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⑯ たくさんのヒント

「プト!」俺は言った。「これ、何なんだ?」


「──びっくりした。ちょっと、いきなり大声出さないでよ」


 プトの説明によれば、まずこの肉は偽紅玉鳥にせこうぎょくちょうで、金持ちが好んで食べる紅玉鳥とは似ても似つかないが、安いので一般に広く食べられている、とのこと。


 次に魚醤だが、それはプトにとってもエルタファーに来てから出会った味であり、よく解らないと言う。


「──これの作り方、解らないかな?」

 俺が言うと、プトはカウンターの奥を見やり、

「試しにマスターに訊いてみたらどう?」と言った。


 その料理屋の主人は、身長が半パスメル(約七十五センチ)しかない小人だった。

 彼はその全てが人形の家みたいな厨房で、左右に行ったり来たりを繰り返しながら注文をさばいていた。

 ひと段落したところで声を掛けると、相手は俺の物珍しい見た目に興味を持ち、また調理経験者だと知ると快く厨房に入れてくれた。


「これはな、ナディメ汁だ」


 小人の店主は幾つかの小さい壺を見せ、蓋を開けた。

 入っていたのは、ドロドロに溶け液状化した魚。

 腐敗臭とは違う、しかし魚臭さを伴った醗酵臭が感じられた。

 さっき食べたみじん切り野菜の煮込みに使われていた、ナディメという魚が入っているのだという。


「これ、どうやって作るんですか?」

「すごく簡単だよ。魚に塩を振って放置するだけだ。後は『マギュ』が勝手にやって下さる」


 ここで主人が『マギュ』で出来るみたいな事を言っているが、「それは精霊がやってくれる」というニュアンス。

 主人自身も発酵菌の概念を良く解っていないので、そのように説明したのだろう。


「あの、ちょっとだけでも譲ってもらえませんか?」

「普段だったら絶対あげない。なんせこれは商売道具だからな。ただ兄ちゃんが珍しいお客さんだから、小瓶程度なら譲ってやるよ。ただし、料金はもらうがね? それより兄ちゃん、そんなに興味があるんだったら、自分で作ってみちゃどうだい? 細かいコツを教えてやるぞ。やり方が悪いと『マギュ』が怒って腐るんだ」


 俺は小人のおじさんから作り方を教わった。

 本当に簡単だった。



 ① 熱湯消毒した壺を用意する


 ② 塩をまぶした魚を入れる

(塩は魚の量に対して二十~二十五%。塩がかかっていない部分があるとそこが腐る為、かならず全体に均等にまぶすこと)


 ③ あとは放置!

(六、七ヶ月程度経つと、液体と個体に分離し始める。それを濾過すると魚醤。魔術師を呼んで、熟成を促進させる魔法をかけても良いが、おじさんは「お金の無駄だから」やってないらしい)



 この他、魚をさばいて内臓を取り出し、使わないレシピも聞いた。

 その方が独特の臭みを減らし、万人受けするようだ。


「はい、兄ちゃん! じゃあ、二百オルタルね!」

「え! ちょ、高くないスか?」

「いやいや、めちゃくちゃ安いよ、兄ちゃん! だって、秘伝のレシピ料も入ってんだから! 普通だったら、三百オルタルだ」


 ──やられた。

 いや、ここは善意に受け取っておこう──


 俺は財布を見た。


 ──百六十オルタル。

 四十オルタル足りない。


「──ほら。半分払うよ」

 プトはお金を差し出した。

「いや、悪いよ。四十オルタルだけ貸して欲しい。必ず返すから──」

「最初から半分は出すつもりでいた。私は誰かに金の貸しを作るのが嫌なんだ。奴隷はまさに、その象徴だろ?」


 有無を言わせず、プトは先に店主に百オルタルを渡した。

 俺は情けない気持ちになった。同時に、必ずプトに料理以外でも恩返しをすると心に誓った。


「君さ、余ったお金で魚を買いなよ」

 支払いを済ませて店を出ると、プトが言った。

「ナディメ汁を作るんだろ? ここは港で魚屋はたくさんあるぞ」


 俺は魚を買った。

 宿舎に戻ったあと、例によってこっそり厨房に忍び込み、今日習ったとおりにした。


 これが出来上がって使えるようになるのはまだ先だ。

 けれども、手元には小瓶がある。

 そして今日食べたものは、たくさんのヒントをくれた──


 俺は失敗した餃子のアップデートに着手した。

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