雪解け水 4章の9
前回のあらすじ:えらい話を聞いてしまった……
「どうしたの?」
声をかけられて気が付いた。車の中。目が覚めたような思いだった。
「え?」
何かありました? と聞こうとして指摘される。
「ぼうっとしてる。いつも君、そんなに口数が多いってわけじゃないけど、今日は特別静かだなって」
信号が変わる。すべり込んで走り去る自転車に志歩は眉をひそめた。直哉は何も言わず、動きだした景色に視線を戻した。歩道を歩く若い女性を見る度、千星がどこかにいるんじゃないかと探してしまう。彼女の話では、実習は今週には終わるようだった。この先も学校に残り、進級できればまた病院で実習することはあるらしいが、話の感じではいつ退学してもおかしくない様子だった。もし、そうすれば志歩と会える機会は……。
「……もしかして、僕の家族の話、聞いた?」
振り向く。表情を崩さず志歩は続ける。
「湯沢先生か、川島先生。そいうところ?」
上手く返事が出来ず、視線を落とす。志歩はそれを見て半分だけ勘違いした結論を下した。
「僕が家族を捨てたのは本当だよ。君ぐらいの年頃に家を出たまま戻ってないし、戻る気もない。川島先生には、そのときいろいろ良くしてもらってね」
黙って志歩の言葉に耳を傾ける。家族と呼ぶ言葉の向こう側に、せめて千星の姿はあるのだろうか。
「ともるのことも、僕の話も、あまり面白い話じゃないだろ? 話すなら、僕は君が症状のコントロールがついてからのほうが良いと思ってたけど……まぁ、成り行きっていうか……」
最後は独り言のような呟きだった。進行方向の先に見える病院の姿が一段と大きくなる。もうすぐだ。
「……何が、あったんですか?」
辛うじてバランスを保つ積み木の塔を一つ抜く様にそっと尋ねる。けれど、タイミング悪く志歩は駐車場の開いてる一角を見つけ駐車体制に入った。答えてくれるだろうか。無視されて、聞こえなかったことにされてしまうのだろうか。それでも、志歩ならきっと、と直哉は信じて待った。一分にも満たない時間を長く感じた。エンジンを切ると、志歩は笑った。
「君に話しても、おもしろい話じゃないよ」
そういうと、すぐにドアを開けて車を降りてしまった。考える間もなかった。後を追い車を降りて叫んだ。
「妹さんに会いました」
鍵をかける電子音が鳴る。施錠の音がいやに耳をついた。でも、それらはいつも通り。直哉を見下ろす眼差しもいつも通り。自分だけが、心を揺らしている。
「志歩さんのこと、ずっと探してて……お父さん、倒れたって話してました。それで……」
どうやったら志歩の心を動かすことができるのだろう。それ以前に、本当に自分は志歩にこんなことをしたいのだろうか。何をしてる。何を言っている。自分がわからず直哉は続けた。続けようとした。
「だから……あの、会ってあげてください!
千星さん……」
「会う気はない」
雪に触れたと思った。柔らかで、溶けて消えてしまうような優しさが、志歩の中で冷たく降り積もっている。
「ありがとう。僕の家のことなのに、君に余計な負担をかけた。……何か、悪いことは言われなかった?」
答えることもできず、直哉は首を振った。
続きます。
昨夜疲れて爆睡したので予定更新時刻をすぎるという人間らしいことをしてしまいました。待っていた方がいらっしゃったらごめんなさい。
明日の更新は11時50分にします。明日で4章は終りです。




