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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エクスカリバーに選ばれた侍がランスロットと化け物退治する話

作者: 宝樹円

1

「正八! 聞いているのか! 全く貴様はいつまでだらだらしているつもりだ!」

 天下泰平、徳川が日の本を治めるようになってもうすぐ100年が経とうとしていた頃。

 江戸の一角にある、薄い、脆い、古い三拍子揃った通称生臭長屋に住む、正八と呼ばれた黒の擦り切れた着物をだらしなく着た青年は、聞こえてきた怒鳴り声におっくうそうに目を開いた。

 彼は怠惰という言葉に命を与えて人型に固めたのかと思うほどだらしのない男だった。

 年は一八ほど。髪は髷も結わずぼさぼさの伸ばし放題で、前髪にちらちら隠れた三白眼を眠そうに瞬かせている。顔立ちは整っているというか、どこか愛嬌を感じさせる。だが表情は異様なほど締まりがなく、緩んだ口元とあわせて見るものに道端で日向ぼっこをする野良犬を連想させた。

 犬なら犬で愛想よく振る舞えばいいものの、身にまとう人を舐め腐っているとしか思えない無気力さが数少ない長所を潰していた。

 彼は涅槃仏の姿勢から気だるそうに胡座をかき、背後を振り返った。

「なんでぇ。気持ちよく昼寝してたところなんだが」

 すると彼の背後に立っていた男は、目尻を釣り上げて声を張った。

「何を言っている! もう昼だ! 少しは働いたらどうだ!」

 青年を叱り飛ばしている男もまた、年は彼と変わらない。だが、彼は目の前にいる青年より遥かに恵まれた容姿をしていた。

 ゆるくカーブした光り輝く金色の髪に、晴空を切り出したかのような碧玉の瞳を持つ柔和な顔立ちの美青年で、浅葱色の真新しい和服を着ていた。優しく微笑めば、街往く者たちは皆振り返るだろう。だが、今はその美しい白皙の面に慈愛の代わりに怒りを浮かばせている。

 彼は腰に両手を当て、屈み込んで男を叱責していた。

「いつもいつも家でごろごろしてるんじゃない! 騎士たるもの、弱き者のために働くべきなんじゃないのか!」

 その真面目くさった物言いに、男は後頭部をボリボリかきながらけだるげに口を開く。

「俺ぁ、騎士じゃないんだけどねぇ」

「サムライとて同じことだろう!」

 この男が骨の髄まで真面目が染みていることは充分知っているつもりだ。男はどう説得しようか考えながら、精一杯真面目な表情を作って彼に向き直った。

「でもなぁ、ランスロット、俺も今すぐにでも街に飛び出してお江戸の平和を守りてえよ?」

 言うと、ランスロットと言われた青年は鼻白んだ表情を見せる。それに希望を見出した男は内心ほくそ笑んだ。

「今、ある場所の調査をしてるんだよ」

「そ、そうだったのか……?」

 膝をぱしんと叩き、正八はランスロットの前に手を差し出した。

 それを見た彼は、険しかった表情を呆然とし、元々持っていた柔らかさを意図せず正八に見せた。だが……

「というわけで、元手を……」

 それから数秒後、破裂するような音とともにふっとばされた正八が、長屋近くの樹齢数百年の大木に叩きつけられ、その衝撃で木に停まっていた鳥たちが飛び去る音が周囲に響いた。

「貴様の分の夕餉はないと思え!」

 その言葉とともにぴしゃりと長屋の扉がしめられ、ご丁寧に心張り棒を立てかけられる音を正八は木の根元に転がりながら聞いていた。

 彼らのやり取りはもはやここ一体の名物と化していた。通行人の中には吹き飛ぶ最中正八が何回転するかでかけをするものすら出る始末。

 ざわざわ通り過ぎる町人たちを気にせず、正八は逆さまのまま腕を組んだ。

「相変わらず堅いねぇ……あれじゃ嫁も取れやしない」

 ちゃらんぽらんを絵に書いたような彼にだけは言われたくない台詞だろう。暫く、本当に暫くの間正八は目を閉じて考え事をしてから、ひょいっと軽い身のこなしで起き上がった。

 彼は体中についた砂埃を払うと、無造作に胸元に手を入れ、そこから巾着袋を取り出した。

 正八はそれのずっしりとした重さに満足したようにニンマリ笑うと、手に持ったものをそっと懐に戻す。

 実は前日に博打で大勝ちしていたのだ。これだけあれば吉原で芸姑を侍らすこともできるだろう。普段なら真っ昼間からお座敷遊びなどしないのだが、

「追い出されちまったからなぁ。こりゃ仕方ねぇ。ああ仕方ねえよ」

 誰に言うまでもなく、正八は歩き出した。足取り軽く、放つ言葉は白々しく。


 曰く、近頃芸者遊びをしたものが次々と行方不明になっているらしい。

 そんなことをランスロットが聞いたのは、傘張りの内職をし終わった夕暮れも終わろうとしている時だった。

 絞り出すような夕日に照らされた長屋の扉が控えめに叩かれると、ランスロットは外に聞こえるようにある程度控えめに声を張る。

「正八、反省したのか」

 だが、帰ってきたのは意外な声だった。

「いや、正八ではない」

 その声は――

 ランスロットは畳においていた刷毛や糊を片付けると、足早に引き戸の前にゆき、心張り棒を外す。恥ずかしいやら情けないやら、様々な感情を飲み込んで扉を開けると、そこには一匹の小さな狐がいた

