつて、食べたことの無い味です!」
その後はしばらく、実に言葉巧みな評論が続いた。
語彙の少ない俺にはとても真似できない表現で、お世辞だとしても大したものだと思った。
実際、彼女は二、三すすりした後、そのほとんどを残していた。
撮影の終了と同時に、俺は更に二つのラーメンを作った。
小人とオークのクルーにも、労いの意味を込めて味わって欲しかったのだ。
この二人も食べ難いのは別にして味は気に入ったらしく、「おかわり出来ます?」と訊かれたのは嬉しかった。
「今日は本当にありがとう」
俺はミシュリーヌに声を掛けた。
「あなたの協力に感謝します。初めの頃、失礼な態度だったことも詫びたい──」
「あら、どうしちゃったの? 急にしおらしくなって?」
「助けてもらっているし、そこはちゃんとしておきたいだけさ。ところで、ラーメンはあまり気に入らなかった?」
「──え? ああ、もしかして残したことを言ってるの? あれは単に、私が体形に気を使ってるだけ。本当に美味しかったし、食べたない味だったわ!」
どうやら俺の誤解だったらしい。
地球の味がミシュリーヌのような人にも通じることが解って、かなり自信に繋がった瞬間だった。
「ところであなた──」ミシュリーヌが言った。
「幾らかお金は持っているかしら?」
俺はギョッとした。
「え! まさか──賄賂を?」
「いい加減にして! そんなもの要求する訳ないでしょう? 私、こう見えてもお金には不自由してないの。グローム放送のギルド組織の内、何パーセントかは私の持分よ。わざわざ貧乏人のあなたから奪い取る訳ないじゃない!」
「貧乏人で悪かったな! ──それじゃあ、どうして俺にお金の話を?」
「広告よ、広告。番組が放送されたからといって、それでいきなり何かが変わる訳じゃない。だから、あなたも広告を打つべきだと思ったのよ。
例えばウチのグローム放送は、番組の間に広告を流しているわ。
少しまとまったお金を出せば、その広告枠は買うことが出来る。
さすがに広告の部門については、無料枠というものは無いし、報道サイドの私が関与して差し込めるものでもない。
だけど考えてみて?
ウチは再放送も多いから、やがて今日作った番組は何度も流される。
そのときに、一緒にあなたのお店の広告が流れるのだとしたら──?
番組との相乗効果が期待できると思わない?
私は別に、グローム放送を儲けさせる為に言っているつもりはない。
こういう方法を使えば、近道が出来るというアイデアを言っているだけよ?」
確かに、一理ある話ではあった。
問題は値段だろう。
「それって幾らくらいで買えるものなの?」
「結構安いわよ。確か──二万五千か、三万エルターかしら?」
日本円にして、《《約五、六百万円》》!
てか、全然安くない!
──この人の金銭感覚は、一体どうなっているのだ?
「──それは無理だ! 屋台の小規模な売り上げに全く見合わない!」
「──そう。良いアイデアだと思ったのだけど──」
結局ミシュリーヌから聞いた広告の件は、後にも先にもたった一度だけ利用することになる。
とはいえ、それはもう少し先の未来であり、一旦置いておくことにしたい──




