6⃣ イスハークの正体
サタメア米で作ったチャーハンは、主にエルフとドワーフの金持ちにウケた。
オーク族は習慣的に、炭水化物を食べた後の急激な血糖値の上昇による眠気を悪いものと考えており、たくさん食べようとはしなかった。
チャーハンといえばやっぱり大き目のチャーシューが入っていて欲しい訳だが、この国ではどこを探しても豚系の肉が見つからない。
だから、醤油タレに浸けた両頭牛の塊で代用した。
この牛肉チャーハンは、チャーシューの代用品が手に入った今でも、俺の店の人気メニューであり続けている。
イスハークの店で働き始めて約一年と数ヶ月が経った頃。
俺はイスハークに対して徐々に違和感を覚え始めた。
「最近さ、誰かに見られているような気がするの。ジュンイチはそう思わない?」
プトと一緒に外食をしてると、しきりに彼女はそう言った。
俺は客商売で顔を覚えるのは得意とはいえ、そういう勘は鈍かった。
「よく解らない。気の所為じゃない?」
「──今から言うことを聞いて、いきなり振り向いたりしないでね? ちょっと後ろの席に居るあのドワーフ。前にも見たことがある。あの人って、君の店の経営者と関係はない?」
俺はさりげなく、座っている席から後ろを見た。
たしかにドワーフは居たが、それはイスハークではないし、正直見た記憶もない。
ただ、時折イスハークは何人もの同族を連れていることがあり、店が閉まったあと、彼らと中で何やら会合をしている姿は目撃していた。
「もしかして関係者かも知れない。けれど、どうしてイスハークが俺たちを見張らせるんだ? 理由がないよ」
「──ジュンイチ。知らないかもだけど、君は有名だよ? 異世界の珍しい料理を作るって。君を自分の店に引き抜きたいと考える経営者はきっといる。だから、見張らせているんじゃないかな?」
「そんな、まさか──」
あいつが付いて来るか、来ないか──それを試そうとプトは言った。
俺たちはゆっくりと立ち上がり、会計に向かう。
あえてそいつの横を通り過ぎたが、動きは無かった。
店外へ出てしばらく通りを歩いた後、急にプトが言った。
「──ちょっと、ごめんね」
そして、まるで恋人にするように、向かい合って俺を抱きしめた。そうやって彼女は、後ろを確認したのだった。
プトが小声で言った。
「──付いて来てる」
「どうしよう?」俺は言う。
プトは離れると、俺の手を引き言った。
「どこまで付いて来るか試して見ようよ。──バレないように」
俺たちは幾つかの店を用もないのに回った。
ちょっとした小皿の料理を食べ、酔わない程度の酒も飲んだ。
「ジュンイチ、いっそ何軒目で居なくなるか賭ける?」
プトはこの状況を楽しんでいるようだった。
気が付くとドワーフは居なくなっていて、俺はプトを彼女の集合住宅に送って別れた。
誰かに見張られている──
それは気持ちの良いものではなかった。
ただ、イスハーク以外の可能性も残っていると思った。
俺を引き抜きたい経営者がいるなら、そいつの指示かも知れない、と──
イスハークへの不信が決定的になったのは大学へ寄ったときだ。
俺は菌類学者のゼノンと定期的に会い、彼に教わって作ったソヤーラ醤油や、地球での発酵について話していた。
その日の議題はポタメアを原料にした醤油の味や風味が薄いことで、これの改善についてだった。
ゼノンは魔法で抑制された巨大な粘菌を触りながら言った。
「──なるほど。それは簡単ですね。ソヤーラ菌は穀物に含まれる『プロタ』を分解します。あなたの世界の言葉でいうと、『タンパク・シツ』というものです。このプロタが分解されて旨味成分に変わる訳ですが、ポタメアは基本的にその含有量が少ない。
やはり、プロタの多い別の穀物に変えて作る以外に解決法はないでしょう──」
「なるほど! あなたの助言に感謝します! ──でも、良いんですか? 何か形になるものでお礼をしなくても?」
「異世界のことを知れるだけで充分です。何よりの報酬ですとも」
「そうだ、ゼノンさん。良かったら一度、俺の勤める店に来ませんか? お金は要らないので、俺が御馳走しますよ?」
普段は飄々としているゼノンの顔が瞬時に曇った。
そして強い口調で言った。「──遠慮しておきます。私は近寄りたくない」
「それは──どういう意味ですか?」
「あなたに──罪が無いことは解っています。あなたがこの世界に来て、最初は大変ご苦労なさったことも伺った。だから責めるつもりは毛頭ない。しかし私は学究の徒にある者としてどうしても許せないのだ」
「──あの、それは、何がです?」
「あなたの店の経営者を悪く言うことは、あなたの職場を悪く言うのと同じだ。そう思ってずっと黙っていました。あなたの雇用主、イスハークには裏の顔がある──」
ゼノンはそこで言葉を切った。
そして呟くように言った。
「彼は──奴隷商人です」




