㉒ イスハーク
食事会が成功裏に終って良いことが二つあった。
まず俺が厨房に立ち入ってもゲロッピが文句を言わなくなったこと。
次が、ちょっとした寸志が出たことだ。
ハッキリ言って、本当に対した金額じゃない。
蛙のスタッフには日本円で約二万円(約千オルタル)出たのに、俺だけ約五千円(約二百五十オルタル)。
理由は正規の調理者じゃないから、ということらしいが、俺はかなりムカついた。
もっとも、三人衆は金額の違いを申し訳なさそうにしていて「お前に幾らか渡すべきか?」的なことを言ってくれた。
勿論、俺は要らないと言った。
彼らだってお金は必要だろうし、そうやって気遣ってくれただけで充分だった。
それよりも、厨房が使えることを俺はフル活用した。
実をいうと紅玉鳥は半身しか使わなかったので、それなりの量の肉と皮が余っていた。
俺はアレをやってみることにした。
① 魔法のオーブンを160度に加熱。
(魔法のオーブンは中に入れたものが空中に浮く。回転モードを選ぶと勝手に回りながら焼いてくれる。地球のピザとかグラタンを入れると全てひっくり返って台無しだが、今回はこの機能を使う)
② 皮付きの紅玉鳥の半身を用意し、水気をよく切る。
(少量の塩を振って、しばらく放置したあと、出てきた水分を拭き取る)
③ 表面に溶かした砂糖と魚醤を塗る。
(香り付けにゴボウ・イモの酒「ペッペ」を入れようか迷ったが、却下)
④ オーブンで約三十分位かけてゆっくりと焼く。
(一羽丸々とかではないので、ちょいやり過ぎかも。温度の高低は様子を見ながら調節)
そして完成したのが──北京ダック風・紅玉鳥焼き!
というか本当は、エルタファー紅玉鳥・北京ダック風、というべきかも知れない。
こんがりと焼けた鳥の皮は魚醤の色も相まって、優しい飴色。
噛むと分厚い皮はカリカリとしていて、肉はジューシー!
肉に対する味付けはほぼ塩のみなのでもう少し工夫が欲しいが、表面の甘じょっぱい感じが牽引役で実に美味い。
しかしそろそろ日本人として、この魚醤ベースに飽きてきた感は否めない。
別の調味料を探すことは急務だと思われた。
(ちなみにこの紅玉鳥焼きは前回の餃子のお詫びに皆に振舞った。肉本来がそもそも美味いのでかなり好評だった)
食事会から一週間後。
俺のもとに客が来た。
スカルベルの仕事が終って銭湯に行き、通りを歩いて宿舎に帰っている道中だった。
「──やあ。俺のこと憶えているかね、タナカくん?」
ふわふわと浮遊する豪華な輿、その中に乗っていたのはあの会で見たドワーフだった。
俺は会釈した。
このおじさんには一種助けられたように感じていたからだ。
しかし、名前まで知られているとは思わなかった。
おじさんはわざと輿の速度を下げ、おもむろに言った。
「──あの鳥皮の包み焼き──紅玉鳥だけじゃなかっただろ?」
俺は驚いた。
たしかこの人は皆の前で、「これは紅玉鳥だ!」みたいな事を言った。
まさか、本当は気付いていたとは──
「はは、図星か? そうだよな、俺はすぐに解った。割合は知らんが偽紅玉鳥が入ってるって──。だが、言わなかった。何故だと思うね?」
俺は警戒した。
このおじさんは何が言いたいのだろうか?
相手は俺の表情からそれを読み取ったらしく、
「おっと、スマン! 脅迫しようとか、そういうんじゃないんだ。むしろ良い話だと思ってもらいたい。ところで、どうだ一杯?」
おじさんは盃を傾ける動作をした。
迷っていると、緩やかに近付いて来た無人の輿が俺の近くに停止した。
「君の為に用意したんだ。さあ、乗ってくれ。せっかくの料金が無駄になっちまう!」
仕方なく乗り込むと、輿は音もなく滑り出した。
スカルベルの浮遊台車に比べて乗り心地は最高だが、相手の意図が解らないので楽しめはしなかった。
おじさんが俺を連れて行ったのは、「パラメル」という名の小さな料理店。
しかし、その内装は絢爛豪華の一言だった。
暗黒檀で統一された立派なテーブルとイス。
床には少数種族が百年を掛けて織り上げる魔法の絨毯。
壁に掛けられたタペストリーはゴブリン織りで、エルフ族の華やかなる歴史が綴られていた。
席に着くと、おじさんは俺に果実から作った蒸留酒を勧めた。
アルコールはそんなに得意な方ではなかったが、それが高級酒であることは解った。
おじさんは最初の一杯をクイッと飲み干して言った。
「自己紹介がまだだったな。俺はイスハーク。実をいうとここは俺の店だ。ただし料理人は別に居て、経営だけをやっている。かつ、俺はこういった店をエルタファー内で七店舗経営してる。『高級レストラン王のイスハーク』なんて、俺のことを呼ぶ奴も居る。まあ、どうでもイイ称号だがね。
端的に言おう。今日君をここへ呼んだのは──引き抜きだ。
あるいはヘッドハンティング、もしくはスカウト。ま、好きな言葉で解釈してくれ。
俺は初め、あの独創的な料理を作ったのが蛙の料理番だと思った。
それで連中に声を掛けてみたら、なんと違うという。しかも異人と来たもんだ!
俺はな、君をかってるんだ。君のセンスを。
結局あの場に居たウロコや蛙は、最後まで気付かなかっただろ? そりゃそうだ。彼らに細かい味の違いが解る訳ない。ちょっと前まで、丸飲み文化で育ってきたんだ。複雑かつ繊細で、微妙な味の濃淡を理解出来るのは結局俺たちのような人間系なんだ。
──とはいえ、さすがに大雑把には分かるので、偽紅玉鳥を完全に紅玉鳥と偽ることは出来んがね?
話を戻すと、君の味に対するセンスは万人向けだ。平凡だと馬鹿にしてる訳じゃない。
多くの種族を視野に入れるって意味で、褒めてんだ。
万人向けってのが、どれだけ重要か解るか?
エルタロッテは種族の坩堝。
皆がそれぞれ好き勝手に、種族的習慣で得体の知れない物を得体の知れない味で食っている。ここは大都市だから良いが、地方に行くとそれは酷く顕著だ。
そんな中、君は確かな舌を持っている。バランスの良い舌だ。
君の料理は、しっかり、人間系の上位に君臨する連中を狙える。
大金持ちの貴族主義的なエルフたちさ!
オーク族の王みたいに、この街だけで完結してるような連中じゃない。
俺と組めば、将来彼らのお抱えシェフにだってなれる!
あるいは自分の店を持つことだってな!
もし君が了承してくれるなら、店のどれかを任せたって良い。
なんなら、ここでも良いぞ。
──さあ、どうする?」
俺はしばらく沈黙し、悩んだ。
ハッキリ言って、素晴らしい申し出だと思った。
ただ、俺は慎重になっていた。
ゲロッピとの関係においても、ある意味騙されたような気がしていたし、本当に信じられるのかどうか解らなかった。
イスハークは俺を窺うようにじっと眺め、テーブルの上の蒸留酒を脇に退けた。
そして、どさり、と何かを置いた。
それは存在こそ知ってはいたものの、一度も見たことのないものだった。
イスハークは言った。
「──ここに、金貨で三十万オルタルある。これは手付金だ。君の移籍が決まったら、更に三十万を出そう。──さあ、どうする?」




