⑭ 決意
プトとケロリンの体調が戻るまでの間、俺は忙しく働いた。
幸いにも、スカルベルの飼育は楽だったし、ケロリンから聞いてほぼ出来るようになっていたので問題なかった。
ただ農作業の方はプトが一手に引き受けていたので、普段とは違う持ち場から駆り出された蛙たちは終始文句を言った。
原因を作った俺は白い目で見られ、独特の吸着音で舌打ちされ、露骨に「お前、厄介者」と言われたりした。
俺は黙って聞き流したが、その言葉は確実に心に刺さっていた。
婆さんが呼び出した期待外れの英雄──そんなことは自分が一番解っている。
けれども、俺はこの世界の中でどう身を処して生きるのか、見当が付かなくなっていた。
PCが無い以上SEのスキルは役立たないし、その上に料理も意味がない──
一生スカルベルの飼育係を続ける嫌な想像ばかりが頭を巡っていた。
俺は二人が復帰するまでの間、それぞれの宿舎に見舞いに行った。
ケロリンは初日にたくさん吐いたのが良かったらしく、三日目には元気になった。
俺は何度も平謝りし、「あれはもう二度と作らない」と言ったが、ケロリンは屈託のない顔で「でも、あれ、美味かったぞ?」と言ってくれた。
お世辞なのか本気なのか解らなかったが、俺は泣きそうになった。
病状がちょっと長引いたのはプトの方だ。
腹痛は日に日に良くはなったが、身体が本調子に戻るまでには五日が必要だった。
初めのうち、プトは話をする元気もなく、ちらりとこちらを見てはただ頷くだけだった。
俺はてっきり嫌われてしまったのかと思ったが、それは本当に体調不良の所為で、復帰の前日には「知らなかったんだから、しょうがないよ」と言ってくれた。
俺はプトに、地球でのことを話した。
自分の所為で病気になった相手に、ある種の身の上話をするのはちょっと非常識かも知れない。
ただ、そのときの俺は少し感傷的になっていて、誰かに自分の話を聞いてもらいたかったんだと思う。
俺が話し終わると、プトは言った。
「──そうか。君は料理人だったのか。だったらちゃんと、それを活かす道を考えた方が良い。君の居たチキュではどうか知らないけど、この世界では教育がない為にまともに技術を身に付けられず、酷い暮らしをしている種族が大勢居る。私はどれだけ長く掛かっても、今のままの奴隷で終る気はない。──君も、そう思っていたんじゃないのか?」
──不覚にも、俺はちょっと泣いてしまった。
メンタルがおかしかったとはいえ、病人を相手に泣く男──
しかも、女性を前にして!
本当にしょーもない奴である!
しかし俺は、このとき明確に決意した。
必ずや料理で、出来ることなら一番得意なラーメンで身を立てよう、と。
俺はまだこの世界に来て一ヶ月も経っていない。
どんな調味料があり、どんな食材があって、各種族がどんな食性なのか全く解っていない。
それを知るべきなんだ!
「なあ、プト──」俺は言った。「初めての給料が入ったら、一緒に飯に行かないか? 俺はもっとこの世界の料理が知りたい。君の好きな店で良いんだ。変な物を食べさせたお詫びも兼ねてさ?」
プトはそこで、笑いながら幾つかの店名を言った。
後になって知ったが、それはどれもこれもこの街の超高級店の名前だった!
「──そういえば、謝らなければならなかった」
ふいに、プトが真顔で言った。
「あのギョーザを食べた日、黄色の蛙が言ったと思うけど、私は初めスカルベルの飼育係だったんだ。洞窟の奥から虫が現れたとき、私はパニックになった。虫──本当に苦手なんだ」
──たしか、二匹入ったとか聞いた気がするが、想像するのは止めておいた。
「蛙は私の脚をつかみ、逃げられないようにした。だから殴った。私が逃げなかったら、君がスカルベルの係りになることはなかった。言わなくても良いことかも知れないと思っていたけど、心のどこかでずっと引っ掛かっていた。結果的に君に押し付けるようで、ごめん」
「いいよ。知ってた」
俺は言った。「むしろ、感謝してるんだ。ゲロッピは嫌な奴だけど、ここに居られるのはプトのお陰だと思ってる──」
するとプトはちょっと驚いた表情をし、「──君って、変わってるね」と笑った。
──二週間後。
エルタロッテで初めて出た俺の初任給は、様々なものを差し引かれ、日本円にして約三千二百円である。




