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雪解け水  作者: わたぬき 喫茶
雪解け水 第2章
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雪解け水 2章の7

前回のあらすじ:先生の紹介受けます

 面談は次の診察の前に行われることになった。時間が早いのは時差の都合、アメリカ在住の女性だということだった。

「……来ないな」

「何かあったんですかね」

 相手は仕事終わりに自分たちと会ってくれる。海外の事情はよくわからないが、社会人であれば急な用事もあるだろう。しかし、志歩は眉をひそめて首を傾げた。

「んー……ちょっとルーズなところあるから……」

 ルーズ? 直哉は首を傾げた。今から会う人は、川島先生から志歩より少し年下だということを聞いている。他にどんな人か志歩からも情報を聞きだそうとしたが、携帯の返事がいつもより遅く、いそがしいのだろうと思ってやめた。どうせすぐ会うのだし。

 でも、やっぱり気になってしまう。時間潰しに直哉が尋ねようとした瞬間、モニター画面に豪快に胸の谷間が現れた。

「わっ!」

「ごめんね! 遅れ……!」

 叩き割るように志歩が退室ボタンをクリックした。冷たい顔をしてる。でも、直哉はそれどころではなかった。わずかにタンクトップらしき布が見えたが、かなりぎりぎりのラインだった。危なかった。スレスレだった。何今の……と思ったところでコールが鳴った。びくつくと、冷たい顔をしたままの志歩がクリックする。

「ちょっと志歩! なんで切るの!!」

 今度は顔が出た。ラベンダーが微かに揺れるグレーのボブ。太めの眉と短めの前髪が思ったより幼い印象を与えたが、それよりどうしたって無防備なタンクトップに目がいってしまいそうで目をそらした。

「なんでじゃない。もう一枚着ろ」

「いそいでたの。ご飯だけでも食べようと思ったら服にこぼしちゃって」

「服だけ着替えればいいだろ。シャワー浴びたまま出てくるな」

「べとべとして気持ち悪かったの。間に合うかなって思ったけど、アラーム鳴ったからいそいで出てきちゃった」

「わかったから上着」

「髪の毛も乾かしても良い?」

 舌打ちをしそうな勢いで志歩がうなづく。直哉はひたすら視線を外していた。ドライヤーの音がする。ちらりと見たら大きめのカーディガンを羽織ってくれた。

「あ、たが、オヤ!?」

「聞こえない。ドライヤー終わってからにしろ」

 志歩の抗議に声をあげて笑う。わかってて遊んでるようだった。直哉は困惑した。え、どうしようこのテンション……。自分と同じ病気の人だというのに全然イメージが違う。なんかもっとこう、静かにならないかな……いや、別に静かじゃないといけないってわけじゃないけど……。

 勢いに飲みこまれて状況を受け入れてしまったと同時にドライヤーの音が消える。羽を広げるようにラベンダーグレーの髪に空気をいれて、彼女は満足げに笑った。

「あなたが直哉? よろしく。私はイーディ・ハリス」

「はじめまして。村上直哉って言います。よろしくお願いします……」

 イーディは頷いて笑って何か言おうとしたが急に息を呑んだ。明るい瞳が揺れる。こらえきれないといったように口にする。

「志歩……本当に志歩だ。元気だったんだね。雰囲気変わった……」

 涙ぐむ彼女に、ゆっくりと微笑む。驚くほど優しかった。

「……うん。元気だったよ。連絡しなくてごめん」

「ううん。いいよ。いろいろあったんでしょ……」

「うん、そうかも……でも、ごめん。連絡ぐらい、すればよかった」

 イーディは頷いてこぼれ落ちたものを大きな袖口で拭う。優しく、だけど影を落とすような静けさに直哉は戸惑った。まるで……

「ごめんね。今日はあなたと会うための日なのに」

 笑顔を見せるイーディに、直哉は居心地の悪さを振り払うように首を振った。

「いえ、知り合いなんですもんね」

 そう聞いている。志歩は小さく頷き、イーディが答えた。

「そう。あたしたちは、年が近いCSSの人間だから……」

「CSS?」

 繰り返し尋ねると志歩が教えてくれた。

「接触性感受症候群の英語の略だよ」

「あたしは日本語に自信はあるけどね。せっしょくせいかんじゅしょうこうぐん、は英語で言わせて」

 そう言って満面の笑みを見せた。その明るい笑顔で、影を落とすような静けさはもう消えていた。

「まぁ、そう言う言い方もあるってことだよ」

「そう。あたしは十歳ごろ発症してたんだけど、CSSってたどり着くまでに時間がかかってね。だから、三歳しか離れてなくても志歩に会ったときは『お兄ちゃん』って感じで」

 想像がついて頷く。甘えるように、自慢するように志歩のことを言うイーディに、一気に心が近づいた。

「僕……は、症状が出たのは小学校の終わりで、藤田さんに見つけてもらいました」

 しまった。僕「も」って言いそうになった。なんだよ僕「も」って。

 直哉は一人、心の中で冷や汗をかく。平静を装う笑顔はわずかに赤くなる。不自然な一瞬の間をもしかすると志歩は気づいたかもしれないが、画面の向こうのイーディは気づく様子もなく大きく強く拳を作って頷く。

「ね~、聞いたよ~! お父さんが志歩の上司なんでしょ? すごい! 偶然!」

 偶然。そう、その偶然のおかげで自分はここまで来た。もし、志歩に会わなければ自分はどうなっていただろう。思いを巡らすと同時に出会ったときの自分の刺々しい態度を思い出す。

 藤田さん、どこまで話したんだろ。今度は違う意味で顔が熱くなる。今となっては志歩を警戒していたことも、家族全員で大騒ぎしたことも恥ずかしい。でも、志歩に出会えたことを感謝する気持ちに変わりはない。イーディと出会えたことにもきっと感謝できるだろう。直哉の前向きな気持ちに、ぽつんと小さな声が落ちた。

「……増えてるのかなぁ」

 え、と聞き返す。

「あたしたちの仲間。どれくらいいるんだろう」



続きます。

この小説はすでに出来上がっているものをあげてるだけなので、大変ではないのですが、現在新しい小説も書いたり、絵や漫画も書いたりしてるのでなかなか大変です。自分でやってることなんですが笑 もうちょっと落ち着いたらどこか行きたいなぁ

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