第8話 箱庭の町③
「何で? だって昨日魔女さんはおばあちゃんを昔のように元気にしてくれるって……」
「もっと長く、元のように動くおばあちゃんに戻しただけ♪ 昨日よりもちょっとだけ長く一緒にいられたでしょ?」
女の子の表情が怒りに満ちていく。
「嘘つき!!」
感じられる殺気に黒髪黒耳の青年は慌てて二人の間に入る。
「待ってくれ、落ち着いて話を聞いて欲しいんだが……」
「あなた誰よ、邪魔しないで」
「俺はそこの魔女の弟子だ。君の事情も聞いている。おばあちゃんが病気だという事も」
女の子は少しだけ怒りを抑えるが、その表情は明らかに不機嫌なものだ。
「だから何なの? 話って一体何よ」
「君のおばあちゃんの病気についての事だ。ぜひ俺にも診せて欲しい、師匠と共に」
「……わかったわ」
女の子は渋々といった様子で返事をする。
「その代わり今度こそおばあちゃんの病気を治してね」
「それは……約束出来ない。でも出来る限りの事はするよ」
「治せなかったら、許さないからね」
女の子は二人の事も見ずにそう吐き捨てる。
「あい♪」
重い空気の中、クラゲの魔女だけが明るかった。
そうして女の子は黒髪黒耳の青年とクラゲの魔女を家に案内する。その間誰もしゃべらず、誰も目を合わせず。
通りで話をしている町の住人に見守られながら、三人は歩みを進めていく。
「これは……」
黒髪黒耳の青年はただ驚いた。
そしてベッドに横たわる老女をまじまじと診る。
(こんなにも状態がいいんだな)
その事実にただただ驚かされるばかりだ。
「ねぇ、おばあちゃんの病気は治るの?」
女の子の心配そうな声に、黒髪黒耳の青年ははっきりという。
「君の祖母は、病気ではない」
「え、でも、じゃあなんで起きないの?」
「それは生きていないからよ」
「?!」
さらりというクラゲの魔女の言葉に、女の子は言葉を失くす。
「師匠、誤解を招くようなことは言わないでください。あぁ君違うんだ、いや違くはないけれど、説明を……」
その時窓がガタガタと揺れる。
たくさんの人が群がり、外から窓を揺らしているのだ。まるで威嚇をするかのように。
その様子に黒髪黒耳の青年はぞわっとする。
「師匠が余計な事を言うから……!」
「だって本当の事だもの」
黒髪黒耳の青年は慌てて泣く女の子の肩を掴む。
「嘘、嘘、おばあちゃんが死んだなんて嘘よ」
「そうだ、嘘だ。君の祖母は死んでいない。見ていて」
黒髪黒耳の青年は何かの液体を取り出し、老女に飲ませ始める。
すると老女は目を開き、体を起こした。
そうして女の子を見て、口を開く。
「お帰り、アニー……」
「おばあちゃん!」
(やっぱりそうよね、おばあちゃんは死んでなかった! 魔女さんが嘘を吐いたんだわ!)
女の子は急いで老女の元へと駆け寄った。
「おばあちゃん、よかった。死んだなんて、嘘だよね」
そう言って縋るも老女の様子がおかしい。
「おか、おかえ、り、あに……あにィ…がっこううう……は……?」
「ど、どうしたの?! おばあちゃん!」
女の子は黒髪黒耳の青年を見る。
「君の祖母は人間ではない。だから病気でもないし、生きてもいない。ただ、壊れてしまっただけだ」
「人間じゃない……? 壊れた? 何を言っているの? おばあちゃんは人間よ」
「信じられなくても事実だ。君の祖母は機械で出来ている。先程俺が与えたのは機械用のオイルだ。一時的には動いてくけれど、もう直せないくらいに壊れてしまったようだ。恐らく寿命だろう」
「何を言ってるの、そんなはずないわ!」
女の子が激昂すると、それに呼応して窓の外の人間がまた動き出す。
このままでは窓が破られて押し入られそうだ。
「師匠、まずいですよ……このままじゃあ俺達ぺちゃんこにされてしまいます。どうしますか?」
「そうね、でも次が最後だから♪」
クラゲの魔女は鞄から薬を取り出す。
「さぁさ、三つ目、最後の薬♪ おばあちゃんを治す特別な薬♪ お代はあなた、さぁどうする♪」
「は?」
突然歌い出すクラゲの魔女に女の子は警戒する。
「何でも治す万能薬、けれどこれを飲めばあなたは全てを失う♪ 失う代わりに手に入れる、そんな不思議なお薬よ♪ 選ぶも自由、選ばないも自由、さぁどうする?」
「そんな怪しい薬、飲むわけないじゃない!」
「ではではここでお別れね、元気元気で頑張って♪」
クラゲの魔女は薬をしまい、黒髪黒耳の青年を伴って外に出ようとする。
「待って、おばあちゃんを何とかしてよ! 約束でしょ!」
「あとはあなたが決めること♪ 私は薬を出すだけよ♪」
クラゲの魔女は薬を取り出し、歌い出す。
「さぁさお薬、お薬いかが? しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪ 何でもあるよ♪ あなたはどんなお薬が欲しい?」
女の子はクラゲの魔女を睨みつけながら、手を出した。
「嘘を吐いたら、許さないからね」
「あい♪」
女の子はその薬を受け取り、老女に飲ませようとする。
「それはあなたの、さぁさ、飲んで♪」
一瞬毒かもと思ったけれど、背に腹は代えられない。
(毒でもなんでも、このままではおばあちゃんが……)
「おばあちゃんを、必ず助けてよ」
女の子は意を決してそれを飲み込んだ。




