4 重大な発見
機械鳥の乗り心地は想像を絶するものだった。
まるで登って行く過程の無い、ずっと落下して行くだけのジェットコースター。
凄まじい風が吹き付け、身体から体温が奪われて行く。
あまりの寒さに歯はがちがちと鳴り、やがて意識が朦朧としてきた。
オーク族のドラゴン乗りは、こんな状況に堪え続けていたのだろうか?
プトが突然何かを渡して来た。そして言った。
「あ、ごめん! 騎乗時の呪具を渡すの忘れてた」
石なのか金属なのか解らない、小さな塊だった。
(さっきから全く寒そうにしていないので、変だと思ったんだ!)
それを受け取ってからは、本当に別世界。
寒さも無くなり、風圧も感じなくなった。
余裕が出てくると、遥か下の景色を楽しむ余裕が出て来る。
都心部の街並みはどんどん遠ざかり、巨大な河や森が広がり始めた。
地図で眺めていた景色が本物となって見渡せている──
それは興奮の体験で、俺はプトと二人で子供のようにはしゃいだのだった。
機械鳥の降り立ったゴブリンの里は、実にのどかな田舎だった。
木で出来た幾つもの掘っ立て小屋、それがぽつりぽつりと点在している。
見たところ、近くに農場らしきものはなく、それは上空から見たときも同じだった。
もしかして、スカルベルみたく地下にあるのだろうか?
そんなことを思いながら、俺は村長の家へと向かった。
ゴブリンの村長は小柄で、深い緑色をした皺だらけの老人だった。
まるで昔のSF映画に出てきそうな風貌に、俺はちょっとテンションが上がったが、その対応は素っ気なかった。
「なんじゃ、アンタらは? ここは観光地じゃない。面白半分に来られると迷惑じゃ!」
昨今のエルタニアでは、こういった各種族の田舎暮らしに対するノスタルジーみたいなモノが流行っていた。
ちょいちょい都会から旅行者が来るのは良いのだが、誰も住んでいない家を展示物だと勘違いして勝手に入って来るのだという。
そういった迷惑の積み重ねが、そも保守的な彼らを更にそうさせているようだった。
俺は事前にゼノンから教えられた話題を切り出した。
「──実は将来的に、自分は飲食店を開こうと考えています。その際、こちらから食材を買い付けさせて頂きたい。今日はその為に来ました」
「おお、お客さまじゃったか! これは失敬」
村長の変化は著しかった。
あまり歯の無い口でニッタリ笑い、明らかに優しくなった。
何ともゲンキンだが、ツンツンされているよりはマシだと思った。
村長が俺たちを案内したのは、なんと森だった。
木人先生の森とは違い、じめっとした空気。つるに覆われた、捻くれた形の木々。それが辺りを埋め尽くし、空は全く見えない。
棍棒を持ったゴブリンが木のうろに隠れていそうで、酷く不気味だった。
急に視界が広がり、やや開けた場所に出た。
俺は驚いた。ゴブリンのグーマ麺屋で見たあのスライムの絵──
その本物が無数に群れている!
木々のあちこちから、びちゃびちゃ、ぴちゃぴちゃという音が聞こえ、ちょっと気持ち悪い!
村長が規則的に手を打ち鳴らすと、それらはこっちに目掛けて集まって来た。
「どうです? カワイイもんでしょう?」
「──そ、そうですね──」
いちおうお世辞として、そう返事をした。
村長は懐から取り出した、木の皮のようなものを群れに投げる。
すると、スライムたちは一斉にそこへ向かって行くのだった。
俺は素朴な質問をした。
「このスライムは、生食いとかって出来るんですか?」
「いやいや、まさか! そんなことしたら、強酸で胃が溶けてしまう。一度干すんじゃよ」
なんとまさか、干物だったとは!
これは実に面白かった。
日本でも干物の文化はあるが、勝手なイメージで海辺のものだと思っていたのだ。
それが山や森でなされているのは興味深い。
「ということは、スライム麺も一度干してあるんですか?」
「勿論。この先に加工場がある。見学するかね?」
俺は是非にとお願いした。
加工場という呼び名から、ちょっと最新式なものを想像してた俺だったが、まったく違った。
あったのは、ゴブリンの民家とおなじ木造の建物。
ただし、横長の平屋で、確かに住居とは違う雰囲気があった。
場内には五、六人のゴブリンの若者が居り、干物作りを行っていた。
以下が、村長から説明された工程である。
① スライムを殴る。
(まさにゴブリンが持っていそうな棍棒で、ひたすら殴る)
② 出てきた液体には絶対触れないようにする。
(後で集めて捨てる)
③ 水気が抜け、ペラペラの紙みたいになったら乾燥室に入れる。
乾燥室は魔法の太陽光と、魔法の風によって調整されている。細かな設定は企業秘密。
時間によって完成品は異なるが、この加工場では「一夜干し」、そしてカラッカラに黄色くなるまで干した、いわゆる「スライム・スルメ」の二種を生産していた。
④ この乾燥状態であっても凄まじいアクがある為、そのままでは食べられない。
だから専用の水で戻して食べる。その手間が多くの顧客には面倒臭いので、戻した物を魔法保存して販売している、とのこと。
──実をいうとこの時点で、俺はラーメンにとって重要なあるものと出会っていた。
けれども恥ずかしい話、その事実に俺が気付くのは時系列的いうとしばらく後になる。
だから一旦忘れてもらって、もう一つの重大な発見の話をしたい。
「村長、ちょっと質問があります。実は最近、あなた方の伝統料理グーマを食べたんです。そうしたら、ほのかな旨味のようなものを感じました。これについて、何かご存じありませんか?」
「──ふむ」村長は少し考え、
「スライムはの、基本的には雑食なんじゃ。だから与えたものは何でも食べる。そして、その食べさせた物の風味が良くでるのだ。ウチでは、主にこれを与えとるよ──」
村長が懐から取り出したもの──
それはさっきスライムに与えていた木の皮だった。
受け取ってみると、やけに表面はカサカサし、白い粉のようなものが浮いている。
「──これ食べられるんですかね?」
「まあ、食おうと思えば食えるが、固いぞ? 舐めるくらいにしとけ、と言っておく」
俺はその一部を口に含んだ。
途端に、舌の上に激しく強い旨味が広がった!
それは俺がよく知っている味だった。地球の日本で慣れ親しみ、使用の経験もあった。
──そう、それは正しく、昆布だったのである!




