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9 トマーゾ

 実をいうと出店のアイデアについては、アレを見たときに考えたことだった。

 リヴァクリアのドーム市場──

 その周辺で営業していた()()()()()()()だ。


 俺の知る限り、地球の日本でも一店舗の出店には一千万から一千五百万の資金が要るといわれる。もしその資金を貸店舗の設備や内装に全部突っ込んで失敗した場合、取り返しが付かない。


 移動式屋台なら、許可さえ取れれば客の多い場所にも出かけて行けるし、最悪売り払えば幾らか金が戻って来る。撤退時に内装を元通りにする費用も必要なかった。


 機械動物や馬車を安く購入さえできれば、初期費用を圧縮できる──そう考えていた。



「トマーゾ機械動物店」は、簡単にいうと中古ショップだった。

 機械動物は経年劣化で内側に宿るマダが消失し、そうなると完全に動かなくなってしまうが、ここでは再注入と再販を行っているようだった。


 店はエルタニアの都心から離れたへんぴな場所。

 辺りには雨ざらしになったたくさんの機械動物が、魔力切れで錆びだらけになっている。


 俺が近付いて行くと、ガレージのような店内には一人のネズミ族が居た。

 そいつは魔法の呪具を使い、二頭の機械馬を美しく磨き上げているところだった。


「こんちには。ちょっと良いですか?」

 俺が声を掛けると、その小柄な男はこっちを見た。

「──いらっしゃい。悪いけどちょっと待って。この魔法塗布は素早くやんなきゃいけないんだ」


 そう言って、また呪具を動かし始めた。

 見る見るうちに二頭の機械馬は光沢を増し、まるで新品同様に変わっていった。


「待たせたね」やがてネズミ男は言った。

「おいらはトマーゾ。ここの店主だ。──で、何をお探しで?」

「実は屋台で飲食業をやりたいと思っていて。何か手頃な機械動物はないですか?」


「売れ筋でいうと、やっぱり馬だね」

 トマーゾは仕上げたばかりのそれを、ぺしぺし叩きながら言った。

「コイツはもう売り先が決まってるけど、同じようなのなら引っ張って来られるよ?」

「幾らです?」


 トマーゾはちょっと空中を見上げ、エルタニア式計算の暗算をブツブツ呟いた。

 やがて金額を言ったが、それは俺を驚かせた。


 日本円にして、()()()()()だったからである!


「ちょ! ソレ、高過ぎない?」


 実をいうと俺は、この時点で同額くらいのオルタル(エルタファー通貨)を持っていた。

 貯めていた給与と、プトが一部返してくれた物の合計だった。

 イスハークの唯一良いところは金払いがきっちりしていることで、幾つかの店を繁盛させたときにはボーナスとして約百万円くれたりもした。


 もっとも、奴隷を売った金であるという負の側面はある。

 だからこそ、ドブに捨てるような使い方はしたくなかった。


「お兄さん、これは新品で買うと二倍するんだぜ? おいらの店じゃその半額だ。そう考えたら、安いモンでしょ?」


 ──マジかよ。


 これまで農産品がかなり安く買えていたので、正直ナメていた。

 本当に、心がポッキリいきそうだ──


「──ええっと、お兄さんさ? 立ち入ったこと聞くようで悪いんだけど──もしかして異人さん?」


 俺が絶望していると、トマーゾが言った。

「あ、はい。確かにそうだけど。──というか、どうして知ってるんです?」


「そりゃあ()()()()()()()()()()()()。むしろ知らない人の方が珍しいでしょ?」


 まさかミシュリーヌが、あの時の映像を流したのだろうか?