「せ、清明殿……!」

 たじろぐランスロットを一瞥すると、狐はするりと彼の横を通り過ぎ、室内をぐるりと見回した。

 清明と呼ばれた狐は、少し残念そうに嘆息する。

「なんだ、いないのかい。もしかしてまた喧嘩かい?」

「あ、いえ……あの……」

「まあいいか、おい、ちょっと座ってくれ」

 しどろもどろになったランスロットを物静かに眺めてから、彼は畳の上におすわりの姿勢で佇むと、鼻をしゃくってお前も座れと指示してきた。

「は、はい!」

 ぎこちなく畳に腰を下ろすと、清明は穏やかだが奥底は淡々としている口調で話し始めた。

 聞けば、近頃吉原で町人の行方不明者が多発しているらしい。奉行所に多数の申し出があったことから発覚し、調査に出た陰陽師が消息を絶った。

「以上のことから、我々はこの事件をあやかし絡みの事件だと判断した」

 神妙な顔つきで聞いていたランスロットは、キツネの澄んだ瞳に射られ、背筋をぴんと伸ばした。

「ブリテンの円卓騎士である貴方に頼むのは正直気が引けるのだが……」

 言いよどむ陰陽師に、神聖なる騎士が胸をどんと叩き、立ち上がった。

「いえ、お気になさらず。国は違えど民を守りたいという気持ちは一緒。協力させてください」

 そして立ち上がると、長屋の壁に立てかけてあった黒鞘の太刀を手に取る。

「それで清明殿、そのあやかしはどこに?」

 狐の姿をした陰陽師は、コクリと頭を上下に動かした。

「吉原です。件のあやかしは、吉原に潜んでいる」

 消息を断った陰陽師が、今際の際に式神を飛ばしたらしい。どうやらあやかしは結界を貼り、探索を拒んでいるようだ。

「本当なら私が直に行って調伏したいのだけれど、あいにく仕事が山のようにあってね」

 日本全土の霊的守護を任されている陰陽衆、その長となれば目も回るほど忙しいのだろう。ランスロットは遠いブリテンの地に居る大魔道士を思い出す。彼もいつも忙しそうにしていた。それでも使い魔を飛ばし、戦いを手助けしてくれたことは数え切れない。

「本当ならあの節操なしに頼みたかったのだけどね……あいつなら痕跡をすぐ見つけられるだろうから」

 それを聞いたランスロットはとても申し訳ない気持ちになる。自分が叩き出したせいで清明に要らぬ手間を掛けさせてしまった。

 だが、ないものねだりをしても仕方がない。その分自分が頑張らなければ。

 狐の姿を借りた稀代の陰陽師は、青年の顔が引き締まったのを見届けると、四足で立ってこちらに背を向けた。

「着いてきてください。痕跡を辿るくらいならこの状態でもできます」

「ありがとうございます。清明様」

 一人と一匹が部屋の外に踏み出すと、青年の美貌をみた町人たちのため息が聞こえてきた。


2

「ああ、極楽極楽」

 女郎屋の遊女に見送られ、正八はほくほく笑顔で紅葉色に染まった空の下に踏み出した。

 美女を肴に飲む酒は大層美味く、ついつい飲みすぎてしまったような気がする。じんわりと四肢を包み込む花の香と熱は、ここでしか味わえないものだ。

 絞り出すような濃厚な夕日の光を背に受けて、黒い影を伸ばしながら歩く。遊郭に軒を連ねる店で働く女郎の声が、正八の世界にどぎつい色彩を落としていく。

 腕を組んで歩く男女、熱した水飴のような粘り気を帯びた視線、初い客を見極め、張り見世の向こうからこちらに引きこもうとする女。

 日差しと相まって、どこか世界全体が熟れているような、ふと気がつくと甘い香りを漂わせながら崩れ落ちてしまいそうな雰囲気がしていた。

 懐は大分冷めてしまったが、まだ残りはある。

「帰りにおみやげでも買って帰るかね……」

 さて、なにがいいだろうか。西欧の気高い騎士に見合うだけの品を、俺は見繕うことができるのか。なんだかとても分が悪いかけをしている気分になって、とても高揚した。

 袖口に腕を滑り込ませ、肩をすぼませて小走りで進んでいたときだった。遊郭の店と店の間の暗闇から、白く細い手が伸びていた。

 視界の端に掠ったそれはひらひらとこちらに手を振っていた。

 正八はゆっくりとそれに近づき、まじまじと闇の中を覗き込む。

 手の主は、とてもきれいな女郎だった。吊り目気味の大きな瞳に、滑らかに白粉が塗られた肌。ちょこんとした鼻に、紅を差した小ぶりの唇。年はとても若く見え、もしかしたらここで働き始めたのは最近なのかもしれない。

