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8 中華麺の完成

「カンスイ」に気付いたのは、ゼノンの農大へ行ったときだ。

 その日、俺は市場で買った複数種類のポタメアを持ち込んで、プロタ(タンパク質)の含有率が一番高いものを見つけようとしていた。


 地球の大豆には及ばないまでも、ポタメアには古代種と呼ばれるものがあり、粘り気や保水性、でんぷん質が少ない代わりにタンパク質の多いものがある。


 これらの中の一つ、あるいは幾つかの組み合わせによって、少しでも地球の醤油に近付けないかと考えていた。


 ゼノンに代金を払い、俺は発酵を進める魔術を依頼した。

 エルタファーからの移動に粘菌を使ったように、()()()()ではないのだ。


「一気に時間を進めたい気持ちは解りますが、ここは半日程度時間を掛けましょう」

 幾つもの壺に魔術を施して、ゼノンが言った。

「私は魔術は嗜みますが、職業魔術師ではない。時短を可能にする術式は難しく、下手をすると爆発する危険がある」

「全然構いません。やがて俺が店を開いたら、今度こそ御馳走します。そのときは必ず来てくださいよ?」

「ええ。絶対に行かせてもらいます」


「ところでゼノンさん。地球の麺を作る上で欠かせない『カンスイ』という物があります。俺の朧げな知識では、確か木を燃やした後の灰などがそれの代わりになる──みたいな事だっと思うんです。とはいえ、エルタニアの都会で許可なく焚火は出来ない。何か代わりになるものをご存じないですか?」


「──木の灰。ほうほう。それだったら、スライム麺と一緒じゃありませんか」

「え! スライム麺と? それは一体どういう?」


「スライムは強酸性の生物ですが、それを干してもやはりアクが残ります。それを中和する為にゴブリン族は特別な水を使うのですよ。ただし、木の灰を混ぜた水ではない。たしか彼らの地域に元々ある、塩湖えんこの水だったと記憶しています」


 そうなのだ。

 俺がスライム麺工場を訪れたとき、すでに場内にはカンスイが存在していた。

 彼らはいわゆるアルカリ塩水を場内へと引き込み、それを使って干しスライムを中和、また水戻しに利用していたのである。



 街に戻った俺は一番近い魔法ギルドに出向くと、高い金を払って魔術師を雇った。

 そして扉の魔法を使って一緒にゴブリンの里へ行った。


「水を売って欲しい」という俺のお願いに、村長はびっくりしたようだった。


「──飼料の次は、作業用水じゃと? お前さん、本当に飲食業なのか? 闇魔術師か何かじゃないだろうな?」


 この辺りについては、ギルドの魔術師を連れて来ていて本当に助かった。

 魔術師がその可能性は全くないと証言してくれたからだ。

 日本円にして一リットル二十円くらいで、購入は決まった。

 しかし問題は、どうやって運ぶかだ。


「荷物の受け渡しが出来る程度の、小さな扉を常時設けましょうか? ただし、毎月維持費は頂きますけど」


 そんな魔術師の提案に俺は乗った。

 正直、水以上に高い固定費だった。

 後になって、俺は村長と契約し、湖の水からいわゆる炭酸ナトリウムと炭酸カリウムそのものを精製するようになる。水に解いて使用する方が管理と計算がし易いからだが、それはまた別の話である。



 俺は遂に、麺の試作に移った。

 結論を先にいうと、かなりの数の失敗を出しまくった。


 以前エルタファーでラーメンを作ろうとしてうどんが出来上がったが、中華麺を作る難易度はその比ではなかった。


 まず、カンスイを入れる分量がハッキリ解らないこと。

 次いで、水で粉をまとめて行く場合の作法の違いだ。


 うどんの場合、ある程度そぼろ状になったら生地をまとめ、こねても良い。

 また、生地を幾重にも踏むことで独特のコシが生まれるのだが、同じことを中華麺に対して行うと、逆にグルテンが壊れてしまうらしいのだ。


 ──茹で上がったとき、()()()()()()()()()()()()


 俺はなかなかそれに気が付かず、ひたすらに失敗作を連発した。

 初めての経験だから知らなくて当然といえば当然だが、ラーメンのことは何でも知ってると思い込んでいた自分が恥ずかしかった。


 さすがに気が狂いそうになって、俺はゼノンに泣き付いた。

 魔法による構造分析、そして成分分析によって、カンスイを使った麺の性質は特定された。


「このメーンの生地ついては、長時間混ぜたり、こねたりしてはいけません。水も少しずつ、必ず均等に行き渡らせ、こねずに混ぜる。そしてあなたの言葉で言うところの『ソボロ』を目指します。


