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9⃣ 新天地へ

 後になって知ったのだが、プトはどうやら人間の年齢にすると約二十二歳くらいだった。

 つまり、()()()()()()()()()()()


 犬人族の女性は早熟な傾向があって、俺はその見た目から勝手に同い年くらいだと思い込んでいた。

 プトは反対に、日本人が幼く見えることも手伝って俺を年下と思ったらしく、下手すると十七歳? くらいに思っていたらしい。


 だから、お互いに実際の年齢を知ったとき、俺はちょっと気まずい思いをし、プトは「年上なのに泣き虫!」と俺を笑った。

 ただ、彼女に笑ってもらうのは、悪い気持ちはしなかった。



 プトは「いっそ逃げよう」と言った。

 自分は元々エルガントの出身だし、工業都市エルタニアにはたくさんの仕事があるから、移動の手段を手配して一緒に逃げよう、と──


 けれども、それには二つの問題があった。


 一つ目は、エルガントの出身者でない俺に市民権が与えられるか?

 そして二つ目が──イスハークだった。

 

 エルガント大陸は概ね法整備がしっかりとし、エルタファーに比べて先進的だが、それ故に簡単に市民権を与えない傾向があった。

 

 次いでイスハークだが、もし奴の仲間がエルガント内にも居た場合、俺たちには命の危険がある。

 また例え居なくとも、やがて探し出され、ドワーフの暗殺者でも差し向けられるかも知れなかった。


 俺は「状況を窺おう」と言った。

 今闇雲に動けば感付かれるかも知れない。

 我慢して働きながら、お互いに脱出の糸口を探そう、と──



 しかしそれは、多大なストレスを伴うものだった。

 イスハークの監視の下、それまでと同じ仕事をしなければならないのは地獄だった。


 唯一の救いは、プトと毎日どちらかの家で会うことだった。

 仕事が終わったあと同じ食卓を囲み、脱出に向け何が出来るかを話し合うのは、本当に心の支えになった。


 ただ、やはり俺は徐々に追い詰められて行った。

 具体的にイスハークから何かをされた訳ではなく、精神的な面からだった。


 多分、この状況があと少しでも長く続いていたら、俺はおかしくなっていただろう。

 出口の見えない、まるで別の形の奴隷生活──


 けれども、全く予想外の事態が俺を新天地へと誘うのだ。



 その朝のことは、今でも鮮明に思い出せる。


「──ジュンイチ。起きて」


 ベッドでまどろむ俺を、昨夜泊まりに来ていたプトが起こした。

 俺が眠気まなこでそちらを見ると、彼女は張り詰めたように耳を尖らせ、激しく鼻で息をしていた。


「──どうしたの?」

 俺が訊くと、プトは天井に視線をさ迷わせた。

「──何か──嫌な予感がする──」


 犬人族にだけ備わる、ある種の第六感があるというのは知っていた。

 けれども、俺は眠気の所為であまり頭が働いていなかった。


 壁掛けの時計を見ると、妖幻ようげん二十八刻(午前四時)。

「パンニャ」への出勤時間にはまだまだ早かった。

 出来ることなら、もうしばらく眠らせて──


 激しい爆音がした。


 続いて、建物全体が酷く揺れた。


「地震か!」俺はベッドを飛び出した。

 その頃には揺れは収まり、窓に立ってカーテンを開いていた。


 エルタファーの白くて真四角な街並み──その一角から、黒い煙が上がっていた。

 遠目だが、それはパンニャのある方角だった。


「プト、ちょっと行ってくる! 君はここに居てくれ!」

 俺は言い、家を飛び出した。


 カリガリの南西は寺院広場で、オーク専用の「パンニャ」はそこに在った。

 俺が白い住宅街から大通りへと出たとき、辺りにはすでにたくさんの群衆が居た。


 彼らの見ている方向──エルタファーの上空には無数のドラゴン!

 小さくて見え難いが、しっかりオークも騎乗している。


 俺は混乱した。

 一体、何が起こっているんだ?