 女はとても静かに、でもよく通る涼やかな声色で告げた。

「お兄さん、寄ってかない?」

 正八は眠たげな瞳をゆっくり持ち上げ、淡墨色の闇の中にいる少女の顔を見た。

「すまんね。俺を家で待ってるやつがいるんだ」

「安くしとくよ」

「でもねえ……」

 すると、少女の手がこちらのそれを掴み、正八を闇の中に引き寄せた。

「お願い」

 消えかけのろうそくが激しく燃え上がるように、地平線に沈み続ける夕日が遊郭を照らす。そのなかで、女のほっそりとした腕だけが、薄白く輝いていた。

 女の言葉に正八はふっと笑い、空いている方の手を自分の顎に添えた。

「こんなべっぴんさんにそこまで言われちゃあ、黙っているわけにはいかねえな」

 安心させるように頷き返すと、女は無表情ではあったが少しだけ安心したような雰囲気を醸し出した。

 女は改めて手を繋ぎ直すと、「こっち」といい正八を暗い路地の中に連れて行く。

 ほっそりとしたうなじを眼福眼福としばらく眺めていた正八は、ふと思い出したように訊いた。

「あんた、名前は?」

 すると、女はちらりと振り向いて言った。

「皆からはお鈴って呼ばれてる」

 正八は、彼女の言葉をゆっくりと咀嚼してから満足気に首を縦に振る。

「よく似合ってるよ」

 何故なら、彼女がとてもいい声をしていたから。それを聞いたお鈴の瞳が、闇の中できらりと輝いた。


 異国の騎士ランスロットは、初めてやってくる遊郭の雰囲気に圧倒され、冷や汗をかいていた。

 道を先導する清明の式神は、そんな彼を見て首を傾げる。

「こういうところに来るのは初めてなのですか?」

「え……ええ……」

 故郷にも、こういう場所は確かにあった。だがランスロット自身そういうことには奥手で、円卓の騎士たちが繰り出す中に混ざったことはない。

 自分にそんな余裕が長ったことも問題だろうが……。

 清明がこちらを見上げた。

「一応、身隠しの術はかけていますから。安心してください」

「は、はい……」

 再び歩を進めたが、今度は清明が立ち止まった。両耳をぴくぴくさせ、尻尾をくゆらして何かを感じ取っている。

「せ、清明殿?」

 不安げに覗き込んできたランスロットに、清明は少しだけ気まずそうに顔を合わせた。

「ここに来てはっきり感じ取れるようになったのですが……」

「はい」

「正八殿が居るようです。ここに」

「はぁ!?」

 目を見開いて大きな声を上げたランスロットに、今度は清明がたじろぐ番だった。

 美麗の騎士はその青い目の中に確かに炎を燃え上がらせ、体中から怒気を放出しながら訊ねてきた。

「あの唐変木……この非常事態に……!」

「あ……あまり怒られると術の効果が……」

 二人にかかった術は気配を消すことで周囲の認識から消失するもの。一流の使い手が発する殺気混じりの刺々しい気は、術の守護を貫通し周囲をざわつかせていた。

 彼自身の気迫と術がせめぎ合い、周囲にバチバチと電光が走る。

 ゆらりとランスロットが清明に向き直り、相手の場所を聞くと、清明は体をびくつかせて答えた。

「吉原の奥、着いてきて……くださ……!?」

「あの馬鹿……八つ裂きにしてやる」

 だが、目の前の騎士に恐れるより先に、驚くべきことが起きた。

 晴明は、耳をぴんと張って顔を上げる。

「消えた……?」

 感じ取っていた正八の気配が、忽然と消えてしまったのだ。


3

 路地を抜けるとそこには、大きな娼館が建っていた。きつく店が詰め込まれている吉原でも、見過ごすことはないほどの大店だった。

 三階建ての緋色に塗られた木造建築。店先には提灯がぶら下がっていて、空から降りてきた闇の中でぼんやりと輝き、おいでおいでと手招きしている。

「こんな店、あったっけなあ……」

 眉間に指を当てて考え込んでいると、お鈴がこちらにしなだれかかってきた。

「どうでもいいでしょ、そんなこと。早く行きましょうよ」

 そのとろけそうなほど甘い声色に、疑問もぼやけて消えていく。

 正八は美女に甘えられ鼻の下を伸ばしかけるが、粉々になった武士の矜持が表情だけは崩させなかった。もともとほろ酔い気分なのもあり、特に違和感なく気のせいかと自分を納得させると、お鈴を伴って店に入っていった。

