13 ロング・インタビュー
「──ふうん。取材して欲しいのね──」
椅子に腰かけたミシュリーヌは妖しい笑みを浮かべながら、俺をじっと見つめ続けた。
そして言った。
「──残念だけど、もう予定がいっぱい。あなたに密着する余裕はないわ」
「──そ、そんな!」俺は言った。
ミシュリーヌが、ふふっと笑った。
「冗談よ、冗談! あなたって単純な人ね?
ただ一つだけよく解らないのは、どうして急に考えが変わったのかしら? 取材対象が増えるのはありがたいのだけれど、その辺りがよく解らない。
私は以前、あなたに自分の目的を話した。
視聴率を稼ぐことと、少数者の意見表明──あなたへの取材はその両方を実現できる、と。
ある意味で、私は腹を割って話したわ。
自分の行動を正当化して、美しく見せ掛けることは幾らでも出来た。
『あなたは難民で大変な目に遭ったから取材したい!』。
そんな綺麗事の嘘は幾らでも吐くことが出来た。でも、しなかった。
だからあなたも、腹を割って自分の目的を話すべきじゃないかしら?」
正直な話、俺は迷った。
何をどこまで話すべきなのか、それが解らなかった。
けれども、密着取材される以上、その過程で自分の過去は話さざるを得ないだろう。
それにミシュリーヌに協力してもらうには、ハッキリ言う以外にないように思われた。
俺は自分の目的を話した。
地球の料理であるラーメンの普及──
その為には、箸という文化や、地球の食文化に対する理解を深めてもらう必要がある、と──
ミシュリーヌは初め笑みを浮かべながら聴いていたが、俺が話し終わる頃にはすっかり真面目な顔になって、むしろ怖いくらいだった。
しばらくの沈黙の後、彼女は言った。
「良いわ。あなたの特集を大々的に組んであげる。ただし番組の中で、あなたにとって嫌な事や、答え難い質問をするかも知れない。けれど、それは結局あなたの為になる事だと理解して? エルタニアの人々に受け入れてもらうには、ある程度突っ込んだ質問も必要なの。どうかしら?」
俺は了承した。
ミシュリーヌは、早速俺をスタジオのような場所に連れて行った。
グローム放送でよく見るキャスターのデスクと、魔法で作られた背景があった。
「もう撮影するわよ?」と彼女は言った。
俺はあまりの急展開に、ちょっと困惑した。
どうせ取材を受けるなら、良い感じの受け答えを考えておくべきだった──
そんな事を考える内に、撮影は始まってしまった。
「皆さん、こんにちは。私はエルタニア・グローム放送のミシュリーヌ。今日は実に珍しいゲストをご紹介します。我々とは違う世界から訪れ、かつエルタファー内戦を生き延びた異人、ジュンイチ・タナカさん。彼の人生の物語は、我々に全く新しい視点を与えてくれるはずです──」
ミシュリーヌの質問は、実に多岐に及んだ。
地球という世界について、また日本という場所について──
どうやって転生し、どうして奴隷になったのか?
そしてエルタファーで何をしていたのか──
俺はさすがに、イスハークのことは話さなかった。
それはあまりに黒歴史過ぎた。
まして、自分が奴隷の命を犠牲にしたかも知れないことは口が裂けても言えなかった。
「──ところでタナカさんは、現在どういった事をされているのですか?」
俺は言葉に詰まった。
──う、売れない屋台をやっています──
さすがにそうは言えない。
何と答えようか考えていると、ミシュリーヌが言った。
「ちょっと! 地球の食べ物を宣伝したいんでしょう? その魅力について語りなさいよ。ここは後でカットするから、ほら! もう一度いくわよ?」
ミシュリーヌはさっきの台詞を繰り返した。
俺はゆっくりと、しかし熱を込めてラーメンの魅力を語った。
思い出してみれば結果はどうあれ、俺は地球で果たせなかったことをここでは実現出来ていた。中古かもしれないが移動販売の店を持ち、その上放送局の取材まで受けている。
もしかしたら、地球では有り得ない体験かも知れなかった。
ラーメンについて語り終わったとき、俺は少しばかり自信を取り戻していた。
問題は山積みだが、ちゃんと前進出来ている──そんな風に思えたからだった。
撮影が終わった後、ミシュリーヌは言った。
「ところで、明日は店を開く予定なの?」
「──ええっと。実はどうしようか迷ってて──」
「だったら丁度良いわ。仮にお客を入れないなら、仕込みから店の様子、ラーメンを作るところなんかを一から取材させてもらう。明日は撮影班も連れて行くから、ちゃんと準備しておいて」
俺は彼女に礼を言うと、放送局を後にした。
その日撮影した映像は、なんとその日の内に放送された。
俺とプトは二人で、それを眺めた。
初めての取材、しかもかなりのロング・インタビュー。
ガチガチに緊張して話す俺の姿を見て、プトは笑った。
ラーメンについて語り出すところでは、正直自分でも恥ずかし過ぎて見ていられなかった。
「取材、良かったね。メーンのくだり、ちょっと感動したかも」
放送が終って、プトはそう俺に微笑んだ。
しかしその微笑みは、やがて少しずつ雲ってゆくのである──




