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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ややこしい転生 ~入れ替わりのスキルで入れ替わった方の身体に転生した~

作者: 黒澤 白

 まず初めに、俺は事故で死んだ。

 そして最近の作品でよくある記憶を持ったまま転生したが、この転生が結構ややこしいものだった。

 転生したと言う事は、前世の記憶と転生したこの身体の持ち主の記憶が一緒になっているのだが、鏡で転生した姿を見た時、どうもこの身体の人間の記憶とは違う人間の記憶に思える。

 俺の中にある記憶は、この身体よりもイケメンで勇者に選ばれた男らしい。

 世界の平和のために魔王を倒しに仲間と共に旅を続けて各地で暴れている魔族達を倒して感謝されてやがて世界中で人類の希望だとか英雄だとか言われるようになっていくという完全に物語に出て来る主人公そのものだな。

 

「でも、何でその記憶があるのに転生した身体は勇者のものじゃないんだ?」


 俺はこうなる前、つまり俺として転生する前の記憶を見た。

 すると、どこかに寄った村、おそらく今いるこの場所だと思われるがそこで勇者達は歓迎されていた。

 そこで一人でいる時にこの身体の持ち主と思われる男が近寄って来た。


『お前の勝ち組人生、俺に寄越せ!!』


 男が手をかざし怪しい光が放たれたところで意識が途絶えた。


「うーん、今俺が転生したこの身体の男が何かしたって事だよな? 何かわからないかな?」


 考えているとふと俺の中に何かが現れた。


「何だこれ? スキル『入れ替わり』?」


 出て来たスキルの説明を見ると、対象と自分の身体を入れ替える事ができるスキルと表示されていた。


「あー、そういう事か」


 つまりこういう事だ。

 この身体の人間が入れ替わりのスキルを使って勇者と自分の身体を入れ替えたんだ。

 それで俺は本来だったらこの勇者に転生するはずがその男のスキルで入れ替わった事で男の身体に勇者の魂が入っているのでこっちの方に転生した。

 つまり入れ替わった状態で俺は中身が勇者だった男で身体が勇者と入れ替わった男に転生したと言う事だ。

 

「自分でも何を言ってるかわからないくらい、ややこしい転生をしたな」


 本当に頭が混乱しそうなややこしい転生だな。

 そう思っていたら戸の開く音がして振り向くとそこに一人の女性が入って来た。


「フーリ!! 目が覚めたのね!!」


 フーリ? もしかしてこの身体の男の名前か?


「ええっと、フーリって俺の事ですか?」


「何言ってるのよ、他に誰がいるの?」


 やっぱりこの身体の人間の事だった。

 でも参ったな、このフーリとかいう男の記憶がないからどういう関係なのか全くわからないぞ。


「フーリ、アンタどうしたの? 様子がおかしいわよ?」


「えっと、その」


 うーん、ごまかそうにも何も知らないし、ここは正直に言った方が良いかもな。


「すみません、そのいきなりこんな事言うのもおかしいですけど、何も覚えていないんです」


「覚えていない?」


「はい、自分が誰なのか、あなたが誰なのかも」


「ちょっと、冗談やめてよ」


「確かに冗談かと思われますけど、本当に何も覚えていないんです、正直自分が何でここにいるのかもわからなくて」


「嘘でしょ、本当に何も覚えていないの?」


「はい」


「ちょっと、あなた!! 大変よ!!」


 目の前の女性が大声で下に降りて行った。

 ここにいても仕方ないので俺もついて行く事にした。

 降りて行くとそこにはさっきの女性と男性が立っていた。

 女性から話を聞いたのか男性は俺を見るなり、困ったような顔をしていた。


「フーリ、本当に何も覚えていないのか?」


「あ、はい」


「そうか、とにかく座りなさい」


 男性に促されて俺は椅子に座る。

 俺の予想通りこの二人はこの身体の男性の父親と母親だった。


「フーリ、お前は勇者様が来た日の夜に勇者様の近くで倒れていたんだ」


 それって、やっぱりこいつが入れ替えのスキルを使ったからだよな。

 勇者の近くで倒れてたって事はスキルを使ったこいつの方が早く起きたって事だよな?