 中に入ると、恰幅のいいおかみさんがふたりを出迎えた。彼女はお鈴を見ると嬉しそうに手をたたき、二階の座敷に案内する。

「この子、今日が初めてなんですよ。可愛がってやってくださいな」

 正八は驚いた顔で傍らの少女をみた。

「初めてなのかい、お鈴ちゃん」

 彼女はうつむいて顔を隠すと、こくりと頷いた。

 廊下を進んでいると、すでに埋まっている座敷から苦しげだったり、笑い声の混じった嬌声が聞こえてきた。腕に寄り添う彼女の鼓動は、それらを受けて確かに高鳴っているように感じられる。

 店の奥、廊下の突き当り右側にある座敷に案内される。火の絶えた燭台と並んだ布団があるだけの、薄暗い部屋だった。

「それではどうぞごゆっくり……」

 おかみさんに促され中に入ると、静かに襖が閉じる。とん、と響いたその音には、おかみ自身の期待が込められていた。

 音もなく部屋の奥に、闇が一番濃い隅のあたりに移動するお鈴を見ながら、正八は布団の上にあぐらをかいた。

「女は最高だが、おかみがだめだな。少し欲を隠さなすぎる。あれじゃ気分も冷めちまう」

 部屋の奥から火種を作る音が聞こえる。しばらくするとお鈴が座敷の燭台に火をつけてくれた。

 淡い橙色の灯りに照らされて、彼女の可愛らしい顔立ちが闇の中から浮かび上がった。こうしてみると、最初見た印象よりずっと幼いのだなと、正八は感じる。

 お鈴のちょこんとした唇から心地いい音色が流れてきた。

「じゃあ、やめる?」

 それに酔うように目を閉じてから、正八は唇を釣り上げ挑戦的な笑みを浮かべた。

「怖くなったのかい?」

 すると、彼女は膝で畳を擦りながら、腕を使ってこちらに近づいてくる。

「したいの?」

 透明な瞳が、じっとこちらをみつめていた。正八は太鼓判を押すように、彼女の手を握った。

「ああ、したいね。お嬢ちゃんとできるなら、今日死んでもいい」

 言うと、腰に刺した刀を外して布団のそばに放り投げる。清々しいほど自分の欲望に忠実な男だった。

 お鈴が帯を緩ませ、着物をはだけさせた。曖昧な灯りのもとに、薄ぼんやりと輝く白い肌が晒される。それにそっと手で触れると、汗が薄く滲んだ肌にぴったりとくっついた。

 二人の顔が近づく。そして、前戯である接吻がなされる直前、ふたりの唇が触れ合う際の際で、少女がかすかに声を発した。

「お願い、逃げて」


4

「こっちです。ランスロット殿」

「はい!」

 正八の気配が消失した辺りに急いで向かったふたりは、目の前の光景に揃って顔を歪めた。

「これは……!」

 ランスロットが反射的に口元を覆った。

 吉原の店と店の間。人一人入ることすら難しい隙間から、凄まじい呪術の気配が漂っていた。瘴気といってもいい。

 特殊な力を持たなければ見ることができない残留物が、打ち水でもしたかのように無造作にぶちまけられている。

 足元を嗅いでいた晴明が、よく通る声で言った。

「どうやら幻術の類ですね。ここで獲物を物色していたようだ」

「じゃあ、正八も……」

「それはわかりませんが……あの性格だと……」

 ランスロットは心のなかで悔しげにくちびるを噛んだ。

「どこにも行かないようふん縛って閉じ込めておくべきでした……!」

「いやそれはどうだろう?」

 清明に痕跡を調べてもらっている間、ランスロットは気もそぞろだった。

 死ぬことはないだろうが、ろくでもない呪いをかけられているかもしれない。自然と刀を掴む力が強くなっていた。

 焦る青年の耳に、吉報が届く。

「どうやらこことは異なる空間にある餌場に潜伏しているようですね」

「それなら――」

「今開いています」

 話し終わってから数秒の後、小さな路地に影とは違う、黒い粒子を発する闇が発生した。


「安心しな。俺ぁ雑食なうえ雑草みたいにしぶとくてね。ちょっとのことじゃ死なねえ自信があるのさ」

「そういうことじゃ……」

 だが、その言葉を遮って正八は声を張り上げた。

「だからさあおかみさん、あんたの腹には入れないよ」

 それを耳にしたお鈴は、瞳を大きく見開いて体を凍りつかせた。正八の言葉は、彼女の抱える秘密を射抜いていたからだ。

「あなたは……」

 正八の体から発せられた温度が、少女の身体に伝染する。しなやかな女の身体が温められていく。名残惜しそうにお鈴を離した正八は、初めてまっすぐ、ちゃんと瞳を開いてお鈴をみてから後ろを振り返った。

