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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

三題噺

魔女戦争殺人事件

作者: てこ/ひかり

「この中に1人、裏切り者がおるッ!」


 軍曹が唾を撒き散らしながら、怒号を放った。

 集められた3人の兵長たちは、震えながら平伏すばかりであった。何せこの鬼軍曹、一度火が点いたらもう止まらない。気に入らない部下を殴り殺したくてうずうずしているのであった。彼の『懲罰好き』のせいで、もう何人もの兵士たちが犠牲になっている。


「今度の戦いで、愛すべき我らの伍長は死んだ! 何故だ!?」


 外は真っ暗だった。薄暗い作戦室(テント)の中で、ランタンが小さく揺れる。軍曹が3人の部下を睨んだ。目を付けられては敵わない、と、彼らは只管地面に膝を付いて頭を垂れた。


 彼らの前にあるのは、棺だった。


 つい先ほど戦死したばかりの伍長の死体が、大量の花や、折れた剣と共に、四角い箱の中に梱包されていた。

「ここ最近、我が軍の情報は敵に筒抜けであった……つまり、内通者(スパイ)がいると考えるのが至極明瞭」

 3人は黙って下を向いていた。顔を上げずとも、軍曹が舌舐めずりしているのが目に浮かぶ。今宵も()()、この中の誰かが、裏切り者として処分される。明確な証拠も裁判も無しに。


「裏切り者に死を。これは軍法会議モノである……!」


 暗がりの中、軍曹の目がギラギラと輝いた。『魔女戦争』が始まって早3年。こんなことはもう日常茶飯事になっていた。作戦が失敗したり、劣勢になると、軍法会議と言う名の犯人探しが始まる。


 大体、戦争なんだから、いつ誰が何処でどうやって死んだっておかしくないじゃないか。

 ……とは誰も言い出さない。そんなことを言い出そうものなら、たちまち殺人ビンタがビビビと飛んでくる。とにかく上層部と来たら、自分たちの非は一切認めようとしないのである。

自分は正義で、敵は悪。

自分は聖戦で、敵は侵略。

自分は英雄で、敵は悪魔。

 側から見たら両方とも同じことをやっているに過ぎないのだが、どうも彼らは、自分たちの一挙手一投足がお涙頂戴の美談でないと気が済まないらしかった。


「伍長は、湖の(ほと)りで1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……エルフ!」

「は、はいッ!?」


 3人の中で、一番右側にいた異種族(エルフ)の女性が、陸に上がった魚のように体をのけ反らせた。うら若き女兵長は、急に名指しされ、顔を真っ赤にした。ツンと伸びた長い耳の先まで、熟した林檎のように真っ赤になっている。


「エルフは元々寿命も長く、魔女とも長年仲良くやっていたそうじゃないか……貴様が内通者(スパイ)だな?」

「は……!?」

「では()()()()()()()()()()()()()()()()()? 貴様が誘導しておいたのだろう?」

「違……違います!」


 軍曹に詰め寄られ、エルフは最敬礼しながら震え上がった。

「ふーむ……」

 軍曹は散々エルフをジロジロと睨め付けた後、今度はエルフの隣にいた初老の男に矛先を向けた。


「では貴様か!? ドワーフ!」

「め……滅相もない……!」


 作戦室(テント)の外が風で騒がしかった。真ん中にいた男は、兜の下を顔面蒼白にして必死に否定した。


「どうしてワシが伍長殿を殺すなどと、そんなバカな!」

「どうかな。我が軍の武器錬成をしていたのはドワーフ共じゃあないか」


 軍曹が顎鬚を撫で、ニヤリと嗤った。黄ばんだ歯の隙間から煙草の臭いが漂ってきて、エルフは思わず顔を背けた。


「最期、伍長の剣は折れていた……この意味が分かるか?」

「はぁ……?」

「鋼鉄であるはずの剣が折られていた。つまりこれは、ドワーフがわざと鍛錬を怠ったという証拠! 貴様のせいで伍長は死んだのだ!」

「まさか! 言いがかりです、軍曹! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「黙れ! 上官に口答えするとは何事だ!」


 軍曹が腰に巻いていた鞭を取り出した。慌てて、隣にいた少年がドワーフの前に出る。


「勘弁してください! 僕らは何もやってない!」

「何だ貴様……庇うのか?」


 角灯(ランタン)の下、人影が踊る。

 革製の鞭を振り被り、軍曹が3番目の兵長・ホビット族の少年を冷たい目で見下ろした。


「貴様……小人の役目は斥候だろう? 先行しておいて、何故敵に気が付かなかった……あるいは敵の存在を知っていて、貴様、わざと伍長に黙っていたのか」

「ち、違います! 僕が見た時は()()()()()()()()()()、本当です!」

「軍曹!」

 今度はエルフがホビットの少年を庇った。

「ホビット族は心根が優しく……人を殺すようには出来てません! 軍曹もご存知でしょう!? だから彼らを斥候に使った」

「では何処の何奴だ!?」

 バチーン!

