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転生前 前世編

 エルタロッテに来る約九年前──


 俺は新大阪の高槻市にアパートを借り、ラーメン屋で修行をしていた。

 世間では、〇郎系ラーメンのブームが落ち着き、少しづつ家〇ラーメンが一般に流行り始めた頃だったと思う。

 俺は〇郎系は大好きだが、やっぱり一番はシンプルな醤油豚骨だと思っていて、だから地元の有名店「麺屋 花鳥(めんや かちょう)」に弟子入りした。


 親方は俺のことを、「ぼーっとしていて、見込みの無い奴」と見做していたが、「舌は良い」と言ってくれた。

 多分、この「ぼーっと」は、俺の元々の性格以外に前職が関係しているのだと思う。


 というのは弟子入り前、俺は下請けのシステム開発会社でSEをしていたからだ。

「飲食業は戦争」──みたいなことを言ったと思うが、それほどまでにラーメン屋の現場は体育会系。別分野から来た未経験の俺は勘も悪く、「ぼーっと」しているように見えたのだと思う。


 ちなみに転職理由を簡単にいうと、それは親父の病死。

 クモ膜下出血で本当に突然だった。口うるさく、お堅い人だったけれど、そのとき俺は思った。


「人間って簡単に死ぬんだな」と。


 だったら、今やりたい事をすぐやろう! そんな子供みたいな動機だった。


 やがて「見込みの無さ」は、時間が解決してくれた。

 曲がりなりにも社会人で、自慢じゃないが前職では()()()()()()も経験している。

 メキメキと頭角を現した! ──訳ではないんだけれど、マシになったとは言われた。


 俺が「麺屋 花鳥」で働いた期間は、約四年間。

 兄弟子たちは約二年くらいで暖簾分け、あるいは独立したが、俺はのんびりしていた。

 これにはちゃんと理由があった。資金面の問題だ。


 その当時、ラーメン店の新規出店にはだいたい一千~一千五百万かかるといわれていた。

 回転資金を合わせると、現在はもっと高くなっているかも知れない。

 俺が持っていたのは、SE時代に貯めた貯金とスズメの涙ほどの退職金を合わせた約三百万円。

 とてもじゃないが足りなかった。


 先輩の中には、地価の高い都会を諦め、地元に帰って安い空き家を探し、店舗として利用する人も居た。飲食業のネックは人件費と、それ以上に店舗の賃貸料だ。例え売り上げが立たなくても、固定費としてしっかり出て行ってしまう。


 何とか()()()()での開業を目指していた俺は、四年目にそれを諦めた。

 日本政策金融公庫を通じて、「新規開業資金」の融資を受けることにしたからだ。


 新規開業資金の融資は、日本公庫が国民生活事業として行っている融資制度。

 女性や若者が開業するとき、設備資金や運転資金に活用でき、また他の金融機関に比べて金利が低いことがメリットだ。

 とはいえ全ての人間が審査に受かる訳ではなく、それなりに準備も必要なのだが、俺が通ったのはやっぱり、自己資金がそれなりに準備できていたからだろう。


 今にして思うと、「最初からこれを利用しとけ」って話なのだが、当時の俺には変なコダワリがあった訳だ。


 そのまとまった金の力で、様々なことが進み始めた。

 二十六で修行に入り、このとき俺は三十歳。

 先輩の協力や、親方の助言、同業者の話──等々、得られる限りのあらゆる助力で、俺は開店を目指し突き進んだ。


 ただ、この頃からだった。

 俺は「ぼーっと」している時間が長くなっていった。

 周囲の人間からも、「お前、様子おかしいぞ?」と言われるようになった。

 俺自身、身体の不調を感じる瞬間が増えていた。

 けれども、新規開店の為の大切な時間。休んでなどいられなかった。


 借りた空き店舗の改装工事が終った夜。

 仕込みの為に買い込んだ食材を前に、俺はぶっ倒れた。


 結論をいうと、親父と同じ病気。

 俺と親父の性格はあまり似ていないのだが、そこだけは遺伝してしまったのだろう。


 俺が最後に憶えているのは、クローズアップの豚骨。

 倒れたとき調理台の上には大量のそれがあり、俺は顔面からキスをした。


 今思い返しても、本当に最悪な最期だ──

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