 群衆を掻き分けながら通りの反対側に進んだとき、二回目の爆発が起った。

 それはドラゴンの上から放たれ、別のドラゴンを狙って外れた魔法だった。


 爆音と共に辺りが揺れ、遠くの方で黒煙があがった。

 

 上空ではそれぞれ東西に分かれたドラゴンの軍勢が、一斉に互いを攻撃し始めた。


 ──()()()


 俺はすぐさま、もと来た道を引き返し始めた。

 逃げ惑う群衆に何度もぶつかりながら路地を目指す。


 すぐ目の前を、攻撃を受けて落下したドラゴンが滑っていった。

 本当に、生きた心地がしなかった。


 

 俺は自宅に辿り着いた。

 さっき見たことをプトに話そうとすると、彼女はそれを押し留めた。


「待って! こっちが先!」

 彼女の腕には、魔法仕掛けの機械鳥が乗っていた。

 鳥の腹には大きな真ん丸の黒水晶が埋まっており、その球面には良く知る人物の顔が映っていた。


 ゼノンだ。


「タナカさん! 今すぐ、大学に来て下さい。今なら絶好のチャンスを提供できます! ただし急いで。いずれ魔法の戒厳令が敷かれてしまう!」


 ゼノンには、少し前からイスハークの問題を解決する相談もしていた。

 絶好のチャンスとは何なのだろうか。


 俺とプトは簡単に荷物をまとめると、連れ立って大学への道を進んだ。

 道々、ゼノンが話してくれたこの事態の全容は、次のようなものだ。



 オーク族の王族は広い意味では親類縁者から構成されるが、けっして一枚岩ではなく、内部には派閥ある。


 次期国王、つまり王太子は数百人以上おり、彼らはそれぞれに野望がある訳だが、大きくは「奴隷推進派」と「反対派」に分かれる。

 (反対派と聞くと良い人達っぽく聞こえるが、「不要だから殺せ!」というかなりヤバい方々!)


 どうやらその推進派の中から、反対派の王太子に対する暗殺未遂があった。

 そのことを切っ掛けに、両派閥は激しく対立。ついに軍事行動に出たというのだ。


 今ここで繰り広げられているのは、権力闘争の末の内乱だったのである。



 俺たちは途中、「パラメル」の残骸を見た。

 けっして自分から足を運んだのではなく、通り道にあっただけだ。


 白いクリームを塗った四角いケーキが、巨人の足に何度も踏み潰された──


 例えるなら、そんな光景だった。


 俺は複雑な気持ちがした。


 自分を縛っていた象徴が派手に破壊され、胸がスッとしたような感覚。

 同時に、人生のある瞬間、問題はあったにせよ懸命に取り組んだ事が消えてしまったような感覚──


 俺は心の中で、「さようなら」を言った。

 こんな状況だからこそ、出てきた言葉であるのは間違いない。

 けれども、何だかそう言葉を掛けたい気分だった。



 大学があるアシュ・アハトに近付くと、辺りの騒がしさは遠退いた。

 遥か向こう──カリガリの中心地では未だに黒煙が立ち上り、何匹ものドラゴンが空中戦を繰り広げていた。


「よくぞいらっしゃいました! さあ、中へ、中へ!」

 ゼノンは入口で俺を迎え入れると、魔法抑制された菌類部屋に俺を通した。


「連絡をありがとうございます、ゼノンさん。それで──チャンスというのは?」


「──はい。こういった事態が起った為、エルガントは周辺地域に派兵を決定しました。そして同時に、焼き出され、行き場を失った人々に対する受け入れも開始した。今なら、難民としてエルガント入りし、()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 状況が状況なので、素直には喜べない。

 けれども、天の助けのように感じたというのが本音だった。


「恩に着ます! けれど、ゼノンさん自身はどうするんです?」


「私は元々エルガントの出ですから、この際帰ることにします。もうここでは研究は続けられない。たくさんの成果物を置いて行かねばならないのが心残りですが──」


 それは、俺も同じだった。

 忙しくなって以来、ケロリンには会えていなかった。

 恩返しをすると言った木人先生も結局そのままだ。


 自分で作ったナディメ魚醤、ソヤーラ醤油も全て置いて来てしまった──


 俺がそれを口にすると、ゼノンは言った。

「魚醤は諦めて下さい。しかしソヤーラの壺と種菌はここにある。一緒に持って行きましょう。さあ、お嬢さんもご一緒に──」


 準備が整うと、ゼノンは周囲にある肥大化した菌類のマダを使い、室内のドアに魔法を掛けた。


 それは死霊術師の婆さんが、俺を瞬時にエルタファーに連れていったのと同じものだった。


 何の変哲もない、ただ古めかしいだけの作り付けのドア──


 その向こうに新天地があると思うと、俺は興奮と同時にいくらかの不安を感じた。


 プトはそんな俺を誘うように言った。

「──行こう。エルガントへ」


 俺は意を決し、ドアを開いたのだった。

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