 と激しい音を立て、軍曹が鞭で床を叩いた。3人は思わず縮み上がった。石像のように固まった3人の部下を、軍曹がつま先から頭の天辺までじっとり舐め回すように睨め付ける。


 と、ここで今一度情報を整理しておこう。


 湖の辺りで、伍長が殺された。

 戦時中である。

 敵の『魔女』とやらは、どうやらエルフ族と仲が良かったようだ。

 また、凶器は発見されなかったが、

 ドワーフの鍛えた折れるはずのない剣が、真っ二つに折れていた。

 ホビット族の少年曰く、周囲に敵の影は見当たらなかったという。


 容疑者は、


 1人は、女性のエルフ。長寿で、魔女とは旧知の仲であった。

 1人は、初老のドワーフ。筋骨隆々で、武器の錬成に携わっていた。

 1人は、少年のホビット。小柄ながら動きが素早く、斥候を務めていた。


 改めて3人を見渡して、軍曹が叫んだ。


「あの勇敢な伍長が! 魔女如きに遅れを取るはずなかろう! 貴様らの中に裏切り者がおったに違いない!」

「ひ……ッ」

「お……お許しを」

「やめ……やめてぇ!?」

「フン。異種族共めが、互いに庇い合いおって……よかろう。名乗り出る気がないのなら……」


 すると、軍曹は鞭を置き、腰にぶら下げた剣を抜いた。銀色の刀身がギラリと光る。


「ぐ、軍曹……?」

「何を……」

「噂によると、魔女には()()()()()そうだ」


 右手を剣に持ち替え、軍曹が今にも涎を垂らしそうな顔で嗤った。


「奴らには()()()()からな……ククク。我が剣で、裏切り者の胸を突き刺してくれようぞ」

「えぇっ!?」

「ウソ……おやめください! 軍曹!」

「ご乱心を!」

「なぁに、心臓がないのだから、平気だろう。けけけけけ。この剣で突き刺しても生きている者、そいつが犯人だ」

「そんな無茶苦茶な!」


 もはや気が狂ったとしか思えない。3人は嬉々として剣を振り被る軍曹を、悲痛な目で見上げた。


「ま……待って!」

「けけ。けけけ。うけけけけ」

「わ……分かりました! 今の話で、()()が!」

「……何?」


 軍曹の動きが一瞬止まる。今が好機とばかりに、エルフが畳み掛けた。


「こうは考えられませんか? 犯人は……裏切り者は……」

「誰だ!?」

「……()()()()()()殿()()()です」

「……何だと?」


 作戦室内が静まり返った。エルフがごくりと喉を鳴らす音までが、やたらと大きく響き渡って聞こえる。


「そう、考えれば辻褄が合います。敵と……『魔女』と通じていたのは伍長殿だったと。何故彼は、戦場の真っ只中で、たった1人で湖の(ほと)りまで休みに行ったのでしょうか?」

「それは……」

()()()()()()()()()()……一目を避けて会う必要があったから。折れた剣というのも考えてみればおかしな話です。ドワーフの鍛えた剣は折れるはずがない。それが事実ならば」

「ならば?」

「剣は、()()()()()()()()()のです」

「折れていた?」


 軍曹は目を丸くした。


「バカな。何のためにそんな剣を持って行ったのだ?」

「だから、敵と通じていたのですよ」

「折れた剣……つまり敵対する意思がないという証、か」

 ドワーフが唸った。エルフが頷いた。


「そう。待ち伏せに遭い折られたのではなく、最初から折れていた。斥候に確認させたのも、恐らくわざとでしょう。あそこに敵はいなかったと、後から証言させるため。敵は潜んでいた訳ではなく、最初から待ち合わせしていたのです」

「でも、だったら」

 今度はホビットの少年が小首を傾げた。


「だったらどうして伍長殿は殺されたの?」

「『裏切り者に死を』」

 エルフが静かに目を伏せた。


「私は……私たちの種族は魔女とも旧知の仲だったから理解(わか)ります。彼女は裏切りを許さない……たとえ敵であっても、主君を平気で裏切るような輩を、信頼して仲間に引き入れるとは思えない。伍長殿は最初から殺される運命だったのです」