「それで、勇者様の話だとお前が何者かに操られていて仕方なく気絶させたそうだ、それでお前は二日ほど寝たままだったんだ」


 こいつそれっぽい嘘ついたんだな。

 俺が転生しないで勇者のままだったらここでそいつは偽物だとか言いそうだな。


「それで、お前が目を覚ましたと思ったら、記憶を失っていると言うから」


「何か、すみません」


「いや、別に謝らなくていい、何者かに操られた影響なのか知らないが、記憶喪失になってしまったみたいだな」


「あの、俺はこれからどうすれば良いのでしょうか?」


「そうだな、取りあえず住む場所はこの家でいいだろう、ここは俺達家族の家だからな」


「じゃあ、何か仕事もしないといけませんね、俺は記憶を失う前は何をしていたのですか?」


 俺がそう言うと二人は目を見開いて驚いていたよ。

 どういう事だ?


「お前の口からその言葉を聞くとは、いや、記憶を失っているなら性格も変わっていてもおかしくないか」


「え? どういう事ですか?」


「あのね、フーリ、よく聞いて」


 フーリの母親が話すが、どうやらこのフーリという男は簡単に言うと、ニートだった。

 何もやる気がなくてめんどくさがりな最低クズニート野郎だった。

 

「あの、そんな俺が働ける場所ってこの村にあるのですか? 話を聞く限り、とんでもない最低野郎って事ですけど、そんな俺が働ける場所ってあるんですか?」


「その辺は俺に任せておけ、話をしに行くから、お前は今日母さんの手伝いをしておけ」


「わかりました」


 その日俺はフーリの母親の手伝いをしていた。

 母親は俺が手伝ってくれる事に驚きもしたけど、一生懸命にやっていた俺を認めてくれたのか、色々手伝わされた。

 その日の夜に父親が帰って来て俺達は食事をする事にした。


「フーリ、お前の仕事だが、俺の知り合いに頼んだらちょうど人手がいないから来てほしいと言う所があったから明日からそこに行って働くといい」


「ありがとうございます、頑張ります」


「ああ、後、敬語はいい、記憶を失っていても俺達は家族だ、そんな他人みたいに話さなくていい、というかお前が敬語で話すのを見ると、こっちも変な気分になる」


 まあ、そうだよな。

 次の日から俺は普通に話す事にした。 

 次の日になり俺は父さんの紹介でその店に行く事にした。

 父さんが紹介してくれた仕事は飲食店での仕事だった。


「やあ、フーリ君、お父さんから話は聞いてるよ、今日から働いてくれるって事で良いんだね?」


「は、はい、一生懸命頑張ります」


「はは、そう畏まらなくてもいいんだよ、と言っても記憶を失っている君にいきなりそう言っても困るだけだね、取りあえずまずは簡単な仕事から入ってもらうよ」


「はい」


 話し方からしてこの人はフーリの事も知っているようだ。

 この飲食店は家族三人で経営しているらしい。

 夫婦と娘が一人いるらしい。


「フーリ、アンタ記憶失ったってホントなの!?」


 いきなり飲食店の娘と思われる人が来た。

 見たところフーリと同い年と言ったところか。


「ああ、はい、目が覚めたら何も覚えていなくて、あなたとはどう言った関係なのでしょうか?」


「ホントに嘘をついてるわけじゃないわね、後、敬語とか丁寧な感じやめてよ、気持ち悪いから」


 どうやらこいつは敬語とか使わない奴らしいな。


「わかったよ、それで俺達はどういう関係なんだ?」


「幼馴染よ、まあ、私がお姉さんみたいなものね」


「という事は、年上?」


「同い年よ、アンタが頼りないから、私がお姉さんになってるの」


 こいつ、どんだけだらしないんだ!?


「まあ、おじさんがアンタが働きたいって言っていたから引き受けたけど、ダメだったらすぐクビにするからね」


「お、おう、頑張るよ」


「それと、私の名前はニーナよ」


 早速俺はニーナの両親が働く飲食店で働いた。

 この飲食店はおじさんとおばさんが交代で料理を作り、ニーナが接客などをしているようだ。

 そして俺は皿洗いを担当する事になった。

 前世は飲食店でバイトをしていたから、皿洗いは問題ない、洗剤とかが石鹸だけだからちょっと苦労したけど見た目は綺麗に洗えたしおじさんやおばさんも俺の皿を洗うスピードに驚いていた。


「アンタ、やるじゃない」


 ニーナも驚いていたが同時に笑顔で俺を褒めてくれた。

 彼女の笑顔、かわいいな。

 その日は特に失敗らしい失敗もなく一日を終えた。

 おじさんもおばさんも喜んでいた。


「明日もお願いね、フーリ」


 ニーナがそう言ったので俺はクビにならずに済みそうだ。

 その日の夜、父さんと母さんに今日の事を話すと二人共感慨深そうに喜んでいたよ。

 こいつ本当にどんだけだらしなかったんだ?