「殺気が漏れてるぜ。姿を現したらどうだい?」

 変化はすぐに訪れた。入ってきた襖の隙間から、不定形の黒い液体が溢れてきたのだ。それはものに染み込むことはせず、形態をを変化させてやがてひとつの形をとった。

 燭台の光を跳ね返しながら、現れた恰幅良さげな黒い怪人が笑った。

「アタシの気配、気づいてたんだねえ」

「あんだけ血の臭いしてたら誰でも気づくだろ」

 それを聞いて、おかみらしき何かは腹を揺らしてぐふぐふ笑った。

「役立たずがなにか連れ帰ってきたと思ったら、とんだ災難だよ」

「災難とは、酷い言いようで」

 肩をすくめた正八を、おかみは刃のような視線で突き刺した。

「もしかしてこの前食ってやった陰陽師の仲間かい?」

「さて、なんのことやら。俺はこの娘に惚れ込んでついてきたらあんたに出会った。それだけさ」

 ちらりと視線を背後にやると、お鈴が体を小さくはねさせる。その白い顔はすでに蒼白になっていて、小さな体をいっそう縮こまらせていた。

 おかみは怪訝な顔で正八の言葉の意味を探っていたが、やがて無駄と判断したのか肩を揺らす。

「まあいいや。どのみち死ぬんだ。聞いたところで意味は――」

 言葉の途中で、おかみの身体にゆらりと波紋が走る。

「ないけどねぇ!」

 そして次の瞬間、おかみは腕を振るい、黒色の刃を正八の喉元へと迸らせた。

 それを見切っていた正八は、お鈴を突き飛ばすと自分も素早く身を翻し、おかみから距離を取った。それをみた相手が、ぐるぐると喉を鳴らした。

「なかなかやるね。大体はこれで終わるんだけど」

「鍛え方が違うのよ。舐めてもらっちゃあ困る」

 再び腕が鞭のように振るわれ、正八がそれをくぐるように前転して避けると、部屋の壁に炭で書いたような一本線が走った。

 正八は避けるついでに投げ捨てられていた己の刀をとると、素早くそれを抜き放ち、伸ばされた腕に切り込んだ。

 甲高い叫び声とともに、おかみがのけぞり、彼女の腕が水音を立てて白い布団を穢した。腕を覆っていた黒い液体が保持する力を失って周囲に滲んでいく。やがて黒光りする液体の中から、茶色のまだら模様の毛並みに覆われた猫の前足が現れる。

 正体見たり、といった調子で正八が表情を緩ませ、銀色に輝く刀を肩に当てた。

「さしずめ女の情念に塗れた化け猫ってとこか」

「人間風情が……!」

 苦悶の表情を浮かべながらなくなった片腕をかばう化け猫のおかみにしっかりと視線を合わせたまま、正八は立ち上がる。

「そろそろ年貢の納め時だぜ。何人食べたか知らないが、ひでえ魂の色だ」

 おかみは人形を保つことすら難しくなったのか、ぽたぽたと黒い液体を垂らし、溶けるように人の形を失いつつあった。

「あんた、そんなことまでわかるのかい……器用だねえ……」

「俺の目はちょいと特別でね。いけないものが視えるのさ」

 そういい見開かれた男の瞳は青白い蛋白石のようにきらきらと光り輝いていた。

 それをみた化け猫は、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、憎しみに満ちた表情で見返してきた。