「な、なるほど……」

「それで……」


 3人の兵長が軍曹を振り返った。軍曹は、剣を天高く構えたまま、首を捻った。


「それで?」

「は?」

「だから何?」

「えっと……」

「辻褄が合ってるから何? 論理的に正しいから、だから何?」

「…………」

「痴れ者が! 此処は軍隊だぞ! 辻褄だの論理だの洒落せえ、此処では上官が、私が全てだッ! 全ての決定権は私にある!」

「ひぃっ!?」

「犯人が誰かは私が決める! 劣等種族共は引っ込んでろ!」

「そ、それでしたら!」


 ジリジリと迫る軍曹の前に身を投げ出し、エルフが決死の思いで叫んだ。


「伍長殿の胸を、その剣で突き刺してみてはどうですか!?」

「……貴様、何を言い出す!」

「恐らく彼に心臓はない……刺しても何もないはずです。血も出ないでしょう。悪魔には血も涙もありませんから」

「…………」


 軍曹がピクリと動きを止めた。とにかく理由を付けて、生き物の肉を切り裂いてみたくてしょうがなかったのである。それで、棺に向き直り、切先を死体の胸に当てた。軍曹が心底意地の悪い笑みを浮かべた。


「フン。これでもし心臓があったら……その時は3人とも死んでもらうぞ」

「…………」


 3人とも返事はできなかった。もはや理不尽を通り越した狂気の沙汰である。ドワーフとホビットが、不安そうにエルフを盗み見た。

(大丈夫、私に任せて)

 エルフは意味深に目配せした。

「行くぞ!」

 そう言うが否や、軍曹が伍長の死体に勢い良く刃を突き立てる。ドワーフは目を見開き、ホビットの少年は思わず目を逸らした。


「……ム」


 すると、軍曹が訝しげな声を上げた。剣は確かに胸を貫いている。だが、血は溢れ出てこなかった。


「どう言うことだ?」

「言った通りでございましょう!」


 エルフは此処ぞとばかりに声を張り上げた。


「『魔女』には心臓がありません、心がないのですから。なので奴らの体には血が通っておらず、この通り」


 嘘だった。死体を刺しても流血はしない。心があろうがなかろうが、心臓(ポンプ)が止まっているのだから、血は流れない。


「軍曹、もっと掻き分けて、奥を見てご覧なさい。内通者(スパイ)の死体は、胸の中がぽっかりと空いているでしょう?」

「むぅ」


 軍曹は軍曹で、思っていた展開とは違う様相になり、不満げに口を尖らせた。この軍曹、とにかく自分の思い通りにならないと、子供みたいに拗ねるのである。そのまま昨日まで仲間だった死体の胸に、剣を突き刺したままグリグリと捻った。


「良く分からんな……肉と骨ばかりで……」

「もっと良く見てご覧なさいな。ほら、そこ」

「何処だ?」


 軍曹が身を乗り出し、屈んで死体の胸を覗き込んだ、その時だった。エルフは軍曹の後頭部を両手で押さえ、そのまま死体に顔を埋めさせた。

「むぐ!?」

 軍曹が驚いて呻き声を上げた。すると今度はドワーフが、軍曹の右手から剣を取り上げ、ホビットは落ちていた鞭で軍曹の体を縛り始めた。


「むぐぐ……貴様ら、何をする!」


 顔を真っ赤にした軍曹が怒鳴る。その首目掛けて、ドワーフが剣を横殴りに振るった。

「ぅぐぁあッ!?」

 まるでシャンパンのコルクのように、勢い良く軍曹の首が飛ぶ。綺麗な切り口から、鮮血が噴水のように周囲に降り注いだ。軍曹の首は、しばらく叫び声を上げながら、ゴロゴロと床に転がった。


「はぁ……はぁ……!」


 やがて作戦室に再び静寂が訪れた。3人とも、全身に返り血を浴び濡れそぼっていた。


「と……とうとうやっちゃった……」

 やがてホビットの少年が、震えるような声で囁いた。


「ど、どうしよう……?」

「何、仕方ない。あのままではワシら全員、この軍曹に殺されていたさ」

 ドワーフが額の汗を拭い、吐き捨てるように言った。


「これからどうするの?」

「此処に居ても、軍法会議とやらで、結局私たち死罪になるでしょうね」

「だったら逃げないとな」

「逃げるって……何処へ?」

「魔女ンところはどうだ?」

「…………」


 ドワーフが兜を直し、軍曹の首を拾い上げながら唸った。


「『正義の城』に、土産にこの首を持っていったら、喜ばれるんじゃないか?」

「……分からない」

 エルフは弱々しく頭を振った。


「魔女が裏切り者を許すかどうか……首は持っていかない方がいいかも」

「そうなのか?」

「とにかく、急ごう」


 ホビットが急にソワソワし始めた。騒ぎを聞きつけ、今にも誰か作戦室にやってくるかもしれない。逃げるなら急いだ方が良い。


「行きましょう」


 3人はそっと作戦室を抜け出した。その後彼らがどうなったか、魔女戦争がどうなったか、それは誰にも分からない。


《完》

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