12 売れないラーメンを売る
結論を先に言うと、この日入った客は計四人だった。
最初のゴブリンのおじさん、次が小人族、またゴブリン、そしてドワーフ。
彼らの意見は、だいたい共通していた。
味はひたすら褒めてくれるのだが、「食べ難い」というのだ。
小人とドワーフに出した麺はポタメアの小麦麺だったが、まず彼らは箸のことを串だと思っていた。チャーシューや味付け卵を突き刺す道具だと思っていた。
次に、ゴブリンの伝統食器である曲がったスプーンも使い慣れておらず、何より、麺を食べる作法を知らなかった。
この世界において、麺類とはスライム麺のことであり、それはゴブリン族だけが食べる奇妙な珍味だった。
小人とドワーフの来店はある種の外れ地──普段の食事に飽きたから来ただけだったのだ。
この実態を理解するまで、俺は数日を要した。
──きっと場所が悪いから売れないのだ。
──時間帯が良くないから売れないのだ。
そう思って、屋台地区を転々とし、朝から晩まで営業もした。
客はほとんど入らなかった。
二、三人のゴブリンが、「味は美味いから」と言ってリピートしてくれたが、その他大勢には全く受け入れられなかった。
全てを的確に教えてくれたのはゼノンだった。
その日、学園地区で営業をしていると彼が来店した。
ゼノンが来てくれたことは嬉しかったが、俺は気まずさを覚えた。
人通りは多いのに、誰も近寄って来ない屋台──
何か恥ずかしい物を見られたような、そんな気分だった。
「こんにちは、タナカさん。開店おめでとうございます」
ゼノンが差し出したのは、クリスマスのリースみたいな花飾りだった。
魔法の力が込められたそれは、彼らの種族の祝い事に贈られるものだった。
「ありがとうございます。さあ、どうぞ座って下さい」
俺は受け取った花を早速、馬車の車体に飾った。
そしてゼノンの食性に合わせ、小麦麺を使ったラーメンを出した。
地球の文化に興味があるゼノンは、俺との対話の中で箸の存在を知り、なんと事前に練習までしてきたようだった。
それでも、ゼノンは何度もつかんだものを落としていた。
「──どうでしょうか? 地球のラーメンは──」
俺はおずおずと言った。
「実に素晴らしいです! まさかソヤーラがこんな料理になるとは。あなたの世界の食文化は大変面白い──」
ゼノンはゆっくりと、味わうようにラーメンを食べ終えた。
そして言った。
「しかしタナカさん、あなたは実に難しいことに挑戦していらっしゃる──」
「それは、どういう意味です?」
「あなたが売ろうとされているのが、ただラーメンではない、と思ったのです。というのは、ある料理が生み出される為には、必ずその種族の文化的背景が前提になっている。
例えばこの『箸』と文化があって、かつそれを上手に扱えるという前提があり、その上に麺類という食べ物がある──
あえて観念的なイメージで説明するなら、幾つもの積み木が重なり合って土台を作り、ようやくその頂上にラーメンが載っている──こんな感じではないかと思うのですよ。
だとすればあなたが売っているのは、食べ物ではなく文化だ。
文化が広く一般に伝わるには、やはりどうして時間を要するのでは? と──」
ゼノンの意見が全面的に正しいことは解っていた。
けれども、俺はなかなか納得出来なかった。
別に天狗になったつもりはない。
だが、エルタファーではあれほど簡単に、地球の料理は受け入れられたじゃないか!
金持ちたちが競うように俺の料理を食べ、毎日のように俺の店にやって来て──
──いや。
俺の店ではない。
イスハークの店だ。
そうだ。
金持ちを呼び込んだのは、イスハークの手腕だ。
確かに奴は汚い男だった。だからこそ、金儲けに鼻が利いた。
そして俺を地球の珍しい料理人だと宣伝しまくった。
客が集まったのは、その宣伝のお陰。
奴のある意味で天才的な、人たらしの力があったからなのだ!
その事実に気が付いたとき、俺は愕然とした。
認めたくないが、俺は知らず知らず天狗になっていた。
「自分の料理が受け入れられた!」 ──そう無邪気に信じ込んでいた。
料理が美味かったのではなく、宣伝が上手かった──
それに思い至ったとき、
俺の中で──何かがポッキリ折れてしまった。
営業開始から六日目。
俺はベッドから出られず、営業地区にも行きたくなかった。
馬車に残った大量のスープ──
魔法によってほぼ劣化していなかったが、それが残り続けていること自体が心苦しく、屈辱だった。
プトはそんな俺を責めなかった。
売り上げが全く立っていないことは話していたが、彼女は前向きだった。
「──ジュンイチが作ったギョーザやカラ・アーゲはあんなに売れた。メーンが今すぐ売れないなら、まずはそれを売りながら少しずつ広めて行く方法だってあるよ。きっと、ここでも売れないことはないさ」
そう励ましてくれた。
確かにそのアイデアはありかも知れなかった。
餃子や唐揚げは、幾らでも手づかみで食べられる。
この世界の屋台がそうであるように、テイクアウトも簡単だ。
けれども、俺はなかなか気持ちを切り替えられなかった。
転生前からずっと取り組み、ようやく異世界で開店したラーメン屋──
それを裏切るような、捨ててしまうような気がしていた。
プトが出勤した後も、俺はしばらくぼーっとして過ごした。
頭の中ではゼノンの言った言葉が回っていた。
食べ物ではなく文化──
そんなものを、どうやって売れば良いのか解らなかった。
暇に飽かして起動した水晶玉からは、ミシュリーヌが現れ、いつものように原稿を読み上げていた。
俺はその様子を、ただぼんやりと眺め続けた。
「──今回の特集です」彼女は言った。
「皆さんもよくご存じのドワーフ族。エルタニアでは比較的多数派を占めますが、彼らの歴史的背景については知らない方も多いのではないでしょうか? 今日はそんな彼らの伝統文化について迫ってみたいと思います」
──おいおい、嘘だろ?
グローム放送を見ながら、俺は笑ってしまった。
自分で思い付いておいて、何とも突拍子のないアイデアだと思ったからだ。
──けれども、全てを解決する手段はもうこれしか残っていなかった。
「──以前、憲兵を呼ぶとか言ってなかったかしら? 今日は一体、どういう風の吹き回し?」
エルタニア・グローム放送の個人オフィスは、豪華で装飾的な部屋だった。
ミシュリーヌはその高そうな椅子に脚を組んだ格好で座り、こちらの顔を窺うように眺めている。
俺は一歩進み出ると、頭を下げて言った。
「俺のことを密着取材して下さい!」