 重要なのが、熟成です。

 適度に休ませることで『ぐるてん』への緊張を緩和させます。

『ソボロ』をまとめた後も、しばらく置くことで内部に含まれる気泡を排出します。

 気泡が残っていると、これも『ぐるてん』の破壊に繋がる。


 最後に、生地を切ってメーンにしたら、一日休ませること。

 その方が、逆に品質と風味が増します」


 ──本当に、ゼノンさまさまだった。


 彼が居なかったら、たぶん中華麺は完成しなかっただろう。

 この他ゼノンは、塩湖水から炭酸ナトリウムと炭酸カリウムを取り出してくれた。

 液体で使うのは大変だろうという彼の配慮だった。


「ゼノンさん、約束します! あなたはいつ来ても基本無料! 毎日でも奢ります!」

「私のところの学生も、基本無料で良いですか?」

「──え! そ、それは──」

「冗談ですよ、冗談。私はあなたが作り出すチキュの文化に興味がある。今後とも、あなたの世界のことを教えて下さい──」



 こうして、中華麺のレシピは完成した。

 以下、一人分の内容は次のようになる。



 ① 強力ポタメア粉100gを山にし、中央にくぼみをつくる


 ② 粉末カンスイと塩を、ぬるま湯に溶かす


 ③ ぬるま湯を少しずつ加える。

 こねるのではなく、混ぜる。水が均等に行き渡るようにする。

 カンスイの作用で、ポタメア粉が少しずつ黄色くなって来る。


 ④ そぼろ状を目指す。10分程度、擦り合わせる。

 この状態になったら、熟成のため60分休ませる。


 ⑤ 平たく成型する。

 生地を均等に潰し、平らを目指す。

 それが終わったら60分休ませる。


 ⑥ 麺を切る。

 1.5mm~2mmくらいを目指す。

 とはいえ、人間技では限界があるので、今回は緩めのジャッジ!


 ⑦ 一日寝かせる。

 暑過ぎず寒過ぎないところで。乾燥にも気を付ける。


 ⑧ 茹でたら、完成!



 都合で、ラーメンスープは用意出来ていなかった。

 それでも、俺は以前のように焼き串を加工した箸で麺をすすった。


 ()()()()()()()()()()()


 カンスイの風味がしっかりとあり、独特のコシもある。

 ポタメアの個性だろうか、若干のモチモチ感があるが、これは好みの問題だろう。

 二分弱の茹で時間で、麺の奥に良い意味の芯も感じられる。


 欲を言えばポタメアを複数使い、その配合比を変えるならば、最高の食感を目指せるだろう。

 けれども、充分合格!

 全然、恥ずかしくない出来だった。


 プトが帰宅した後、俺は簡易的なつけ麺を作った。

 豚骨の余り汁、ソヤーラ醤油、ラミクロ昆布を火にかけ、ネギリンゴと少しの砂糖で味を整えたつけダレ。


 プトは中華麺から香る独特の匂いに一瞬変な顔をしたが、一口すするともう止まらなかった。


「おいしい! メーンが一瞬臭いかもと思ったけど、そうでもなかったよ。でもこれはツケ・メーンで本物じゃないんでしょう? そっちも楽しみにしてるね?」


「うん。ラーメンの試作はすぐにやるよ。ところで、プト──」

 俺はずっと悩んでいた事を話した。


「思うに、簡易的にでも今から店を始めてみたいと思うんだ。実をいうと地球のラーメンを完全に再現するのには、足りない物が多過ぎる。例えば、酒とかみりん、ダシを取る乾物、そして濃い口醤油とか。もっと言えば、トッピングだって足りない。


 だけどその全てがそろってからスタートしていては、出店がいつになるか解らない。

 そろったけど十年後だったとか、それは嫌なんだ。


 俺は一度地球でラーメン屋を出そうとして──結局叶わなかった。


 生き急ぐ気はないけど、やってみたい──俺、間違ってるかな?」


「私は君を信じてる」

 プトが言った。一切の間は無かった。

「ジュンイチがそうしたいのなら、それが正しい道だよ──」



 こうして俺は、遂に出店に向けて動き出したのだった。

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