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365日、私はママを殺した。  作者: 水色猫
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プロローグ


何と言ったら良いのでしょうか………。

この物語を、私自身、どう咀嚼して話そうかと思いましても、上手に咀嚼し嚥下して消化もできず、それどころか嚥下もできず消化不良とまでも行けないもどかしさや奇想天外さがございまして。何から説明したらよいものか悩みに悩んだのですが。そう、例えばです。例えば、人間と言うものは天国と地獄、というものを心のどこかで信じてらっしゃるでしょう?天の際涯に待っている者は先だった愛しい者たち…人間や動物だとしても、地獄の底で待っている者は鬼、人間ではない者を思い浮かべるというのが大方世人の想像なのではないでしょうか。ですが私は……私の場合は、ママ……、”地獄”で待っている者を想像しようとしますと、紛れもなく”ママ”の姿の”ママ”であり、天上で待っているのもママ、ママ、ママ、、、!!

つまり、私が在る至る場所に張り付いてくるのが、このママという存在であったわけです。


私が初めてママを殺したのは、幼稚園児の頃でしょうか。


ピアノレッスンの途中、ヒステリックに喚き散らす声に対し、うるさい!!、とこちらも大きな声で対抗したのですけれど、その声は収まるどころか更に大きな音でこちらの耳を劈いてきて、そのあまりの五月蠅さに、咄嗟に手に取った頑丈な鈍器で、何度も何度も殴り続けましたの。頭が割れて、血が噴き出していてもまだまだ五月蠅いので何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴って殴って殴って殴って殴って……。

やっと静かになりましたわ。少しだけスッキリした心の中。心の中でなら好きなだけ殺せることを知って、私は毎日毎日、母を殺しました。ナイフや鉈、ガラスや時にはチェーンソーなんかでね。

まあそんなことは良いのです、このぐらいならば、もしかすれば、3人に一人は経験のあることかもしれないですからね。

問題はここからなんですの。


私の17歳の誕生日でありました。

いつものように使用人の車で帰宅した私は、まず奥の部屋に寝ているお父様にご挨拶をすると、ごろごろと唸っておりましたのでチューブで痰を吸い出してあげ口を拭きました。そして部屋から出ましたところ、何度か見かけていた母の彼氏が、行く手を塞ぐように立っていましたの。

なんだか怖くなった私は、急ぎ足で部屋へと向かったのですが、何故か後をつけてくる男にますます恐怖を覚え、無心で階段を駆け上り、急いで部屋へ入ると鍵を閉め……胸を撫で下ろしました。


しかしその安堵もつかの間、


何故かかちゃりと鍵が開いたと思ったら………なんと、あの男が、人相の悪い髭武者男が白い歯をこぼしながら、こちらに近づいて来るではありませんか!!

狂人を目の前に戦慄した私は、(ひ…)とか細い声を上げながら、後ろ足でじりじりと窓に近づき、次の瞬間、勢いよくその窓の鍵を開けたところで、男は私の長い髪の毛を乱暴に鷲掴みし、窓の縁にしがみついていた私の指を無理やり引き剝がし、私の身体は力いっぱいベットの上へと放り投げられ、そして、ミシ………と音を立てながら、男の方膝がベットの上に乗って来て……!

その時でした。


「何をしているのですか!!?」


”あの”金切り声が家中に響き渡り、


「いや、この子、部屋の前で倒れていてね、ベットまで運んであげてたんだよ。そうだろ?」


という男の言い訳を鵜呑みにしてまさか納得した母の顔を最後に、私の目の前は真っ暗になったのですー。




********




そして更に大問題だったのは次の日の朝でした。


目が覚めた私は、ベットから飛び起きると、クローゼットを開け無造作にコート一枚手に取って、部屋の窓から逃げるように外へ出ました。着地したのはふかふかの枯葉の上で、靴も履いていないことに気づいたものの、そんなことよりも、この狂った屋敷からどうにか逃げなくては、と、必死で森の方へと走りました。


夕べの浅ましい出来事を思い出すと、体中がぞわぞわと粟立ち、嫌悪という名の墨汁でつま先から頭のてっぺんまで満たされていくようでした。

相変わらず私は心の中で、鋭く光ったナイフを取り出しては、母と男を何度も突き刺し、八つ裂きにし、血みどろになった二人を更に刺し続けては、ふと、お父様の事だけが心配で堪らない思いに駆られ、足が止まりました。


