5 ラミクロ昆布
「村長! これはなんという海藻ですか!」
俺は叫んでいた。
村長は、若干引いていた。
「──びっくりした。それは海藻ではない。それはラミクロじゃ。森に生える植物じゃよ」
「それって、この辺りで採れるものです?」
「うむ。さっきのとは別の森で栽培しとる。──なんじゃ、見たいのかの?」
俺は懇願し、村長は「特別じゃぞ?」と言った後、俺たちを案内した。
木々を切り開いて出来た森の中の空地──
そこにラミクロは生えていた。
まさに、陸の上に伸びる昆布!
うねるような形で地上二メートルくらいの高さ。
それが海中を漂うように、そよ風になびいている。
このラミクロ昆布は元々この地域に自生しているものだが、大規模なスライム農場の建設を決めたとき、一緒に栽培を始めたのだという。
「──前にも説明した通り、スライムは食べさせたもので味が変わる。昔は肉なども食べさせておったが、あまり質の良いものが与えられんでなあ? 結果的にスライムの臭いが悪くなった。だから儂も昔はスライムが嫌いだったんじゃが、今はクセがなくて美味いじゃろう?」
なるほど。
彼らも製品化して行く過程で、色々な試行錯誤があったようだ。
「村長、ゆくゆくスライム麺も仕入れます。けれど、今はこれを譲って頂けませんか?」
「なんじゃ? 飼料が欲しいのか? お前さん、変わっとるのう。──まあ、金さえ出してもらえばこっちは構わんがの」
俺は早速、倉庫に仕舞われていたラミクロ昆布の束を、たくさん譲ってもらった。
多分、日本で買ったら十万円くらいになる分量だったが、なんとエルター換算(エルタニア通貨)で七、八千円!
格安過ぎるので俺は有頂天だったが、金を払った後で、「ちょっと吹っ掛けられたね」とプトに言われてしまった。
こんな事なら、最初から彼女に交渉を任せるべきだった。とはいえ、お土産にスライム麺の試供品ももらったので、良しとすべきだろう。
村長に借りた浮遊台車に束を載せ、機械鳥まで戻ったときだった。
俺たちの鳥の隣に、派手な色をした機械鳥が停まっている。
傍らには、一人のクルーを連れたミシュリーヌの姿があった。
さすがにスライムの里を取材に来たとも思えない。
しかしそうすると、どうやって俺の居場所を知ったのだろうか?
ミシュリーヌは俺の姿を認めると、突然クルーの持つ水晶玉に向かって話し始めた。
「──エルタニアの皆さん、こんにちは。私はグローム放送のミシュリーヌ。ところでご存じでしょうか? この世界にたった一人しか居ない種族の存在を? ああ、今ちょうどあそこに居る、彼です! 早速、インタビューを試みてみましょう」
ヒールの音を響かせて、彼女はやって来た。
白々しく話す彼女に、俺はかなり辟易した。
「初めまして、タナカさん。あなたは異世界から来たと聞きました。この都市に受け入れられた感想をお願いします」
俺は一瞬考えたが、かなり真面目な態度で言った。
「昨日はどうも、ミシュリーヌさん。お会いするのは今日で二度目ですね?」
「ええっと──何を仰っているのでしょう? それより、異人の立場としてご意見を──」
「昨日もそうですが、俺を付け回すのは止めてもらえませんか? 俺にも話さない権利はあると思うので」
ミシュリーヌは、深い溜息を吐いた。
そしてクルーに水晶玉を仕舞わせた。
「──あなたね、少しは協力してくれても良いんじゃない?」
「何故そこまでして話させたいんです? あなたこそ、何が目的なんだ?」
ミシュリーヌは苛立ったように頭を振った。
「──あなたって、頭悪いのね」
特別、頭が良いという自負は無い。
しかし面と向かってそう言われると、それはそれで腹が立った。
「──ちょっと失礼なんじゃないですか?」プトが言った。
「確かにジュンイチは泣き虫だけど、その言い方はおかしいです」
(おい、一言余計だ──)
「あなた──彼の恋人?」ミシュリーヌが言った。
「だったら、エルタニアという社会の事は解るわよね? 様々な種族が存在し、彼らは皆好き勝手に自分の権利を主張している。その考えが正しいか、間違っているかに関わらずね?
けれど、彼らとタナカさんの最大の違いは、数よ。
どんな少数種族でも、その人口は数千から数万は居る。
でも、タナカさんは?
──そう。たったの一人。
この意味が解らない?
もしどこかの誰かが、タナカさんを潰したいと考えたとき、どうなるかしら?
相手は数千から数万──あるいは数百万だったとして、たった一人の主張は通るのかしら?」
ミシュリーヌは俺を見た。
「私があなたに密着するのは、むしろ善意よ。
真の意味における本当の少数者──その声を届けることが正しい報道だと考えるからよ。
まあ、勿論──それで数字が稼げるという目論みがあることは認めるわ。
けれど、たった一人しか居ないのなら、逆に誰よりも大きな声で叫ばねばならない。そうでなければ、無数の人々が挙げる声にかき消されるわよ?」
「──なるほど」俺は言った。
「あなたの意見は解った。俺の知らない事を教えてくれたのにも感謝する。けれど、今後無茶な取材を続けるなら、そのときは訴えるぞ? それか、都市憲兵に連絡する。エルタニアが権利主張を大切にするなら、俺にもその権利はある筈だ」
ミシュリーヌはまた溜息を吐いた。
「──後悔するわよ」そして機械鳥に乗り込み、飛び去った。
俺はホッとした。
これでもう取材に来なくなると良いが──そう思っていた。
けれどもこの後、俺は自ら進んで彼女に連絡を取る事になる。
その結果、プトを激怒させる事態に陥るのだ──




