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⑨ 遠退く自由

 前日の奇跡の植物は、ポタメアというポレ科ポタ属に属する植物だった。

 これを主食とするのは、人間系種族と高級家禽。

 つまりは下々の食事から、上流階級が食べる雷電鳥や紅玉鳥の飼料まで、広くエルタロッテで栽培されているものだった。

 ただし、各地域の食文化の違い、ってヤツを考慮しなくちゃならない。


 地球にも、主に米を食う地域と小麦を食う地域があるように、ポタメアはエルタファーでは不人気で(なんせ多数派は肉食のオークだ)、流通量が極端に少ないらしい。(逆に、ゴボウ・イモは豊富にある!)


 それなのにどうして木人先生は、粥を作れたのか?


 なんと先生は薬師であると同時に、植物学者兼・種苗家だった。珍しい種を集めては、ひっそりと個人的な栽培を行っていたのである。


 俺はそんな事情は露知らず、毎日のように先生が出してくれる粥を食い、吐き気を催し、時に吐き、また我慢した。


 五日、六日目辺りから、徐々に吐き気は無くなった。

 俺は木人先生の粥をがつがつ食い、水薬もがぶがぶ飲んだ。


 俺はケロリンにお願いして一緒に街の浴場へと行き、久しぶりの温かい湯舟を味わった。

 巨大な浴場は圧巻で、それだけで見ごたえがあり、この街の歴史や文化が伺えた。


 そうして体調が戻ってくると、様々なことにやる気が出てくる。

 自分の状況を整理して次を考えられるようになるし、なによりケロリンへの恩返しである。


 まず第一に俺がやったことは、ゲロッピとの話し合いだった。


 自分を買い戻す権利はあるのか? あるいは、幾らなのか? についてである。


 この話を切り出した途端、ゲロッピは大量の文句を吐き始めた。


「お前、大丈夫か? お前まだ、ここに来て全然働いてない。たったの半日! それに木人先生も呼んだ。その治療費、お前が払うもの。給与から差っ引かれて当たり前。その立場、解ってるか?」


 この他ゲロッピは俺に与えたチカチカする服や、初日に食べて吐いた食事の料金まで持ち出してきた。


 奴隷の権利は確かに存在するが、出来るだけ安く長く働いてもらって、あわよくばそんな事実は忘れて欲しい──


 まるで地球の悪徳経営者的な考えが透けて見えるようだった。


 ゲロッピはしばらくはっきりした事を言わず、のらりくらりとかわし続けた。

 そしていよいよ逃げられなくなって、


「三十万オルタルだ! 解ったか!」と怒鳴り、歩み去った。


 金額は提示されたものの、このときの俺はエルタロッテの金や、その価値についてよく解っていなかった。(ちなみにオルタルはエルタファーの都市通貨。エルタロッテ全体の基軸通貨はエルターである)


 だから夜、農園から戻ったプトに相談してみた。

 ここ数日で、彼女ともそれなりに話すようになっていた。

 プトは顔を真っ赤にして言った。


「それは法外よ! 三十万オルタルは上位奴隷の三年分、ここだったら六年分の給与よ!」


 俺は頭がくらくらした。



 ここは解り易く、日本円で計算してみよう──


 ① まず、仮に俺の給与がアルバイト位だとして、月の手取りを約七万円とする。


 ② エルタロッテの一年は地球の十四ヶ月だから、


 14 × 7 = 98万円


 ③ これの六年分だから、


 98 × 6 = 588万円!



「そんな馬鹿な!」俺は叫んだ。

「だから言ってるでしょう? だいたい、いきなりあの男に(ゲロッピのこと)直接的な交渉を持ちかけることが間違いよ。心を折るようなことを言って、そのうちどうでも良くなるように仕向けるに決まってる」


「──この世界、弁護士とか居ないの? 交渉の余地はまるでないのかな?」

「残念だけど、奴隷と主人の関係ではどうしても主人側が強いの。奴隷を過酷に扱わないのはガイドラインではあっても罰則のある義務じゃない。これについては、私も頭を悩ませているところよ──」


 俺はかなりムカつき、そしてちょっと心が折れた。

 とはいえ、置かれた状況がはっきりしたので、ひとまずこれは保留にした。

 いくら考えても仕方がないことはいっそ考えない。


 それに、俺にはかつての──いわゆる前世での体験がある。

 勝手に悩んでいた間は動かなかった状況が、日本公庫から金を借りた瞬間動き出したあの経験のように、やり方を変えれば道はあるのだ。


 単なる楽観主義と言われればそうかも知れない。

 しかし、それは今の俺にとって一番重要だった。


 一週間目の朝、俺は鈍った身体を動かす意味でも、スカルベルの飼育係りに復帰することにした。

 先生は急ぐなと言ったが、別に労働が大好きだからではなく、そうやって動きながら次にやってみたいことにも取り組むつもりだった。


 ケロリンへの恩返しで俺が出来る事といえば、それはやっぱり料理だろう。

 それも地球の、日本の、彼らには珍しい料理。


 かつ蛙族が好みそうなものとなれば、やるべきは一つだと思った。


 俺は帰って行く木人先生を呼び止め、ポタメアを分けてくれないか聞いた。

 先生はしばらく考え、


「オ前ニ 随分 食ベサセタ ダカラ 残リガ 少ナイ事モアルガ ヤハリ 公平ナ関係トシテ 代金ヲモラウ ソレデモ 良イカ?」


 確かにそうだ。

 先生からタダでもらう訳にはいかない。

 かといって、俺は最初の給与さえもらっていない素寒貧──


「だったら先生。こういうのはどう? 俺が何か先生の手伝いをして、それで代金のかわりというのは?」


 それを聞いた先生は、しばらくバキバキ・メリメリ言った。


「オ前 面白イ事ヲ 言ウナ? イイダロウ ドウセココニ マタ代金ヲ取リニ来ル ソノ時マデニ 考エテオコウ」


 これをきっかけにして、俺は先生のところに出入りするようになる。

 先生から得た植物の知識は、後々かなり役に立つ訳だが、ひとまずそれは別の話である。


 ケロリンは、本当に俺の復帰を喜んでくれた。

 トンネルに下りて行ったとき、何度も脚に抱き付いてこようとするので、正直止めて欲しかったくらいだ(ピリピリするので)。


 俺はそれとなく蛙族の味覚について話を聞きながら、これから作るものに頭を巡らせた。そうすると、仕事終わりの筋肉痛もあまり苦ではなかった。


 ただ一点、心配なことがあった。


 あの調理場を「使わせてもらえるかどうか問題」である。

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