 俺は慌てて、それを訊いた。


「いや、映像は無かったよ。猫のお姉さんが話してただけ。『エルタファー内戦で受け入れた難民の中に異人が居る』ってね」

「じゃあ、何で俺が異人だと?」

「見た目だよ、見た目。お兄さん、割と変わってるから。みんなが言わないだけさ」


 ──なるほど、そういうものか。

 だとすると、奴隷社会だったエルタファーでも俺はきっと目立っていたのだろう。

 もしかしたらあの街の大雑把さに、俺は救われていたのかも知れない。


「で、お兄さん、エルタファーのどこに居た? 実はおいらも()()()()()()()。それでちょいと訊いたんだ」


 これは意外な共通点だった。

 なんとトマーゾは、貴族や王侯のお抱え整備士だった。

 しかし商売のやり難さを感じ、数年前にこちらへと来たのだという。


 俺はエルタファーでの経験を話した。

 イスハークとのことは避けて話したが、飲食業で身を立てたいという話をすると、この店を開くに至った自分と重なったのか、少し打ち解け合えた気がした。


「おおっと、話が逸れたね。それで、どういうのが良いんだい?」

「出来るだけ安い動物はない? 実は魔法の調理機を別で特注しようと思ってて──」


 ここで俺が特注を考えていたのは、製麺機だ。

 この世界に製麺業者が居ない以上、自作しなければならないが、それを全部自分でやっていたら死んでしまう。だから材料は用意するとしても魔法にお願いしようと思っていた。


「じゃあかなり旧型でボロいのになるけど、機械ネズミがある。それだったら、一頭千エルター(日本円で約二十万円)で良いよ。ただし、三頭セットだけど」

「どうして一頭じゃ駄目なの?」

「馬力が無いから。一頭じゃ馬車を引っ張れない。だから、三頭セット。馬はどんなに安くても九千エルター(約百八十万円)だから、それ考えたら安いでしょ?」


 ──三頭でも馬の半額以下。たしかに安い。


「これに荷馬車の厨房が付くと幾らくらい?」

「新品だと多分、二万五千エルター(約五百万円)。だけど、昔屋台をやってた人の使い古しがあるから、それならネズミ三頭込みで一万エルター(約二百万円)かな?」


「無理は承知なんだけど、もうちょっと、まけてもらえない? 調理機を特注する予定だから──」


「うーん、そうだな。だったらお兄さん、その特注を俺に頼みなよ? そうしたら、もう二千エルター(約四十万円)値引きしても良い。誰に頼むのか知らないけど、魔動設計士に依頼したら五万エルター(約一千万円)は普通に掛かるぜ? おいらなら、もっと格安だ!」


 後になって解ることだが、トマーゾは正規の資格を持った魔動機設計士ではなかった。

 闇で魔動機を()()()()()()()()()()だったのだ。


 その辺りがハッキリ区別出来ていなかった俺は、値段次第なら任せても良いと思った。

(ちなみに、この件がバレて後々怒られるという事態には、今に至るも陥っていない)


「で、その特注は幾らで請け負ってくれる?」

「そうだな。最低一万五千(約三百万)。ただ、複雑な仕組みなら値段は跳ね上がる。とりあえず何をする魔動機なのか教えてくれ」


 俺は中華麺のことを説明した。

 生地はなるべく優しく混ぜることや、休ませる必要があること。

 また最終的には、細く切る必要があることを──


「──やってみないと解らないけど、実はちょうどウチに、ゴブリンから買い取った古いスライム麺切り機があるんだ。これに、農業で使う肥料の撹拌機を合体させたら、ちょうどそんなものが出来るんじゃないかな。あとは薄く伸ばすためのローラーとか。結構デカくなるけど、これ自宅に置くスペースある?」


 ──()()()()()()()()()()()()()


「いや、無理だろう」俺は即答した。


「だったら車輪をつけて、馬車の後ろで引っ張るしかない。うーん、だとすると──機械ネズミ、厨房馬車、製麺機車の全部こみこみで、二万五千エルター(約五百万円)は見といてくれるか?」


 さて、これをどう考えるべきか?


 一千万から一千五百万掛かる初期費用の最大三分の一。

 安いと言えばかなり安い。

 いや、どうなのだろうか?

 値段交渉にはプトを連れて来るべきだっただろうか──?


 俺はしばらく悩んだ。

 しかし悩んでも仕方がなかった。


 すべて新品で揃えるのは土台無理だ。そしてトマーゾのいうことが事実なら、俺の自己資本では製麺機すら注文出来ない。


 俺は決断した。

「解った。それで頼むよ」


「よし、じゃあこれだ」トマーゾは言い、片手を前に出して手をグーに握った。


 一体何だろう? と思っていると、トマーゾはそのグーを軽く握っており、真ん中に穴を作っている──


 思い出した!


 ()()()()()()()()()()()()

 奴隷取引に限らず、現地の人々が商談成立時に行うあのハンドサインだった。


 俺は人差し指を差し込んだ。


「契約成立だ!」トマーゾは言った。

「安心しなよ。おいらは仕事はきっちりやる。騙すつもりなら、もっと吹っ掛けてるよ。ただし、お兄さんが商売で成功したらウチをもっと贔屓ひいきにしてくれよな?」



 実際、そうなった。

 トマーゾとの関係は、その後長く続くことになる。

 そしてある事件では、彼の助けが解決の鍵になるのである──

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