第一話++黒猫執事とモロスの宴
「んっんっ。それでは。イリアス王女。今晩は。」
「いいえ、私の名前は優梨愛よ。」
「ゆり………!んっんっ!………いえ、あなたの本当の名前はイリアスです。イリアス王女!」
「………そう。まあいいですわ。イリアスで。それよりも、あなたのそれ、可愛いですわね。」
「か、かかか、可愛い………!??」
「ええ、可愛いわ。その菱形の鈴のネックレス。よく見せてくれないかし…」
「んっんっーっ!!げほげほ。イリアス王女、いくら王女といえど、私に対してか、可愛いなどと。ふふ。ふふふ。………相当強い魔力に侵されたらしい。だからあれほどふらふらと勝手に一人でお遊びに出かけるのはやめて下さいとあれほどっ!申したのにっ!!………はぁ。仕方がない。………とにかく王女、それではあなたの身に起きたことを説明させて頂きましょう。」
目の前で、スマートな黒猫執事が立ち姿で喋っています。
それだけで私のテンションは絶頂に達していましたけれど、目の前の”彼”があまりにも、あの艶々のふんわりした黒い毛並みの奥に見えるかのように、よく咳ばらいをしたり赤くなったり青ざめたりしていますので、これ以上彼の刺激にならないよう私は冷静な態度で向き合うことにいたしました。
それにしても、絵本で観るような、姿勢の良い品格のあるタキシード姿の喋る黒猫です。眼鏡までかけて。ふふっ。似合っていますね。それに首元のチョーネクタイにぶら下がる鈴が、本当に可愛らしい。今すぐ抱きしめてあの毛並みを堪能したい衝動に駆られましたけど、我慢できて偉いですわ。私。
「それではしっかりと聞いて下さいね。と、申し遅れました。私は執事の「アルゴ」と申します。今の王女には初めましてと言わなければならないのでしょうが………う………。」
「え、あの、…大丈夫ですか?ハンカチ、あ、ポケットに入ってました。アルゴさんこれどうぞ。」
「申し訳ないが結構です!………すみません王女。んっん。それでは、イリアス王女、あなたが失踪した日の事から説明いたしましょう。」
割と本気で泣いてます……可愛い!!猫の涙も初めて見ましたけど、自分の事を私が忘れているから泣く、とか。可愛すぎます!!あ、でもそのくらいの熱いお気持ちでお話されるのですから、しっかりと聞かなくてはなりませんね。
「あの日は王女の17回目の誕生日でございました。丁度、空に輝くとされた大きな満月に似合うよう仕立て上げられた世にも美しいバラ色のドレスを見ては、私は、早朝よりうっとりとしておりました。全ての国民も、一年に一度お目にかかれる王女の煌びやかな姿を心より楽しみにしていたことでしょう。…そういえば、王女様を迎えに行ったあの白蛇ですが、彼はイリアス王女、あなた様の側近にあります。王女様が産声をあげた日より、護衛兼教育係を任命されし者の一人なのです。彼の名前は、「レア」と言います。実はもう一人、同じ役職の者がいましてね。その者は「べレ」と申すのですが、あなたのあまりのおてんば加減により、この「レア」と「ベレ」の二人、が、王女様の御目付け役としてお傍におりました。ああベレの方は、王女様がお帰りになられた一報を聞きつけて明日早々と仕事を切り上げ帰ってくることでしょう。」
「レアさんとべレさん………あの、レアさんはあれからお顔を出さないのですが大丈夫………なのでしょうか?私の側近、なのですよね?」
「う………。ええ、はい。レアは今非常になんというか、そう!忙しい身でありまして!明日にはちゃんと顔を出すかと………。」
なんだかこの執事のアルゴさん、やや感情がわかりやすすぎる気がします。目をきょろきょろと動かして…執事なのに、こんなにわかりやすくて良いのでしょうか。
まぁきっと、あの時のレアさんの様子を思い返すと、相当落ち込んでいるか私に対する怒りで、よほど会いたくない状態なのでしょうねぇ。私ってそんなにおてんばだったのかしら。う~ん。あっちの世界では、なんでも言うことを聞く優等生でしたから、…なんだか別人みたいです。
「まあとにもかくにも、なんと王女は、ましてやそんな大事な日に!あの秀逸な二人の目すら掻い潜り!忽然と消えたのです!!」
えーっと。
ちょっと気まずい空気…ですわね。
「………イリアス王女、あなたにはどれほどのご加護があるかわかりますか。6人の女神から加護を授かり、6つの属性の魔法もほぼ無効化できるほどの身体をお持ちでした。あなたがなさる全ての悪戯をシミュレーションし、先々に起こるであろう災害に対処するべく、国一番の魔法科学者達も協力し、至る危険な場所と言う場所にバリアを仕掛けていました。それすらも掻い潜り、あなたと言う人は………どんなにどんなにどんなに!周りが!心配しても!”この国の外”に行きたがる!!あの泉だって怯懦な性格の精霊たちが守っていた泉、どうたぶらかせば泉の中に入れるのか。まったく、ご教授願いたいくらいです。」
なんだかとんでもない説教になってきました………。
