5⃣ プトの過去
唐揚げのヒットは、更に俺を忙しくさせた。
イスハークはドワーフ御用達の店「カエーボ」も任せると言い出したからだ。
この時期、俺は同僚の料理番たちに手順を教え込み、自分ではどの地球の料理なら再現可能かという、レシピ作りに追われるようになった。
日本の料理本やネットに載っていそうなものは、ほぼ全てやった。
イスハークは新作の連発を期待し、それは同時に客の期待でもあったからだ。
ただ、そこで作った様々な料理については、後に俺のラーメン屋では提供していないし、真似された結果勝手に現地化した物もあるので紹介は割愛する。(まあどこにでもあるコロッケとかハンバーグなんかだと思って欲しい)
様々な材料が足りなくなり、俺は適宜補充した。
ポタメア粉などの消費は激しかったが、以前先生から聞いた輸入業者を頼っていた。
実は業者を通じ、俺はあるものに出会った。
強力のポタメアにも出会ったのだが──いわゆる米を見つけたのだ!
それは輸入業者の暗い倉庫に、ひっそりと山積みされていた。
業者のドワーフが言うには、この「サタメア」という名の穀物は、仕入れたは良いが人気がなくしばらく放ってあるという。
(魔法が掛かっているので品質は絶対落ちてない! とのこと)
俺はその全てを買い取った。
勿論、米と来れば次に作るべきメニューはチャーハンだ。
けれども、その前にどうしても白いご飯で発見を祝いたい!
俺はプトを自宅に呼び、純和食を作った。
以下がそのお品書きだ。
① サタメアのご飯
(食べてみて解ったが、これはいわゆるジャポニカ米ではない。とはいえ、インディカ米のようにパサパサでもない。調理法としてはチャーハンが一番適していると思った)
② 魚醤の元になっている魚、ナディメの塩焼き
③ 偽紅玉鳥の卵焼き
④ ゴボウイモ(ウムタロ)の煮っころがし
⑤ 葉物野菜ダルラとウムタロの味噌汁
(ソヤーラ醤油を絞った後の茶色い塊を味噌に見立てて入れてみた。結局これは、味噌汁ではなくて風味の強い「けんちん汁」に近かった)
「これがワショク? なんだか不思議な感じだね」
テーブルの上に並んだ幾つもの皿を眺め、プトが言う。
「うん。俺の故郷の伝統料理。なんていうの、ソウルフード、かな?」
俺は箸を用意していた。
街の串焼き屋で使われていた焼き串を加工した簡素なものだ。
試しにプトに渡してみたが──まあ、やはり、下手だった。
何度か教える内にイライラし始めたのが解ったので、俺はナイフとフォークを渡した。
こちらの世界に箸の文化がないとすれば、麺類を流行らせるのは難しいのだろうか? などと心配にもなった。
「この醤油って香ばしいね。初めての味だけど、どれも美味いよ」
本当に美味そうに食べるプトを見て、俺は嬉しくなった。
彼女は味覚に正直だから、微妙に感じたものはハッキリと言う。プトを通してエルタロッテが見える。そんな感覚が俺にはあった。
「ところでプト。君の故郷の味は何? ご両親はどんな料理を作ってくれた?」
「──私には、両親は居ない。私は──孤児だったんだ」
俺は驚いた。
「──ごめん。知らなかった」
「いいよ。私も言ってないし。だから孤児院で育った。そこの料理は酷くてね。あまり思い出したい味じゃない──」
俺は今まで訊けなかった質問をした。
「プト。君は、どうして奴隷になったんだ?」
プトはしばらく押し黙った。
そして俺の目を見て言った。
「──戦争に参加したから。──私、軍属だったんだ」
プトの出身地であるエルガントは、紛争地域に対する介入を行っていた。
当時、エルタファーのオーク族は周辺の少数種族への侵攻を繰り返しており、エルガントは派兵を決定。その中に、プトが居たのだった。
「孤児院の先生は良い人たちで、皆親切にしてくれた。でも、私の中にはいつも狭い所に閉じ込められた奴隷みたいな気分があった。そこから出て資格と仕事を得ようと思ったとき、軍隊しかなかった──
ただ、実戦はほぼ経験していない。私は魔動機を使っての基地設営や運搬の係だったから──」
まさかプトにそんな過去があったとは──
彼女が魔動機を上手に扱えた理由も納得がいった。
「──捕虜になったとき、私の部隊は幾つものグループに分割された。オーク族は戦利品として奴隷を取る習慣があるのは知ってるだろう? エルガントとの捕虜交換が頓挫した後、私は市場で売られた。
──私は馬鹿だ。孤児院の自分を奴隷だと感じ、そこから抜け出したい一心で軍隊に入ったら本当の奴隷になってしまった。
──ジュンイチ、君には感謝してる。
奴隷から解放してくれて、本当に、本当にありがとう──」
プトの告白は衝撃的なものだった。
同時に、俺は彼女の芯の強さや、その内側に潜む激情の理由が解った気がした。
彼女を奴隷から解放出来て本当に良かった──俺は素直にそう思っていた。
イスハークの知られざる正体を知るまでは──




