7 スープの試作
リヴァクリアの市場から戻り、俺はスープの試作に没頭した。
魔法によって送られた箱には、実に様々な骨が入っていたが、これはこれで試してみようと思った。
二種類の骨の個性が解るように、まずは目無し豚のみでやってみる。
スープ作りの手順は、次のようになる。
① ゲンコツ(豚のひざ関節部分の骨)をハンマーで割る。
骨の中の繊維に見えるもの、髄を露出させる。そこからおいしいダシが取れる。
② 修行した店では使ってなかったが、箱の中に豚の頭蓋骨があった!
これも一緒に入れてみる。
③ 大鍋の底に骨を並べ、たっぷりの水を入れる。
半分に切ったネギリンゴ(アプリム)も一緒に入れる。
(ちなみにチャーシューを作る場合はここに塊肉を入れて一緒に煮込み、途中で取り出してタレに浸ける。今回は純粋なスープの味を知りたいので、やらない)
④ 火にかける。沸騰直前、アクが出だすので必ず取る。
⑤ 沸騰後、アクが出まくる。これも必ず取る。
アクを取らないと、獣臭が強いスープに。
全部取るとそれを和らげることが出来る。この辺りは店の個性であり、俺が修行した店は全部取る派。
⑥ 水を足しながら、九時間程度煮込む。適宜、アクを取り続ける。
⑦ 背ガラ(豚の背骨)を割り入れる。
ここで、ラミクロ昆布を投入。アクを取りながら四時間程度煮込む。
⑧ 濾したら完成!
トロリとした濃い乳白色のスープ。
俺は一切の調味料は入れず、ただそれだけを飲んでみた。
たった一口で解るほど、上質だった。
地球だと加工されてから冷凍され、しばらくそのままという事もある。
そういった変質が、魔法によって起っていない。
コク深く、風味も豊か!
試しに少量の塩を入れてみると──もうそれだけで美味かった!
次に、俺は一つ目豚のみのスープを作った。
以下が、それぞれの個性になる。
● 目無し豚のスープ
脂感を伴った押し出しの強さがある。濃厚さとパンチ力。
ただし、これだけを使うと奥行きが無い。ある種のクドさもある。
● 一つ目豚のスープ
味に奥行きがある。きめ細かいニュアンス。
ただし押し出しが弱い。豚骨なのであっさりではないが、芯の弱さ。
この二種類の違いから、幾つかのブレンドを作ってみた。
とは言っても、スープを単に混ぜるのではない。
また一から煮込みを行い、二種のゲンコツと背ガラをどの比率で使うかという試作である。
こういったことを数日続けて、辿り着いた比率は次のようなものだ。
● ゲンコツ 目無し・一つ目 1 : 2
● 背ガラ 目無し・一つ目 2 : 1
● 頭骨 目無し・一つ目 1 : 1
正直やって見て解ったが、頭骨を入れるのはアリだった。
スープ全体のクリーミーさが増すことが解り、安定的に部位が入手出来るなら採用しようと思った。
このスープに、いよいよ醤油を注ぐときが来た。
用意した深皿にソヤーラ醤油を注ぎ、続いてスープを入れる。
地球のそれに比べて薄く黄色い醤油は、白濁したスープの色をあまり変えてはくれない。
しかし、その香りはまぎれもなくラーメンのそれだ!
俺は皿を持ち上げた。
脂が浮き、クリーミーな黄色が波打つスープの水面──それを口に含んだ。
美味かった。──美味過ぎた。
正直にいえば、醤油の旨味は薄かった。
タレとして、その他の調味料も入っていないので完成形ではない。
それでも、深い感慨があった。
「──ただいま! どう? 良いのが出来た?」
帰宅したプトが、俺の姿を見て言った。
「プト! これを飲んでみて」
俺はラーメンスープを差し出した。
ここ数日、彼女に味の付いていないものは飲ませていた。
醤油が入ったものは今日が初めてだ。
プトは皿の表面をクンクンと嗅ぎ、そしておもむろに──飲んだ。
信じられないくらいの勢いで、彼女はそれを飲み干した。
酒でも飲んだみたいな深い溜息──そして、
「──おいしい。こんなの飲んだことないよ。ジュンイチは、本当にスゴイんだね──」と言ってくれた。
さすがに今回は泣かなかったが、その言葉は胸にこみ上げるものがあった。
プトは更にお代わりを欲しがったが、さすがにラーメンスープを飲ませ続けるのは塩分過多だと思い、余ったものに野菜と肉と塩を入れて鍋にした。
シメにはゴブリン村長からもらったスライム麺を入れてみた。
魔法の水に閉じ込められたそれは簡単に取り出して使うことが出来、濃いスープを良く吸って実に美味だった。
小麦麺のラーメンとは確かに別物だが、タンパク質麺の候補としてはこれ一択だと思った。
「ジュンイチが作ろうとしているメーンは、これとは別物なんだよね? 今からとっても楽しみだよ」
スライム麺を食べ終えて、プトが言った。
期待は嬉しかったが、小麦麺の開発には問題があった。
実はリヴァクリア市場の穀物区画で、一番麺に適しているであろうポタメアは見つけていた。区画にはたくさんの穀物が山積みだったが、ご丁寧に特色ごとに分けられていたのである。
ただ、未だ見つかっていないのは中華麺らしさを出す「カンスイ」だった。
大前提として、飲食の世界でカンスイを一から作る作業はない。
もっといえば麺は製麺業者に頼むのが一般的で、自作するのは余程のコダワリ店だけだろう。
──さて、どうしたものか?
俺はそう頭を悩ませたが、実をいうと「カンスイ」は──とっくに出会っていたのである。