今すぐここから逃げたいくらです………。
私って一体、この国じゃあどんなお姫様だったんでしょうか。
まあ確かに向こうでも、器用、と言われれば器用でしたけれど。
それにしてもご加護とか魔法とか精霊とか、なんだか…どうしても、心が躍ってしまいますね。
「何をニコニコしているのですか………はぁ………。とにかく、おわかりですね。17歳の誕生日に失踪した王女という話はみるみる広まり、この国は騒然となったわけです。そうじゃなくても、長年続いている魔女との戦争ー。「モロスの宴」が今なお終わらずに国民みな、疲弊している状況にあるのですから。」
「モロス。あの魔女は、モロスと言う名前なのですか!?」
「………そうです。そんなこともお忘れになられたとは………。」
ーママー。
そう、あの絵。
あの絵の魔女、モロスは、間違いなく、私のママでした。
「一体モロスとは、どんな魔女なのでしょうか?」
思い出すだけでも身震いがする、あの絵のママ。
なんで、どうして。
だめ、あまりの恐怖に考えることを拒絶してしまう。でも、でも向き合わなくちゃいけない。もうここまで来たのですから。ほっぺをつねったり夢だと思おうとしても、違った。これは現実ー。
現実なのですから。
「そうですね、では説明させていただきましょう。魔女モロス。それは突然現れました。今より44年前…、それまでこの国は、まるでおとぎ話の世界のように平和な国でした。海の神も山の神も精霊も住民たちも仲が良く、目立った争いもなく、緑に溢れ花も咲き乱れ、鳥が鳴きー。調和と安寧、そんな言葉がぴったりの国でした。しかしある日、ある日突然、ピカリと閃光が走ったのです。それは瞬く間の出来事でした。その閃光を見た次の瞬間でした、森はざわざわとざわめき、空は闇に包まれ、それから…血の雨が降ってきたのです。」
「血の、雨が………?」
「そうです。その血の雨に触れたものは皆、7日後には息絶えてしまいました。一度目のモロスの襲来時は明け方だったこともあり、あまり被害はなかった…とは言っても、その時約千もの命が奪われ、木々も4分の一が死滅、海もその後20年間は”死の海”と呼ばれるほどの大災害となりました。残された者たちはみな団結し、モロスの正体の追求と復興と防災のため奔走しました。モロスは予告なしに突然現れます。日時などの規則性も見つかりませんでした。最初は血の雨だったのですが、国を守るバリアを破るように、いろいろなものが降ってくるようになりました。時には飴玉やケーキの類まで降ったこともありました。2年前は槍、半月前は剣が降ってきました。そう、つまり降るものの威力も増しているのです。どんなに、国中の権威ある魔法使い達が集結し新しいバリアを発明しても、防御しきれず………。襲来するたびに幾つもの命が奪われることとなる大災害となるのです。今現在、モロスがいったいどこからやってくるのか、それすらも突き止められずにいるのが、どれほど…情けないかっ!!皆、日々、モロスの正体の追求と次の襲来の予測に尽力しているのですが。魔女、というのだって、見た目が女性であるというだけでつけられた名称。この世界の魔女たちすら口を揃えて何も知らない、と言う。現状はお手上げ状態なんですよ。しかし守ることしかできない、というのは、悔しいばかりです。」
「なんて恐ろしい魔女でしょうか………。」
言葉を失くしてしまいます。
それほどまでに、ただ奪い続ける恐ろしい魔女の顔が、一体何故、私のママの顔なのでしょうかー。
「うっ………。」
「大丈夫ですか!?王女様!!イリアス王女!!」
襲われた吐き気に、よろよろと椅子から立ち上がった私の身体を、アルゴが支えてくれました。
………思った通りのモフモフ加減です。
「んっんっ。つまり、王女、あなたは17歳の誕生日に自ら泉へ遊びに出かけ、そこで何かが起き、あなたは記憶を全て失い、何故か異世界へと旅立つこととなってしまった。もしかしたら誰かが関わっているかもしれない。記憶さえあれば…!お分かりですか?あなたのその身勝手な行動によりですね、」
アルゴが私を抱き抱えながらそう話す途中、ドアが開き、
「アムネシアの花を食べたのですよ。」
そう言いながら部屋に入って来たのは白蛇のレアさんでした。
「あ、レアさん、こんばんはです、わ…」
私はそう言いながら、ついにまた、意識を失ってしまいました。
なんだか意識を失ってばっかりで、お恥ずかしいですね。
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これは………夢………?
あ、あれは………私ー?
何をしているの?日記………を書いているのかしら?
どれどれ?ちょっと見せてもらうわね。
ー7月20日ー
私は気づいてしまった。
全てのものが繋がった。
裏切り者と、真実と、現実と、夢の世界。
待ってて。私がきっとー。
きっと救ってみせるから。
読んで下さりありがとうございました!