⑳ 戦場を駆ける
俺は厨房でしばらく悩んだ。
そして三人衆に質問した。
「今日のお品書きを教えて欲しい。食べ合わせも考えないと!」
彼らから出てきたのは、次の品々。
① 食前酒 スカルベル酒
(スカルベルの殻を漬け込んだ蒸留酒。この時点で俺は気付いてないが、酒も発酵と深い関わりがある! ただ、忙しくて意識が向いてない!)
② 前菜 スカルベルのレヴィート
(平たく言うとカルパッチョ。生のスカルベルの刺身に油と塩をかけたもの。香草のアゾラーラは相手方の好みを考慮し、不使用)
③ 前菜2 スカルベルの卵煮
(サラダの代わりに提供。スカルベルの卵を取り出し煮たもの。まあ、いわゆる珍味)
④ 汁物 スカルベルのスープ
(説明不用。もうそのまま。ただ煮出しただけ!)
⑤ 主菜 スカルベル焼き
(初日に俺が食べて吐いた料理。香草は不使用)
⑥ 主食 無し
(ウロコ族も炭水化物は食べちゃ駄目。肉が主食)
──というか見事に、スカルベルづくし。
俺は餃子へのスカルベルの使用を取りやめた。
いつかのように最初は両方混ぜようと思っていたのだ。
次に全体を見渡して、彼らの料理はパンチが弱いと思った。
食材の脂身や、調味料の旨味といった観点からである。
だとすれば、ある程度餃子が力強くとも、バランスで牽引役になれる。
しかし、そのバランスが難しい。
たくさんの料理を食べ進め、腹が膨れてきたところで出る脂ギッシュな餃子──
それは下手をすると、全てを台無しにし兼ねない。
俺は決断した。
一部、偽紅玉鳥を使うことにしたのだ。
初め三人衆はそれに反対した。けれども、俺は味については自信があったし、「最悪自分たちは知らなくて、俺が勝手にやったでいいから」と説得した。
レシピは次のようになる。
① 包丁で叩いた紅玉鳥のミンチと、偽紅玉鳥のミンチを混ぜる。(1:1)
② 一部、偽紅玉鳥の皮を細かく切って叩き、それも入れる。
③ 包む皮は、偽紅玉鳥。
紅玉鳥の皮は厚すぎる! これは何か、別の料理として出した方が絶対美味い!
④ 味の決め手は魚醤。(ナディメ汁)
これで旨味アップ。タレは準備出来ないので、塩も利かせる。
今日の食事会の参加者は総勢十名。
開始時間は午後六時。(泥獣・十三刻)
蛙側はゲロッピ含め、奴が招待した同族二名の計三名。ウロコ族は七名となる。
一人十個は食べるとして、とりあえず百個。
(ウロコ族は知らないが、ケロリンを見る限り彼らは大食漢)
その上に宿舎の皆の分を考えると、これは大忙し!
俺は仕方なく、三人衆の一人に応援を頼んだ。
皮を偽紅玉鳥にしておいて本当に正解だった。
思った以上にその消費は激しく、俺は近所の肉屋に買いに走らねばならなかった。
さらに仕事が押してくると人手が足らなくなった。
餃子だけではなく、コース料理としてスカルベルもある。
ケロリンは早仕舞いして厨房近くの食堂に居たが、調理を手伝わせる訳にはいかない。
(料理がピリピリしてしまう!)
助かったのは、途中でプトが来たことだ。
ただし彼女は──絶望的に料理が下手だった。
皮を切るよう包丁を渡したら、ザクザクと突き刺し始めたので俺は慌ててストップ!
もっと簡単な、器の準備や火の番を頼んだ。
やがて、玄関の方が騒がしくなり始めた。
時計を見ると、午後五時。(海蛽・十二刻)
まずい、ちょっと早めに来ちゃいましたパターンだ!
遠くからだが一瞬だけ、ゲロッピがウロコ族をエスコートして行くのが見えた。
普段は見せない、満面の笑顔!
俺は餃子の作業を一時停止、前菜の手伝いに入った。
明らかに三人衆が焦っているのが解る。
俺には彼らの気分が良く解った。
人数が少ないシフトのとき、いきなり団体が来ると戦争でも始まった感覚になる。久しぶりに感じる、頭の奥のチリチリ感──
けれども、俺はこれを楽しんでいた。
一種のランナーズハイだろうか。(──あるいはただの変態か?)
自分でも正しく説明できない。
ただ、そこに生きている実感──
多分、そんなカッコいいものではないと思うが、確かに何かを感じていた。
「ゲロッピ、言ってる。料理出せ!」
宿舎に暮らす下働きの蛙が一人、走って来てそう言った。
俺は三人衆を見る。
駄目だ──目の前の仕事にとらわれて、周りが見えなくなっている。
──誰かが、仕切らなくては──
俺は平手を、パンパンと二回叩いた。
「さあ、やるぞ皆! まずは食前酒だ!」