 次の日、俺はニーナと一緒に注文を受けたり料理を運んだりする仕事も行った。

 前世の飲食店のバイトがこの世界でも生かせて何よりだ。


「しっかし、あのフーリが働くとはね」


「記憶を失ったって聞いたけど、かえって良かったのかもね」


「ホントだよ、こいつのダメっぷりは目に余るくらいだったからな」


「親父さんも一安心だな」


 周りのお客さんが働いている俺を見て言う。

 こいつ、村中の人達からダメ人間と言われるくらいだったのか。

 どんだけ、働くのが嫌なんだよ。

 それから働いてしばらくしてから俺もだいぶこの仕事に慣れてきた。


「ほう、凄いな」


 休憩時間、おじさんが新聞を読んでそんな事を言っていた。

 見るとその記事には勇者の事が書かれていた。

 そう、俺が本来転生するはずだった勇者だ。

 つまり中身が本物のフーリのだ。


「やっぱり凄いわね、勇者様、カッコいいし」


「ニーナはこういう男が良いのか?」


 何となく俺はニーナにそんな事を言ってみた。


「うーん、まあカッコいいけど、好きって言うのとは違うかな、憧れとかそういう感じね」


「ふーん」


「何? アンタ嫉妬してんの?」


「別にそんなんじゃねえよ」


「ホントかなー」


 ニーナがニヤニヤ笑ってからかってくる。

 まあ実際嫉妬してたかって言われるとそうなんだけど。

 それからも俺は仕事を続けて一年になろうとしていた。


「めんどくさがりだったアンタが一年も続けられるなんて驚いたわ」


「少しは見直したか?」


「まあね、でも記憶は戻らないわね」


「戻ってほしいのか?」


「うーん、どうだろ? このまま記憶が戻ってあのめんどくさがりなフーリになっても迷惑なだけだし、このまま戻らなくても良いかもね」


 きっぱりと言ったよ。

 まあ村人達の話を聞いたらそれも仕方ない事か。


「それに、今のアンタの方がちょっとカッコいいって思ってるし」


「ん? 何か言ったか?」


「な、何でもない!! ほら、仕事に戻るよ!!」


「お、おう」


 よくわからないまま俺はニーナと今日も仕事をするのだった。


「フーリ君、そろそろ店の料理を作らせたいと思ってるんだけど、どうかな?」


「店の料理ですか?」


「仕事を見て思ったんだけど、フーリ君は教えればできると思ったんだ」


「あ、それ私も思った」


「確かにフーリ君は皿洗いも接客も会計も教えたらすぐに覚えてできていたしね、私もフーリ君なら料理も教えればできると思うのよね」


「わかりました、よろしくお願いします」


 期待してくれるならちゃんと応えないとな。

 次の日、俺はおじさんとおばさんに仕事終わりに料理を教えてもらった。

 おじさん達の料理は旨いけど、俺はもっと旨くなる気がした。

 それで試しに調味料を少し多めに入れてみたら俺の世界の旨い料理と同じ味になった。

 それを三人にも食べてもらった。


「え!? すっごい美味しくなってる!?」


「うん、今までも旨いと思ってたけどもっと旨くなる気がしたんだよ、試しに調味料を多く入れてみたけど正解だったな」


「なるほど、調味料の量を変えるだけでこんなに味が変わるのか」


「他の料理も調味料の量を変えてみたらもっと美味しくなるかも」


 そうして俺達はおじさん達の作る他の料理の調味料を変えてみたら。

 増やしたり減らしたりした事でおじさん達の全ての料理が俺の世界の旨い料理と同じ味になった。

 次の日、早速それを出してみたら、味が旨くなったと絶賛されておじさんが俺のアイデアだって言ったらお客さん達も驚いてたけどすぐに俺を褒めてたよ。

 褒められた俺は何だか照れくさくなったな。


「アンタのおかげで店も繁盛してるよ、最初アンタが働くって聞いた時はどうなるかと思ったけど、今はアンタを雇って良かったって思ってるよ」


「そうか? でも相変わらず俺の記憶は戻らないんだよな」


「前にも言ったけど、別に良いじゃん、私は今のアンタの方が好きだし」


「す、好き!?」

 