「ならわかるだろう! この場所に――吉原に満ちる怨念が! 使い潰される女たちの叫びが!」 

 その重苦しい怨嗟に向かって、正八はふっと笑いかけた。

「わかるよ。なんとなくあんたをみてたら、それなりのことがあったのはね」

 背後で、驚く気配があった。だが、振り向かずに見据え続ける。

 正八の視界には、目の前のあやかしが発する淀んだ魂の波動や、体を構成する情念、この異空間に満ちる無念、それらすべてが視えていた。

 ――お歯黒に塗れた猫のあやかし……因果だねえ。

 すでに命を失い、他者から魂を取り込むことでしか生きながらえることができなくなった荒魂。ここまで魂を変質させるなんて、よほどのことがあったのだろう。だが……

 正八の笑みが、すっと線を引くように消える。

「実の娘にこんなことさせていい理由にはならねえよ」

 それを聞いた瞬間、今までで一番苦しげな表情を浮かべてから、おかみは叫んだ。

「……っ!? 黙れぇえええっ!!!」

 怒気が膨れ上がり、部屋を闇とは違う艶のある漆黒が満たした。

 それを受けて、正八はすべてを終わらせるつもりで刀を握る手に力を込めた。そして走り出そうとした時――

 正八の着物の裾を、はたと掴む弱い力を、彼は感じ取る。

 視線を向けると、そこにはすがるような表情の、お鈴の姿があった。

 彼女は、瞳の中の星をゆらゆら揺らしながら、ただこちらをみつめていた。

 正八の体に、爪を生やした巨大な猫の手が迫る……。


5

 晴明の導きで異空間に入ったとたんに、頬を強い風が撫でた。

 闇の中にぽつんと建っていた巨大な娼館の一角が吹き飛び、その余波がランスロットに襲いかかったのだ。

 ランスロットは袖で舞い落ちる木片を受け止めながら、破壊された建造物から飛び出す人影を目に捉える。

 その人影に向かって、思わず叫んでいた。

「正八!」

 すると、落ちる最中に呼ばれた青年もランスロットを視界に認める。

「ランス!」

 よく見ると、彼は片腕で誰かを――女性を抱えていた。真っ赤な着物とキレイに結った髪に、ほっそりとした白い腕がみえる。

 正八は飛び上がった勢いのままランスロットの近くに着地し、続けて女性を地面にそっと下ろす。

 晴明を伴って彼のもとに駆け寄ると、正八はへたり込んだ女性のそばに屈み、相手の頬に手を当てていた。

「大丈夫かい? お鈴ちゃん」

「正八! 怪我はないか!」

 もう一度声をかけると、正八はいつもどおりの飄々とした顔でそれに応える。

「ランスに、晴明? 来てたのか」

「それはこっちの台詞だ馬鹿者! なんでこんなところにいる!」

「いやあべっぴんさんに誘われてほいほいついてったらこうなっちまってさあ」

「相変わらずの節操の無さですね。正八殿」

「しょうがねえだろ綺麗だったんだから」

 悪びれる様子もなく会話を放り投げる正八を叱りつけそうになるが、それよりも先に地鳴りが足元を揺らし、次に猫のものに似た泣き声がランスロットの髪を揺らす。

 振り返ると、破壊された屋敷から二又の尾を持つ巨大な猫のあやかしが自分たちの前に降り立ったところだった。明らかに破壊された屋敷よりも大きな体躯を怒りで震わせながら、あやかしは怒号を発する。

「妙な感覚がすると思ったら……仲間か!」

「呼んだ覚えはないんだけどな。まあその通りだ」

 威嚇する咆哮が、突風となって吹きすさぶ。前足の一本を黒光りする何かで形作ったあやかしは、四足を踏ん張って臨戦態勢になった。

 その姿を、どこか馬鹿にしたような表情で正八はみていた。

「また娘を巻き添えにしたな! そこまで堕ちてるんなら、こっちとしても戦いやすいや!」

「お黙り! お鈴! こっちに来な!」

 お鈴という名前を呼ばれると、呆然とへたり込んでいた少女の体がびくりと跳ね、それから震えだした。彼女はその白魚のような指で、正八の着物の袖をつまんだ。

 それを受けた正八は優しく微笑み彼女の手を取り、安心させるように優しく握り返すと、今度は眉をハの字に下げながら、こちらを見上げてきた。

「というわけでお二人さん、手伝ってもらえると助かるんだが……」

 自らの情けなさを自嘲するかのような笑みを浮かべる正八を横目に、ランスロットは刀を抜いて構える。

「考えるまでもない」

 狐の姿の大陰陽師も、同じ思いだ。

「よろこんで、私も微力ながらお手伝いさせていただきます」

 それに満足するようにうなずいた正八が、ふと少女に振り向く。彼は言葉の裏に決意を滲ませて言った。

「あれはもう止まらん。残念だが……」

 少女は現実を受け止められないと言うようにふるふると首を振ったあとうつむき、涙を一筋こぼしてから答えた。

「おっかあを……助けてください……!」

 それを受けて正八は力強く頷き、言った。

「ランス、晴明、ちっと本気出すから後は頼んだ」


6

 この世界には、理屈で証明できないことが多々ある。そのことを正八は生まれた頃から理解していた。

 人ならざる世界を見るこの瞳も、そのうちの一つだ。

 だが、この世で最も不可解なことと言えば、人のめぐり合わせだろう。

 ――まったく、なんでこんなことになったのやら。

 すべてを失ってさまよった結果、異国の騎士に出会い、そして『こんなもの』を手にすることになったのだから。

 正八は懐から一枚のお札を取り出し、それを自らの獲物に貼り付ける。すると札はまたたく間に刀を炎に包み込んだ。当然柄も炎に包まれたが、痛みはない。なぜならこれは剣から周囲を守るための結界を解くためのものだから。

 そしてその炎が消え去った後の正八の手の中には、柄と鍔が黄金でできた、幅広の刃を持つ片手剣があった。

 それをみたあやかしが、顔面に恐怖を貼り付けて後ずさる。

「な……なんだいそれは……!」

 そうなるのも無理はなかった。何故なら、本来きらびやかであるはずの剣の刀身全体に、恐ろしい呪いが込められた呪符が何枚も貼り付けられていたのだから。本来ならば一枚あるだけでも人を狂わせ、死に追いやる凄まじい怨嗟の塊が一分の隙もなくびっしりと。

