第9話 箱庭の町④
(あたし、どうなるんだろう)
薬を飲んだ女の子はそう思ったのだけれど、特に変化が起こる様子はない。
ただ、いつの間にか黒髪黒耳の青年とクラゲの魔女が消えていた。窓の外にいた町の住人もいなくなっている。
「どういう事……おばあちゃんは?」
ベッドで寝ていたはずの老女の姿もない。
「おばあちゃん?!」
(約束したのに!)
女の子は急いでクラゲの魔女たちを追いかけようと部屋を飛び出そうとするが……
「お帰りアニー」
その声に、足が止まる。
「おばあちゃん……?」
寝たきりであったはずの老女が起きて、何と料理をしているではないか。
「どうしたのアニー? 怖い顔をして。学校で嫌な事でもあった? 今日はあなたの好きなブラウンシチューよ」
「お、おばあちゃん……」
女の子は老女に縋りつく。
「これ、夢じゃないよね? 本当に病気治ったんだよね?」
「あらあらどうしたの、随分怖い夢を見たのね」
老女は優しく女の子を撫でる。
その手の温もりに女の子は安堵した。
これ夢じゃないんだと。
「おばあちゃん、これからもずっと一緒よ。約束だからね」
「えぇもちろんよ、アニー。ずっと一緒に……ほら、お父さんもお母さんもいるわよ」
「え?」
女の子が小さい時に亡くなったはずの両親がそろって椅子に座っている。
「さぁアニー、早くおいで。今日おばあちゃんの今日はおばあちゃんの特製シチューだ。お父さん、もうお腹ペコペコだよ」
「アニー、お母さんもお腹がすいたわ。さ、お食事をしながら、学校のお話を聞かせて頂戴」
「うん!」
久しぶりの皆での食事に女の子は笑顔いっぱいだ。
温かい家族、美味しい食事、女の子は幸せそうであった。
いつまでも、いつまでも。
箱庭の町
生きているのは女の子だけ。町の人は皆人形。
処方の薬は女の子に。
家族であったおばあちゃんは機械。女の子の行く末を案じた誰かが与えた偽りの家族。
黒髪黒耳の青年はクラゲの魔女に命じられ、生きている人間を探したが、誰もいない。
「あの子が唯一の人間、町の人形たちは彼女を守る為に存在しているの♪ でも人形を診る人はいないし、彼女は現実を受け入れない♪」
徐々に町は崩壊するとクラゲの魔女は話す。
「私の薬はそんな彼女が望むものを見せるためのもの♪」
女の子は黒髪黒耳の青年の前で静かに眠っていた。その顔はとても穏やかで、時々笑顔も見える。
「つまり彼女はずっと都合の良い夢の中……って事ですか?」
「どんな夢を見るかは彼女次第♪ 目覚めるも目覚めないかも彼女の自由よ♪」
女の子が現実を受け入れれば再び目を覚ますだろう。
その時が来るかは女の子次第。
「現実には、誰ももういないのに……」
祖母だけではなく、いない父親と母親と共に話す素振りを見せる女の子に、黒耳の青年、ウォルは眉間に皺を寄せ、やや同情的な表情をする。
「この子は現実よりも夢の世界を選んだの。私はそのお手伝いをしただけよ♪」
クラゲの魔女が出す薬は三つまで。最後に出したのは幸せを得る代わりに二度と現実には戻れない薬。
「このまま見殺しにするのは、気が重いですね」
「大丈夫♪ 人形が守ってくれるもの♪」
クラゲの魔女と黒髪黒耳の青年は次の町に行く準備をし始める。
女の子が落ち着いたからか、二人が家の外に出ても町の住人たちが襲い掛かって来ることはなかった。
ぱっと見は普通の、どこにでもあるようなありふれた町並みと光景だ。
けれど中身は見せかけだけの作り物の町。
黒耳の青年は水いっぱいの箱に魔女を入れて担ぎ、町を後にする。
眠る少女を一人置いて。