「あ、ち、違うから!! 人としてアンタの事が好きって意味だから!! 勘違いしないでよね!!」


「お、おう、わかった!!」


 好きって言われたから驚いたけど、実際俺はニーナの事が好きになっていた。

 けど俺は前世じゃ彼女すらいなかったし、告白すらした事がない。

 もうじきニーナの誕生日なんだよなぁ。

 冷めぬ興奮を抱えて俺は仕事場に戻るのだった。

 そしてニーナの誕生日が来た。

 

「ニーナ、誕生日おめでとう」


 俺はニーナに花束を渡す。

 

「あ、ありがとう」


 ニーナは照れくさそうに花を受け取ったよ。


「あ、あのさ」


「な、何?」


 ドキドキして心臓の激しい鼓動が聞こえる。


「俺、ニーナの事が好きだ!! 俺の彼女になってください!!」


 俺は頭を下げて手を差し出す。

 言っちゃったよ。


「ふ、ふーん、アンタ、私の事好きだったんだぁ」


 ニーナを見ると何だか顔を赤くしていた。


「ま、まあ、私も別にアンタの事嫌いじゃないし、アンタがどうしてもって言うなら、彼女になってあげても良いわよ?」


「いや、嫌なら嫌ってハッキリ言った方が良いぞ」


「わあ!! 待って!! 嘘です!! ホントは私もフーリの事好きです!! 大好きです!!」


「え? と言う事は?」


「アンタの彼女になってあげるから、アンタも私の彼氏になりなさい!!」


「お、おお、マジか!!」


 俺達は両想いになって結ばれた。

 やった!! 前世じゃできなかった彼女が異世界でできたよ!! 


「おめでとう、二人共」


「おめでとう」


 見るとおじさんとおばさんが拍手していたよ。

 それを見て俺もニーナも真っ赤になってその後の事は、あまり覚えてない。

 俺は父さんと母さんにもニーナと付き合う事になった事を伝えると母さんが泣いてたよ。


「だらしなかったアンタが彼女までできるなんて、正直もう諦めてたんだよ」


「そうだな、孫の顔は見れないって思ってたからな」


 親にここまで言わせるなんて、本物のフーリは本当にどうしようもない奴だったんだな。

 それと父さん、付き合い始めたばっかだから孫の顔なんて気が早いよ。

 それからおじさんとおばさんが皆に言ったのかお客さんや村の皆にも話が伝わり皆俺達の事を祝福してくれていた。

 さらに一年が過ぎた頃に俺とニーナは結婚した。

 その時は村の皆で盛大に祝って母さんはまた泣いていたよ。


「今更だけど、俺、夫としてやっていけるか不安だよ」


「まあ、結婚できたし、女の子の夢は結構叶ったと私は思ってるし、私だって妻としてやっていけるか不安だけど、なるようになるんじゃない?」


「そういうものなのか?」


「そういうものじゃない?」


 それから数年して俺はおじさんの店で一通りの事を任されるようになった。

 もう数年したら俺はこの店を継ぐ予定だ。

 そんな時だった。


「ニーナ!!」

 

 突然店の戸が勢いよく開いたらそこにいたのは、勇者だった。

 そう、俺と入れ替わったあの勇者だった。


「ゆ、勇者様?」


「違う!! 俺だよ!! フーリだよ!!」


「は? え?」


 明らかに冷静じゃない勇者を見てニーナは戸惑っている。

 勇者がそのままニーナに近づこうとしたから俺は前に出る。


「ちょっと、いきなり何なんだ!!」


「お前、おい!! 俺の身体返してくれよ!! この身体をお前に返すから!!」


「返すって、何だよ?」


「とぼけるなよ!! わかってるんだろ!! 俺が入れ替えのスキルでお前と入れ替わったって!!」


「フーリ」


 ニーナが怯えて俺の背中に隠れる。

 