「こいつも俺と同じく特別でね。こうしてないと厄介事を引き起こすのさ」

 言いながら、呪符を引き剥がしていく。呪符は剥がされるたび、燃え上がって塵となった。あやかしは信じられないものを見る目でそれを眺めていたが、やがて憤りを滲ませながら叫んだ。

「ふ……ふざけるな! そ、そんなものを……よくもここに!」

 言いたいことは理解できた。つまり相手はこう言いたいのだ。

 自分より、そっちのほうがよっぽど異常ではないか、と。

 それを察した正八の唇が皮肉に歪んだ。そうだろう。ここに貼られている呪符をばらまけば、間違いなく江戸は死人であふれる。かつてない呪いに見舞われ、大混乱が巻き起こるだろう。そんなものを『引き剥がした瞬間消滅してしまうほど消耗させるなにか』を手にしているのだから。

 一枚一枚、剥がすほどに『それ』は力を取り戻していく。禍々しい気配が、聖なるものに取って代わられていく。

 二、三枚剥がしたところで、正八は刀身を眺めると、軽い調子で声をかけた。

「もうそろそろいいだろ。目覚めてくれよ。『エクスカリバー』」

 するとそれに応えるように突如として刀身に貼られていた呪符がすべて燃え上がり、炎の中からまばゆい黄金の刀身が現れた。それは炎すら覆い尽くす輝きを発し、闇の世界を照らしだす。

 その光に当てられた妖猫が、苦しげな声を発する。

「め、目がっ! あたしの目がぁああああっ!!!」

「眩しすぎて鬱陶しいが、魂の汚れたあやかしには効くんだよなあこれが」

 剣を構えようとしたところで、異空間に建つ娼館の窓や隙間から黒い液体が溢れ出し、妖猫に集まっていく。

「どうやら中にいる人間たちの精気を取り込んでいるようですね」

 冷静な晴明の声を受けて、焦ったようにランスロットが言った。

「正八!」

「おうよ!」

 正八は刀身を振るって輝きを落とすと、八相の構えで化け猫に対峙する。

「貴様ァああああっ!!!」

 力を蓄え十尺ほどの大きさになった化け猫が走り出すと、正八も同じく走り出した。

 そして数多の女性の叫び声を束ねたかのような泣き声と共に振るわれた猫の前足を跳躍し避けると、追従してきた巨大な猫の顔面に、真正面から剣を振り下ろした。


7

 力なく横たわった化け猫に、お鈴が駆け寄っていく。すれ違いながら、正八は肩の力を抜いた。

「正八殿」

「晴明、すまねえ。再封印を」

 とてとてと駆け寄ってきた晴明にそう言うと、彼は頷いて術をかけるための呪文を唱えはじめた。彼の周囲の空間に件に貼られていたものと同じ種類の呪符が浮かび上がり、呪文を唱え終わるとともにそれが正八の持っている剣の刀身を覆い尽くした。

 それを確認した正八は、腰に刺した刀の鞘を手に取ると、鯉口に呪符に覆われた剣の切っ先を当てた。すると、彼が手に持っていた西洋の剣が姿を変え、日の本の刀に変化し、鞘の中に納められる。

「相変わらずすごいねぇ、陰陽術ってのは」

 しみじみ呟いていると、遅れてやってきたランスロットが訊いてきた。

「終わったのか?」

 それに正八はこくりとうなずく。

「魂の緒を斬った。もう戦う力はねえよ」

 神妙な表情をしたランスロットに釣られて振り返ると、必死の形相になって母親に呼びかける娘の姿が目に入った。

「おっかあ! おっかあ!」

 もはや原型すら認められないほど悪意に食いつぶされた母猫の魂は、今にも消えかかっていた。彼女をかろうじて現世にとどめているのは、ひとえに娘への執着故か。

 呼びかけに応え、閉じられていた瞳を薄く開けた母猫は、無傷の娘の姿を確認するとさっきとは打って変わった穏やかな声を発する。

「怪我は……なかったかい……」

 必死にうなずく少女に、母親は口元をかすかに笑顔の形にした。

「そう……良かった……ごめんねぇ……ひどいことして」

 最後の懺悔に、猫の少女は首を振る。

「私を助けるためだったのはわかってる……わかってるから……!」

 そのまま自身にすがりつき、大粒の涙を流す少女を愛おしげに見つめてから、一匹の母に戻った猫は言った。

「最後に……助けてくれる人に出会えて……」

 声色から別れの時を感じ取ったのか、お鈴が一層強く母猫にすがりついた。だが、時が止まることはなかった。

「ほんとに……良かった……」

 満足げに言い終えると同時に母猫の体から大量の怨念に満ちた魂が抜け、気がつけばあれほど大きかった猫のあやかしは消え、彼女が居たところには一匹のみすぼらしい猫の骸があるだけだった。

