表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/75

2⃣ 醤油…?

 カリガリの区営図書館は、まるで宮殿か何かを思わせる建物で本のジャンルによって幾つもの棟に分かれていた。


 入口で小人の司書に身元確認をされ(この小人はちょっとした魔術師で、千里眼で身分を見抜く)、奥へと進んで行くとそこは巨大なメインホール。

 中心に据えられた灰色エルフの彫像を囲むように、各棟へ向かうたくさんの通路が伸びていた。


 俺が向かったのはとりあえず「食文化の棟」の「料理の棚」。


 天井まで伸びる背の高い棚には無数の本が並び、どこまでも空間を塞いでいた。

 試しに下の方から順番に眺めて見るが、正直何が何やら解らない。(あと、手が届かない!)


 そうやってしばらくさ迷っていると、別の小人の司書が近付いて来た。


「何かお探しですか?」

「はい。調味料に関わる本を。だけど、あまりにも多すぎて」

「なるほど、調味料ですね──」


 司書は言うと、軽く手を振った。

 俺は驚いた。

 瞬時にあちこちの本棚から本が飛び出し、俺の前にうず高く積みあがったからだ。

 なるほど。どうやら最初から司書に本を呼んでもらうのが常識らしい。


 俺は司書に礼を言うと本の山が崩れないよう慎重に、一冊一冊めくり始めた。


 結論をいうと、そこに書かれていたのはごく当たり前の内容ばかりだった。

 エルタファーは灰色エルフが街を作ったあとオークの侵略を受けた訳だが、その為に彼らの好む調理法や調味料が一般的になった。


 つまり、「基本はすべて塩!」なのだ。


 例えば魚醤の記載は確かにあるのだが、欄外に小さく扱われているだけ。

 正直、あまり参考にはならなかった。


 実を言えば俺は、ある意味仕事で追い詰められていた。


 イスハークは客引きの為、俺のことを「世にも珍しいチキュから来た異人の料理人」と吹聴し、「その料理を食べないなんて人生の損!」とまで触れ込んだ。


 お陰で客は増えていたが、同時にイスハークから「早く新しい料理で彼らを釘付けにしろ」とも言われていた。


 その為には、やっぱり調味料なのだった。



 正午ごろ(怪神八刻)になって、俺はプトと落ち合った。

 彼女は「魔動の棟」の「機械の棚」に居て、机に何冊もの本を並べて勉強していた。新しい資格を取りたいから、と聞いていた。


「何か収穫あった?」

 本から顔を上げて、プトが言った。

「いや、全然。知ってることしか載ってなかった」

「そうなの? てかさ、探し方を変えてみたら?」


 本棚の一つ一つを指差しながら、プトが言う。


「例えばあれが『機械の棚』でしょ? で、その隣が『呪具の棚』。更に向こうが『魔法工学の棚』。こんな感じで、棚はいっぱいあるんだから、もっと細かく、もっとたくさんの棚を調べれば何か解るんじゃない?」


 そうか。キーワードか!


 俺は早速「食文化の棟」に戻ると、司書に頼んで「発酵」とか「歴史」、「灰色エルフ」などで多くの棚から本を呼んでもらった。


 飛んできたのは僅か三冊。

 けれど、その中に面白い記述があった!


 その本は灰色エルフの時代に書かれた古いものだったが、少数種族の小人の中に、「穀物を発酵させて調味料を作る」とあったのだ!


 穀物を由来とする調味料といえば、それは日本だと味噌が想像できる。

 味噌と醤油はたしかほぼ親戚だから、この記述は期待が持てる!


 もしこの技術がどこかに伝わっているとすれば──



 俺はとりあえず、木人先生の家を訪ねることにした。

 久しぶりの先生は、その姿によく似た一本の大きな木の下で農作業に勤しんでいて、まるでその対比は親子のようだった。


 先生は切株の家の中で、ハーブティーでもてなしてくれた。

 日本でいうとドクダミみたいなそれは正直苦手だったが、懐かしい味がした。


「ナルホド 少数種族カ」


 俺が図書館での話をすると先生は言った。


「実ハ 私ノ方デモ 進展ガアッタノダ コウ見エテ 私ハ 大学ニ呼バレル事ガアル ソコニ 面白イ 研究者ガ居タ 魔法菌類学ノ権威ダ 私ガ手紙ヲ 書クカラ ソレヲ持ッテ行ケ 協力シテ クレル筈ダ」


 そして先生はその場で手紙を書き、便箋に入れて渡してくれた。

 俺は何度も感謝した。


「先生。なんとお礼を言っていいか。これについて、何か出来ることはない? それとも、お金を払った方が良いだろうか?」


「要ラナイ ソレヨリモ 急グコトダ オ前タチノ 命ハ短イ 動キ続ケナサイ」


 俺は先生の家を辞した。

 先生にもいつか恩返しをしなくてはと思った。



 エルタファー大学は北西地区のアシュアハトにあった。

 図書館が宮殿のようだったのに対し、大学はやけに堅牢な建物だ。ぱっと見た感じ元は砦か何かで、あまり予算がもらえてない? と勘繰りたくなるくらいだった。


 先生が紹介してくれた魔法菌類学者は、ゼノンという男だった。

 あの死霊術師の婆さんと同じく、鼻と耳が長い種族。

(多分、遠いエルフの親戚か何かだと思う)


 研究室の中で、彼は巨大化した菌類に埋もれるようにして机に向かっていた。

 先生が持たせてくれた手紙を渡すと、ゼノンは言った。


「なるほど。木人さんからのご紹介ですか。しかも異人さんで、その上に菌に興味がおありとは珍しい! して、どんな菌にご興味が?」


「はい、実はこんな本を見つけたんです。発酵に関わるものです」


 俺は図書館で本のページを魔法転写してもらった紙をゼノンに見せた。

 ゼノンはしばらく、俺の存在など忘れてしまったかのように独り言つぶやき続けた。

 そしておもむろに言った。


「──あなたは運が良い。この実験、数年前に行いました。実物、見たいですか?」


 俺は即答した。


 ゼノンが連れて行ったのは、酷く狭い倉庫。

 彼は辺りの物をがちゃがちゃ動かしながら言った。


「この発酵菌は、とある小島の少数種族に伝わっていたものでしてね。オーク族が様々な種族を征服したとき、その伝統は途絶えてしまったと思われていた。しかし、本当に数少ない生き残りが居たのですよ。彼らが作っていた非常に変わったポタメア、その穂先から見つかったのです」


 ゼノンが、棚の下からようやく何かを引きずり出した。

 

 それはかなり大きな壺だった。


「彼らはそのポタメアに菌を付着させ、発酵させることで、あなたの言う本にある調味料を作っていました。これは彼らから作り方を教わり、私が再現したもの。個人的にはなかなかの出来だと思いますよ?」


 ゼノンが蓋を開けた。


 瞬間、実に懐かしい香りが俺の鼻をくすぐった。

 日本人なら誰でも良く知っているであろう匂い!


 しかしそれは、()()()()()()()()

 かつては白かったポタメアが、茶色いドロドロの粥状になったもの──


 皆が良く知る醤油の前身──いわゆるひしお、あるいは()()()だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