表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪解け水  作者: わたぬき 喫茶
雪解け水 序章
1/69

雪解け水 序章

 一月の半ば、急に夜空が見たくなってベランダに出た。趣味にはじめた読書は、年があけてから今一つ集中できない。正月、成人式と冬のイベントを終えた静かな街は、しんと静かに直哉(なおや)の白い息を流しては消していく。

 成人式を迎えるのはあと四年。済んだ空気に光る星々を眺めながら、とても無理だろうなと思った。四年後、自分が誰かと一緒に人生の瞬間を祝う姿が想像できない。見えるのは、この先もこの先もただ一人。ずっと暗闇の中を歩く自分の姿だけ。

 ふいに、強い風が吹いた。真冬の空気は身体を冷やす。病院にかかるのはごめんだと、直哉は部屋に戻ろうとした。窓に手をかけた瞬間。

「うぉーい!」

 驚いて身をひるがえして外を見た。玄関屋根のせいでよく見えなかったが、車が止まっている。タクシーだと気づいて、自分の家の前の出来事だと直哉は迷わず玄関へ向かった。その間にも叫び声は続く。

 ありがとうー! そうか、ごめんごめん! 聞き慣れた声。間違いない。これは父だ。何があったかは知らないが、酔っぱらって帰ってきてしまったのだろう。直哉の知る限り、こんなことは初めてだ。時刻は二三時を過ぎている。隣近所の人が起きてしまほど、父の声は響いてた。母はぐっすり眠ってしまっているのか起きてこない。玄関の鍵がガチャガチャと鳴っている。二重ロックのことを忘れてしまったのか、なんだ、開かねぇな! と玄関越しで大きく笑った。直哉は出てこない母を恨めしく思いながら、父に向かって言った。

「父さん、下の鍵回してる! そっちはしてない。いいよ、俺が開ける、開けるから!」

 そうしてドアを開けた瞬間、目が合ったのは父ではなかった。

感知ライトの柔らかな光。少し明るい髪が揺れて、見知らぬ青年が立っていた。

お互い驚いて一瞬息を呑むと、向こうが先に戸惑いながら笑った。

「えと……部長さんのお子さん……だよね。ごめんね、お父さん……」

「なーおやー! 挨拶くらいしろー!」

 突然、父が手を振り上げた。咄嗟にそれを避けようと身を寄せたが、それが悪かった。父はバランスを崩して、支えてくれてた青年もろとも倒れた。直哉の上に青年が覆いかぶさるように近づいて、手が、互いに触れた。

「きゃーっ!」

 母が悲鳴をあげなければ叫んでいたのは自分だろう。しまった。危ない。うわっ! つぶれる! 痛てぇ! 痛い! お、マジか。母さん。怖い。今の。この子……。嫌だ。もしかして……。嫌だ! え、これ……。嫌だ――!

 突き飛ばすように青年の下から逃げた。直哉! と母が叫んだが、構ってはいられなかった。濁流が襲ってきたのだ。久しく遭遇してなかった激しい渦が、自分を呑み込んでしまう。

直哉は二階の自分の部屋へと階段を登った。父を起こしながら母が青年に謝る。

「ごめんなさい、ケガは……!」

「大丈夫です。僕がぶつかったから……」

「すみません、すみません……!」

 母は必死に謝罪の言葉を繰り返す。夜中に我が家は大騒ぎだが、近所の人は幸い誰も来なかった。泥酔した父は呑気なもので、今にも夢の底に落ちようとしている。いや、夢など見れるのだろうか。自分のせいで、この家はずっと薄暗い空気が張り詰めているのに。

 母の様子に尋常でないものを気づいたのか、青年は安心させるような声を出した。

「大丈夫ですよ、本当……驚いたんでしょう」

 申し訳ないことをしてしまったのは自分でもわかっている。直哉はそっと、階段から玄関の様子を覗いた。青年が見上げる。

「ね、ごめんね」

 目をそらして息をつく。心臓の音は静まらない。

 ――たぶん、気づかれた――

 それは突然、直哉の暗闇を暴いて現れた。


挿絵(By みてみん)

続きます。だいたい毎日、原稿用紙2~4枚あたりで更新します。

なろうは初めてなので、何か気づいたらその都度修正していきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