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3⃣ ソヤーラ

「──良かったら、味見されます?」

 ゼノンが言った。

「お願いします!」

 俺は答えた。


 ゼノンは適当なスプーンを持って来ると俺に渡した。

 すくって鼻を近付けると、薄い味噌のような、しかしそれとは違う香り。


 口に含むと、強い塩気と共に、ポタメア由来の麦っぽさと醤油らしい風味!

 ただ、塩分とは違う旨味のパンチ力はちょっと弱い──


 けれども、俺はあらゆるものに感謝したくなった!

 ()()()()()()()()()()! と、理由はよく解らないが思った。


「──美味いです」

 俺は内側からこみ上げるものを感じながら、言った。


「そうですか! それは良かった。彼らはこれを『ソヤーラ』と呼んでいました。そこで私はこの菌に『ソヤーラ菌』と命名した訳です。実をいうと作ったは良いが、活かし方が解らないのですよ。なんせ少数種族の伝統調味料ですからね。それでしばらく、ここに放ってあったのです」


「質問なんですけど、その少数種族はこれに似た液体は使っていませんでしたか?」

「うーん、ちょっと解りませんねえ。ただ、これを絞れば液体のみ抽出できるのじゃありません?」


 ここでゼノンが言っている事は、本当に正しかった。

 かなり後になって、その少数種族に会ったときも同じことを言われたからである。


 俺は恐る恐る言った。

「──コレ、譲って頂けたりしません?」

「──うーん」

 ゼノンが難しい顔をする。

「異人さんであるあなたにとって、これが重要な意味を持つことは理解します。しかし、これは大学の研究に基く成果物であり、みだりにお渡しする訳にはいかない。魔法で発酵は止めていますが、中の菌は生きていますので。ただ、作り方をお教えすることは出来ます──」


 ゼノンが教えてくれた手順は、以下のようになる。



 ① 生のポタメア(強力)を水で洗い、水に浸けて一時間吸水させる。


 ② 水切りをし、表面の水気を飛ばす。(一時間程度)


 ③ 水切りしたポタメアを蒸し器で一時間蒸す。


 ④ 蒸しあがったポタメアを平らなトレイに広げ、なるべく早く冷ます。

(熱いうちは別の雑菌が繁殖し易いので、急ぐ!)


 ⑤ ソヤーラ菌の種菌を入れる。均等に混ぜる。

(これはゼノンが事前に培養したものがある。1㎏のポタメアに対し、約2~3g。)


 ⑥ 魔法で30~32℃に温度調整された容器に入れる。

 ポタメアを包み込めるような大きな布で包む。

(温度が高すぎると雑菌が繁殖、低すぎると菌が育たない。魔法の管理が必須!)


 ⑦ 24時間経過後、ポタメアをかき混ぜる。

 徐々に菌糸が広がり、ポタメアがもこもこしてくる。

(発酵過程で熱が上がって行くので、魔法の管理、あるいは容器の蓋を開けるなどして調節!)


 ⑧ 更に24時間後。完成。

 この頃になると、ポタメアの一粒一粒に胞子が付き、かき混ぜると胞子が舞う。



 ここから、仕込み。

 今後、菌が繁殖したポタメアをソヤーラ(こうじ)と呼ぶことにする。



 ① 殺菌した壺を用意。


 ② ソヤーラ麹を入れる。


 ③ 麹に対してい1.2倍の水。塩を用意。塩分濃度は総重量の18%になる塩水を作る。

(ソヤーラ麹1㎏の場合、水は1.2ℓで、塩は482g)


 ④ 混ぜる。

 ここから約三か月度程度寝かせる!

 一週間程度、定期的なかき混ぜを毎日行う!

 そこから、二日に一度はかき混ぜる!


 ⑤ 絞ったら、醤油になる。



 というか、《《かなり手間が掛かる》》!

 とりあえずたくさん仕込んで、あとは熟成を早める魔術師に頼むとしても必要なのは今すぐだ!


「──無理なお願いなのは解っています。何とか、少量だけでも譲っていただけないでしょうか?」


「──木人先生のご紹介もあるので、分けて差し上げたいが──」

 ゼノンは一旦、そこで言葉を切った。

 しばらくまた独り言を続けると、言った。

「本当はあまりやりたくはないのですが──()()()()でもよろしいか?」


 魔法複製とは、マダを用いて対象の物と瓜二つの物を作り出す一種のチート魔法だ。

 ただし、対象に含まれる同等のマダを用意しなければならない事と、必ず一定の劣化が起る。


 例えばゼノンが作ったこのソヤーラ壺に対してその魔法を使う場合、必ず少量の中身が失われる。そして、複製されたものは味や香りが元の物に比べて劣る。


 魔法複製された物に対して更に魔法複製を行う場合、劣化の度合いはどんどん酷くなり、繰り返して行くと最終的には似ても似つかないものになって行く──


 それでも、俺は魔法複製をお願いした。


 少し劣化したものであったとしても、今の俺にとっては必要だったのだ。

 勿論、これを使い続けるつもりはない。

 あくまで本物が出来上がるまでの繋ぎが欲しかった。


 ゼノンは研究室にあった巨大化した粘菌をマダの材料にし、ソヤーラを複製した。新しく用意された壺の中に徐々にソヤーラが増えて行くのは面白く、俺はまるで子供みたいにその様子を見守った。


 俺は幾らかのお金を、ゼノンに渡そうとした。

 けれども、彼は言った。

「今後も、お暇があれば会いませんか? 私としては、異人であるあなたの世界の菌類や、ソヤーラの活用法に興味がある。それをお代とさせて下さい」


 俺は何度も礼を言い、重い壺を抱えて自宅へと帰った。

 布と金属の網を使って濾したソヤーラは、いわゆる日本の醤油のように黒くはなかった。

 どちらかというと、薄口の液体ダシみたいに黄色かった。


 味は薄く、ほのかで優しいがしっかり醤油!

 地球のものよりも甘みを強く感じる印象だった。

 残った茶色の固形物は、味噌と醤油の中間物だろうか。


 ──とにかく、()()()()()()()()! 


 本物は急いで作る必要があるが、今は新メニューだ。


 俺は前々から決めていた。

 醤油が手に入ったら()()をやってみよう、と──

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