「違う、ニーナ、俺がフーリだ、そいつは偽物なんだ、お前ならわかるだろ? 父さんも母さんも俺がフーリだって言っても信じてもらえなかったけど、お前は信じてくれるだろ? なあ?」


「いや」


「ニーナ、義父さん達の所に行ってろ」


 俺が言うとニーナは義父さんと義母さんのいる所へと行く。


「待ってくれ!! ニーナ!!」


「お前、いい加減にしろ!! 勇者だからってこれ以上やるとこっちもそれ相応の対応をするぞ!!」


 俺がそう言うと周りのお客さん達もそうだそうだと俺を援護するように言う。


「ふざけんな!! お前わかってんだろ!! 俺が本物だってわかってんだろ!! 俺の身体を返せぇー!!」


 勇者が血走った眼で俺に掴み掛かろうとすると勇者の身体に鎖の様なものが巻き付いて勇者を拘束する。


「もう何やってんのよ!!」


 見ると見た目が魔法使いと思われる女性が勇者の後ろにいた。

 魔法使いだけでなく、剣士、神官など勇者の仲間だと思われる者達がいた。


「たく、いきなりいなくなったと思ったら、店の人に迷惑を掛けるなんて」


「今だに魔王も倒せていないと言うのに油を売ってる場合ではありませんよ、ほらいきますよ」


「ごめんね迷惑かけて、すぐに連れて帰るから」


「い、嫌だ!! 俺はもう戦いたくない!! 痛い思いもしたくない!! 死にたくない!! 嫌だぁー!!」


「うるさい!!」


 勇者が大声を上げるが魔法使いが魔法で勇者を眠らせてそのまま他の仲間が勇者を抱えて店を出て行った。

 少ししてニーナが俺に近づいて来る。


「ニーナ、大丈夫か?」


「うん、でもあれ何だったの?」


「さあな、勇者も色々大変なのかもな」


 そう、あいつは今大変なんだ。

 あいつは俺に身体を返せと言ったがそれは、無理だ。

 今の生活が幸せだというのもあるけど、それ以前の問題なんだ。

 入れ替えのスキルは自分と相手の身体を入れ替えるとあるが、これには続きが書いてあった。


 このスキルは、()()しか使えない。


 そう一度使ってしまえば二度と使う事ができない。

 入れ替わった人間として生きていくしかない。

 あの感じだと本物のフーリはスキルの説明をよく見ていなかったようだな。

 よく見ずに考えずにスキルを使ってしまったんだろう。

 皆から称えられている勇者は、お前にとってはさぞ羨ましく見えたかもしれないけど、勇者がお前みたいに楽してなれるわけがないだろ。

 俺は記憶を持ってるからわかる。

 毎日のように魔物や魔王軍との戦い。

 休む暇もなく、いつ襲ってくるかもわからない敵、いつ死ぬかもわからない恐怖。

 敵の攻撃を受ければ痛みが走りそれを我慢して戦わなければならない。

 人類の希望と言われているから、決して弱音を吐く事すら許されない苦しさ。

 それらを全て背負って魔王と戦う事を選んだ勇者の覚悟をお前は考えた事すらないんだろうな。

 そんな勇者の日々は、だらしなくてやる気のないお前にはすぐに逃げ出したいだろう。

 だがお前は勇者と身体を入れ替えてしまった。

 もう勇者として生きていくしかないんだ。


『お前の勝ち組人生、俺に寄越せ!!』


 お前はそう言ったが、別に勝ち組じゃなくても良いじゃないか。

 真面目に精一杯頑張れば、それなりの幸せが手に入るんだ。

 俺は今働いていて結婚して奥さんもいて子供もいる。

 これは、お前が入れ替えのスキルを使わずに真面目に頑張れば手に入った幸せだ。

 お前は手に入る幸せが目の前にあったのに、自分でその幸せを捨てたんだ。

 自分で決めてやってしまった事だ、嫌でも最後まで責任を取ってこいつのできなかった役割を果たせ。


「フーリ」


「ああ、今行くよ」


 俺は今の幸せを感じながら今日も仕事をするのだった。


 



  

 



 

読んでいただきありがとうございます。

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[一言] 転生前の勇者の人格が残ってたら「勇者だった自分」を捨てられずにあわれな死体がひとつ転がるエンドだったのかもなぁ
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