2 スライム麺
「ス、スライム! スライムって、食えるの?」俺は言った。
正直スライムと言えば、俺の中ではゲームの敵だった。
そして、刷り込まれたイメージから、つるりとしたカワイイものだった。
けれども、壁に掛かった絵に描かれていたのは、べちゃっとしていてどろどろで、かつブリブリしていた。
ゼリー状の身体の中をゴブリン族と思われる頭蓋骨が浮遊し、それが余計に不安感に繋がっていた。
「私はここ、二回目だよ」プトが言った。「食べても問題はなかった。──もしかして、イマイチだった?」
「いやいや、そういう意味じゃないよ。ただ、イメージの問題ってゆうか──」
麺の食感は確かに面白い。スープとの絡みは抜群だ。
ただ俺が興味を惹かれたのは旨味の方だった。
優しい味の澄んだスープ──その中に、何だか良く知っているような風味。
「これ、材料を教えてもらえないかな?」
俺は厨房を見た。
「どうだろう? ご主人に訊いてみたら?」
プトが言った。
俺は麺を食べ終えて、厨房に向かった。
緑色の主人は、新しい注文も無いので少し暇そうにしていた。
俺が話し掛けると、相手は愛想良く対応してくれたが、こと食材の話題になると途端に態度が変わった。
「──ウチのグーマに何か問題が? というかアンタ、おいらのレシピを盗もうって腹じゃないだろうな?」
徐々に雰囲気が悪くなって来たので、俺は謝罪し、金を払って店を出た。
どうやらエルタニアの人々は、良くも悪くもエルタファーの大雑把さと違って権利意識が強いらしい。
この新天地で上手くやって行くには、そういう意味でも頭を切り替える必要がありそうだった。
難民から自由市民となった者には、一定の期間住宅が貸与されることになっていた。
完全無料との事だったが、何某かの就労を行う者に限られる、との条件があった。
俺としては、もう誰かの下で働くのは嫌だった。
ゲロッピ、そしてイスハーク──
むしろ充分過ぎる程に、俺は働いた感覚があった。
──今こそ、ラーメン屋を開く時だ。
そう思っていた。
けれども、それは貸与住宅には住めないことを意味する。
入国管理局の小部屋でどうしものか考えていたとき、相談に乗ってくれたのは面会に来たプトだった。
「いっそ私の家に来なよ。部屋は空いてるし。実は、臨時収入もあったんだ」
ここで言う臨時収入とは、プトに対して軍から支払われた見舞金などを差す。
軍属として戦地に赴き捕虜となったプトは、疑いが晴れた後は当然軍人として扱われた。
奴隷となった期間も給与の対象となり、それに見舞金を足した額が支払われた。
また、俺は勾留されていたので見られなかったが、第一等牙勲章の授与式もあったという。
ただそれを受け取った後、プトは軍籍を抜けた。
俺と同じで、これ以上続ける意思はなかったのだ。
話を戻すと、そんなこんなで俺はプトの家に転がり込んだ。
薄桃色のレンガ造りで、五階建ての集合住宅の二階。
部屋は小さいながらも四つあり、剥き出しになったレンガがなかなかオシャレだった。
──とはいえ、現状の俺は全くの無職。
イスハークからの給与、そしてプトが返してくれたお金の一部はしっかりエルタファーから持って来たが、のんびりしていては目減りするし、これには開業資金も含まれている。
早急にエルタニアのことを知り、また食材も探さねばならなかった。
こんなとき、頼りになるは知識のある人物だろう。
俺はゼノンに会いに行くことにした。
ゼノンが新しく勤めることになったのはエルタニア呪術農科大学だった。
エルタファーとは違って、この都市では充てられている予算のケタが違うのだろう。
広大な敷地に作られた、どこまでも続く試作・実験畑。
赤茶色のレンガで出来た建物はまるで聖堂か何かようで、高く上空へ目掛けて伸びていた。
「大学へようこそ。晴れて自由市民になられたご気分はいかがですか?」
ゼノンは以前と変わらず、飄々とした雰囲気だった。
けれども、その研究室は全く違った。
部屋の広さは三倍以上、その隣には最新の魔法機器を備えた実験室もある。
室内では五人くらいの助手がおり、巨大な菌類に対して何か魔術を掛けていた。
あの一ヶ月の間、ゼノンにはしっかり会えていなかった。
俺は助けてもらった礼を述べ、自由市民は最高だと伝えた。そして本題を話した。
「地球の日本には事業を行う者に対して、比較的安い金利でお金を借りれる仕組みがあるんです。開業資金だけなく運転資金のことも考えると、やはり融資を受けたいんです。なので、そういった方面に明るい方をご存じありませんか?」
「なるほど。そうすると法律関係者を当たってみるのが良いのでしょうね。知り合いに訊いては見ますが、何せ専門分野外ですから。少し時間を頂きたい」
「いえいえ。お願いばかりで本当にすいません。──あ、そういえばゼノンさん。ゴブリン族の食性について何かご存じありませんか? 最近彼らの伝統料理を食べたんですが、その味に気になるものがあって──」
「うーむ」ゼノンは頭を捻った。
「私の記憶では、ゴブリン族はいわゆる発酵菌を使った食品を作る伝統はなかったように思います。食性については肉食で、カボタ(炭水化物)は少量しか食しません」
ちょっと当てが外れたようで残念だった。
しかし、ゼノンの話から考えれば、スライム麺はタンパク質由来の食品という事になる。
この世界にラーメンを普及する場合、ケロリンのような炭水化物を食べられない種族に対し、スライム麺は有効な代替物になる予感がした。
「まあただ──」ゼノンが言った。「私も全てを見て回った訳ではありませんしね。以前行ったフィールドワークは、スライム農場を見学したくらいですし──」
「え! スライムの農場なんてあるんですか?」
「はい。エルタニアにはゴブリンの里が幾つか点在しているんです。保守的で疑り深い人々ですが、商品を買ってくれる相手に対しては彼らの尺度から見て誠実に対応してくれますよ?」
これは絶対に行って見なくてはならない!
俺は早速、ゼノンに場所を訊いたのだった。