(ここまで走ればもう大丈夫………)


気が付けば、ずいぶん深い森の奥まで走ってきていました。

昔、お父様と一度狩りに出かけた時、辿り着いた小さな泉………。

エメラルドグリーンの美しい泉がある静かな場所でした。

水面を覗き込むと、赤いコートが映り、あめんぼがその上をスイーと通って、波紋が広がりー。


「姫様」


聞こえるはずのない声が聞こえ、私の身体は小さく跳ね、その声がどこから聞こえてきたのかを咄嗟に探しました。


「こちらです姫様」


「ひっ!!」


今度はハッキリ聞こえたその声の方に顔を向けると、なんとそこにいたのは、一匹の真っ白い蛇でした。

瞳は綺麗な光を輝かせ、安堵感溢れる低く明瞭な声で、蛇は続けてこう言いました。


「姫様、こんなところで何をしているのですか!!世界が大変なことになっているというのに……こちら側は危ないので冒険も甚だいい加減にしてくださいとあれほど申しましたのに!さあ、帰りますよ。ほら、この石を持って。」


そう言って項垂れる蛇に私の”常識”が追い付けずにいたものの、圧倒され、咄嗟に、その口に銜えている青く光る石を手に取りました。


そしたらば、なんと、その石が、まるで受命したかのように生き生きと動き、私の手の中でモゾモゾと動き出したかと思うとー


「絶対離さないで下さいね。強く握って!」


泉の奥底へと、私を連れて行ったのでありました。

途中より………記憶は定かではございませんが。




*******




朦朧とする意識の向こう側で何やらぼそぼそと話し声が聞こえました。

(……さま……って………なときに………みんな………のに………)

それからとってもいい香りー。蜂蜜とミルクと金木犀それからレモンバームとミント、香ばしいパンの香りー。


「お腹減った」


「お目覚めになりましたか、姫様。まったく、威信失墜を招きかねない事態でしたよ。」


命を喪ったかと思いきや、どうやら私はまだ生きているようでした。ちゃんとお腹が減っています。それに……。


ようやく視界がハッキリとしてきましたわ。

目の前でぶつぶつと多分文句…を言っているこの女性…か男性。なんて美しい白髪でしょうか。光に照らされ輝いていて神々しくも見えます。それに、中世の貴族が着ていそうな白いシャツが眩しいくらい似合っていてちょっとクラクラしてしまうくらいです。


「………待ってください姫様、まさか記憶がないとか言いませんよね?」


それにしても、何を言っているのかさっぱりわかりません。

私はあの恐ろしい屋敷から逃げ出して、泉で白蛇に………。あ!そうだ、この声、この瞳ー。


「あ、あなた、白蛇さん、ですか?その声は…」


「んあああ!なんということだ!まさか私の事まで忘れているとは…!!」


目の前の”白蛇”の温柔さが冷酷さに様変わりしていくように冷たい空気が張り詰めたかと思うと、ぽかんとしている私の目の前で、白蛇はその白く長い指でふらふらと宙に何かを描きました。すると、なんと、まるで手品みたいに、本が現れたのです。


「すごい………!」


私は思わず拍手してしまいました。

白蛇の瞳はぎょろっと私を睨みつけた後、本に視線を戻し、真剣な面持ちで宙に浮かぶその分厚く茶色い本をペラペラと高速で捲ってゆき…


「あった!……むむ……」


目を見開いて頷き、そして、


「そうか……」


と一言発すると、私の顔を3秒ほど見つめた後、


「はぁ………。」


と深いため息をつき、銀色の細長い椅子に力なく腰を落としてから、ゆっくりと、私に、一枚の小さな絵を渡しながら言いました。


「これは、我が国が何年も何年も……途方もない歳月をかけ戦ってきた恐ろしい魔女です。その顔だけでもどうか覚えていてください。姫様。詳しい話は後々、執事から聞いて下さい。とりあえず、腹ごしらえをしてまた暫し休むといい。」


力ない声でそう言うと、白蛇はゆらりと脱力した体を立たせドアの方へ歩いて行きました。

が、

私の耳には、もう何も入って来ていませんでした。

絵を見た瞬間に、世界の音は消え、匂いさえも消え、ただただ無音の悲鳴だけがけたたましく、サイレンのように響いていたのです。


「………ママ………」


そこに描かれていたのは、紛れもなく、私のママでした。



ありがとうございました!!読んで頂き嬉しいです!!

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