 それを確認した晴明が、彼らに向かって呪文を唱える。

「オン!」

 天に登っていく魂に向かって晴明が呪文を唱えると、黒く染まっていたそれらから色が抜けは黄金色に輝き出す。

「綺麗な色してやがる」

 消えていく彼らの最後の光は、まるで送り火のように美しく、そして寂しかった。


8

「結界内に居た他の人間は、記憶を消して安全なところに移動させました」

 結界の外は、吉原から少し離れたところにある竹林にある廃寺だった。式神たちを動員して被害者を移動させた後、晴明がそう言った。

「屋敷に居た他のあやかしは、残念ながら逃げたようです。申し訳ありません。私の力が足りないばかりに」

 後悔を滲ませてしょぼくれる狐を、正八は元気づけた。

「落ち込むなって。呪力を大幅に使っちまったんだから。誰も責めたりしねえよ」

「そうですよ晴明殿! 怨念の浄化だって、本来ならしなくていいのに……」

 ふたりの言葉で、多少は気を取り戻したらしい。垂れ下がっていた尻尾に元気が戻る。それをみて内心胸をなでおろした正八は、今度は後ろのお鈴に振り返る。

 彼女は廃寺の片隅に石を積み上げて作ったお墓に、ゆっくりと手を合わせていた。

 お鈴は自分に並んで真剣な表情で墓前に手を合わせる正八に、驚いた表情を返す。

「なんで……?」

「そりゃあ、俺にも責任があるからな」

 その言葉を聞いて、お鈴はふるふると首を振った。

「でも私たちは……貴方を殺そうとした」

「それ言っちゃ、俺はあんたのおっかさんを殺しちまった」

「それは……」

 困惑するお鈴に向かって、ランスロットが言った。

「お鈴さん。こいつにそんなことを言っても無駄です。こいつは、正八は、そういうやつなんです」

 その口調は厳しかったが、怒っているようではなかった。どこか喜びを含んでいるようでもあった。だからこそ、お鈴の罪悪感を刺激する。彼女は暗く沈んだ表情のまま口を開く。

「私は、どうやって償えば……」

「なら、逃げたあやかしを探すのを手伝ってくれませんか」

 振り向くと、背後につややかな毛並みの狐――安倍晴明が――立っていた。

「あの娼館には多数のあやかしがいて、人間から精気を吸い取っていた。――違いますか?」

 お鈴はそれにこくりとうなずく。あそこには猫だけでない。蛇だって犬だって付喪神だって居た。人間にとっては邪悪そのものでも、お鈴に優しい妖怪も居た。あそこはある意味、力を持たない妖怪の駆け込み寺だった。

 そんな彼女の意思を知ってか知らずか、晴明は優しげな空気を身にまとっていた。

「私にできることなら、なんでもする」

 お鈴は、横に並ぶ正八をみた。

「俺も手伝うよ」

 それを聞くと、胸の奥から力が湧いてくるような気がしてくる。

 青白く光り輝く瞳を持つ侍。あやかしなんかよりもよっぽど不思議な存在である彼が居るなら、どんな事があっても怖くないと。

 それをみていた晴明が、感心したように言葉をこぼした。

「正八殿、随分信用されているようですね」

 すると褒められたと思ったのか、正八が少し誇らしげな顔になって胸を張った。

「そりゃあ後少しで布団の上でしっぽりするとこだったんだか――」

 そこまで口にした瞬間、周囲の空気が凍りつく。その気配を辿って正八が振り返ると、彼の背後にいたランスロットが、全身から青い炎を立ち上らせていた。

 彼は瞳に明確な怒気を滾らせ、まるで般若面かと思うほど恐ろしい表情を浮かべながら言った。

「やはりか。貴様、一度ゆっくり話し合う必要がありそうだな」

「ら……ランス……違うんだ……これはその、不可抗力で……」

 脂汗をだらだら流しながら弁解する正八に向かってランスロットがしゃがみ込み、真正面から彼の顔を見据えた。

「本当に……?」

「ひ、ひぃいいいいっ!!??」

 あまりの剣幕に疾風のように身を翻し距離を取る正八をみて、完全に座った目をしたランスロットはゆらりと立ち上がる。

「晴明殿、縄」

「どうぞ」

「晴明!?」

 正八は目を見開いて晴明をみるが、相手は顔面に恐怖を滲ませながら勢いよく顔を逸らした。

 その最中にも、縄を手にした美貌の騎士の脅威が迫る。

「今日の一件、よく『話し合う』必要がありそうだな……?」

「ま、待ってくれ! 話を――」

「問答無用!」

 途端、さっきまで命のやり取りをしていたとは思えないほど騒がしくなった周囲の様子に、お鈴が自然と表情をほころばせていたことに、正八は気づかなかった。

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