第6話 箱庭の町①
「さぁさお薬、お薬いかが? しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪ 何でもあるよ♪ あなたはどんなお薬が欲しい?」
しとしとと雨が降る中、クラゲの魔女は今日も薬を売るために町に来た。
まるで箱の中にあるような、長い壁で囲われたその町はとても広く、大小様々な建物が並んでいる。
町では多くの人が買い物をしていて、仕事をしている人もあちこちで見受けられた。
けれどその顔には生気はなく、道行く人たちはクラゲの魔女を見ても表情を動かすこともなく通り過ぎていく。
少し異様にも感じられるが、それでもクラゲの魔女はいつも変わらぬ笑顔で、時には歌を口ずさんでいた。
「あの……お薬ください」
そんなクラゲの魔女に声を掛けたのは小さな女の子だ。
「あい♪」
クラゲの魔女は笑顔を崩さず、薬を広げる。
「しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪ 何でもあるよ♪どんな薬がいい?」
クラゲの魔女の言葉に、女の子は目に涙を浮かべながら大きな声をあげた。
「お願い、おばあちゃんの病気を治す薬をください!」
必死の懇願の声と表情を見て、クラゲの魔女はいつもと同じ表情でいつもと同じ返事をした。
「あい♪」
◇◇◇
「ここがあたしの家です、おばあちゃんの部屋はこっちなの」
女の子に手を引かれ、クラゲの魔女がたどり着いたのは至って普通の建物だった。
絵本で見るような、ごくごく平凡でどこにでもあるような家。何の特徴もない建具や家具。
クラゲの魔女は女の子に案内されるまま、部屋に入る。
「おばあちゃん」
部屋に入ると女の子の祖母らしき老女がベッドで眠っている。
「こんにちは♪」
クラゲの魔女も挨拶をするものの、老女は動くこともなく目を開ける事もしない。
「おばあちゃん、このところずっと寝たまんまなの……」
女の子は涙をぽろぽろと流しながら、クラゲの魔女に縋りつく。
「お願い、魔女さん。おばあちゃんを治して!」
クラゲの魔女は笑顔のまま、目を閉じたままの老女に近づく。
顔の前に手を翳したり、腕を持ち上げたり、胸に耳を近づけたり……その様子をはらはらした様子で見つめる女の子。
「なるほど♪ なるほど♪」
クラゲの魔女はガサゴソとバッグの中に手を入れて、何かを探している。
「あった♪」
クラゲの魔女は缶に入った液体を老女に飲ませ始める。
「おばあちゃん……」
女の子の声掛けに老女は目を開け、女の子の方を見る。
「あら……お帰り、アニー。いっぱい遊んだかしら。学校も楽しかった?」
「おばあちゃん!」
優しく微笑む老女の目は、女の子だけに向けられている。
その目にクラゲの魔女は映っていないようで、女の子の隣に立っていても、何も聞かれることはない。
「ねぇおばあちゃん、今日はねお薬屋さんに来てもらったの。おばあちゃんの病気を治してもらったのよ」
「そうなのね」
老女はそっけない返事をするけれど、女の子は嬉しそうな顔をする。
「ありがとう魔女さん、おばあちゃんを治してくれて」
「あい♪」
嬉しそうに祖母と話を続ける少女と別れ、クラゲの魔女は外に出る。
外は相変わらずの雨で、相変わらずたくさんの人が歩いていた。
けれど先程と違うものが明確にある。
道行く人たちの視線が、わずかにクラゲの魔女に向いていた。
けれどクラゲの魔女は気にすることもなく、笑顔だ。
翌日、クラゲの魔女は同じところで薬を売る。
誰も足を止めないし、話しかけないけれど、それでも変わらぬ表情で歌いながら誰かが来るのを待っていた。
「しゃっくりを止める薬や、猫の言葉がわかる薬に、食べ物全てが甘くなる不思議な薬があるよ。ただしこちらは特別製、一人多くて三つまで♪ 何でもあるよ♪」
そんなクラゲの魔女のもとに、また女の子がやってくる。
口から出てくる台詞は同じ。
「お願い魔女さん、おばあちゃんを治して!」
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