⑪ 試作の餃子
やはり人間関係、あるいは種族関係(?)は大事だ。
ちょくちょく例の調理場で働く蛙の三人衆と話していたら、面白い話を聞いた。
「領事館同士、ときたま会合やる」
「きっと美味いものをたくさん食い、たくさん酒飲む(怒りの舌打ち音)」
「そういうとき、ゲロッピだいたい朝帰り」
俺はそのタイミングに合わせ、調理をすることにした。
魔法の調理器具の起動方法は、こっそり見て覚えたのと、ゲロリの休憩時間に三人衆を手伝う中でそれとなく教えてもらった。
彼らにも食べさせてやりたかったが、大量に作るとたいへんだし、その分犯行時間も長くなってしまう。とりあえず今回は自分の味見と、ケロリン・プトの分だけだ。
夜、ゲロリが帰宅し、浮遊するに輿に乗ったゲロッピが出発すると、俺は作戦を決行した。
普段だったら真っ暗な厨房の明りを煌々と点け、調理台の前に立つ。
この世界に来てたぶん半月程度しか経っていないが、俺は何だか数年ぶりに厨房に入った気分だ。しかも自由に使っていい俺だけの厨房(ホントは違うが)!
昔見た映画で主人公が下水管を抜け、雨に打たれながら自由を実感するシーンがあったが、まさにそれだ。俺は彼のように両腕を左右に広げ、うおおお、と雄叫びをあげる。
そしてすぐ冷静になり、恥ずかしくなって、調理を始めた。(今にして思うと、主人公は叫んでなかった気がする──)
まずは餃子の生地作り。
地球だと強力粉と薄力粉を混ぜたりするが、俺の目の前にはポタメアしかないので、そこは目を瞑る──
① 魔法の焜炉に水の入ったヤカンを載せ、火にかける。
② 魔法の計りで、ポタメア粉を量る。
(今回は少量なので、地球でいうと100g。こちらだと1カラドラが7gだから、約14カラドラ)
③ ボールに粉を入れ、熱湯を注ぐ。(50ccなので約7クラト)
④ 手近な棒(目の前の茶筒みたいなのに立ててあった適当なもの)で混ぜる。
⑤ 粗熱が取れたら台の上に落とし、手でこねる。(最低五分)
ざらざら感がなくなり、つるんとまとまったら一旦休ませる。
(長く休ませても良いのだが、時間がないので三十分とした)
この時間で、餃子の餡作り。
① こっそり飼育場から失敬したスカルベルを締める。
② 割るときは柔らかいお腹から。上から下まで真っ直ぐに包丁を入れる。
胃や内臓はそこに連続して繋がっており、これを掻き出す。
(※豆知識 胃や内臓に臭気はあまり無かった。これは後で知ることだが、野生のスカルベルは腹が減ると何でも食べるので、さばくと臭いらしい)
③ 身を取り出す。指でやっても良いが、スプーンでほじくると綺麗。
(ケロリンに言わせると、「脚をしゃぶるのがウマい」らしいが、今回は時間が無いので止め!)
④ 取り出した身を洗い、きっちりと水気を切る。
⑤ 半分を粗みじんにする。もう半分は包丁で細かく叩く。
⑥ ボールに入れ、そこに適量の塩と少量の油を入れる。
タレを準備できない以上、ここで味を決める為、やや塩は多め。
香味油が望ましいが、無いのでそこら辺にあったもので代用。
ネギ・ショウガも入れたい所だがこれも無いので、焼きスカルベルのときに風味付けとして一緒に焼かれていた水草を、みじんにして入れてみる。
⑦ 粘りが出るまで練り混ぜる。ふんわりした感じになったら良し。
(本当はここで、隠し味に醤油も入れたかった!)
ここでまた、餃子の生地に戻る。
① 休ませておいた生地を二等分し、細長い棒を作る。
(台の上で両手を使って転がす)
② 一本を包丁で五等分する。まずは手の平で円形につぶす。
③ 粉を混ぜたときの手近な棒で、打ち粉をしつつ円く伸ばす。
このとき、中心がやや厚くなるようにする。
(中心から外でなく、外から中心に向かって押し伸ばすと良い)
④ 計十枚できたら皮の完成
さあ、いよいよ大詰めだ!
① 皮の真ん中に平らに餡を盛る。
(あんベラがないのでスプーンで代用)
② 左手で皮を寄せ、右手の人差し指で閉じてゆく。
③ 立て掛けてあった中で、なるべく平らなフライパンに油を引き、餃子を並べる。
(ここのフライパンはテフロンではなく鉄そのものだったので、一旦しっかりと焼き、また熱を下げるなどしている)
④ 焼き色がつくまで一、二分焼く。
熱湯を注ぎ、蓋をして五分焼く。
(羽根付き餃子も捨てがたいが作業が増えるので取り止め!)
辺りに良い匂いが漂い出した。
熱された油と、皮の焼ける美味そうな匂いだ。
魔法のタイマーも探せばどこかにあるのだろうが、使い方が解らない。
壁掛けの時計を眺め、タイミングを測る。
まだ火の調節に慣れておらず、少し強いのかも知れない。
蓋の間からもれ出す香りは、完成が近いことを告げていた。
俺は蓋を取った。
温かく幸せな熱気が俺の顔に届く。
フライパンの上で円形に並んだ餃子は、まるで一つ一つがミカンの房のように瑞々しく、いかにも柔らかそうで、つるりとしていた。
フライパンを持ち上げ、予め用意していた丸皿を被せる。
タイミングを合わせてひっくり返すと──
綺麗な焦げ色、香ばしい湯気の立ち上る海老餃子の完成だった。
何だかエルタロッテで、別の地球人にでも出会ったような感慨。
俺は一旦それを台の上に置き、手を合わせて言う。
「いただきます!」
そして蛙たちが好んで使う、フォークとスプーンが一体化したようなカトラリーで海老餃子を口へと運んだ。
もっちりとした皮を食い破ると、中から良い海老──じゃなくて、スカルベルの香りがし、噛むと旨味を含んだ汁気、そして風味が広がった。
餡に混ぜ込んだ少量の油がスカルベルの淡白さをしっかりカバーしている。水草は正直かなりアジアンテイストになっていて、もしかしたら好き嫌いが別れるかもだが、「アジアのストリート・フードです」と言われれば普通にアリ。
濃い目に付けた塩味も正解で、スカルベル本来の旨味が引き出され、これは美味い!
──欲を言えば、タレの味が欲しいことや、餡にパンチが足りないこと、もっと香味が必要など色々ある。
けれど、第一弾としてはかなりイイ!
俺は皿を抱えたまま、ケロリンとプトを呼びに駆け出した。
──調理場の床がヌメッていて、危うく全部落としそうになったことは内緒である。




