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廃墟領ルシーダ

 王都から馬車でおよそ四日ほどのところにある豊かな森の広がる領地ルシーダ。


 緩やかな丘陵を登った先には領主の館である小さな石造りの城が建ち、見下ろす先の台地には人々が暮らす家が建ち並び街を作る。小規模ながらも美しい景観が広がっていたと伝え聞く、が今は昔。人が離れ街はなくなり、威厳を湛えていたであろう城は半壊し森に呑まれかけている。


 廃墟領、とはよく言ったものだ。

 崩れた城壁の前に立ち、見事な荒廃っぷりを目の当たりにして感心する。隣接する森からは木々を揺らす風の音と鳥たちの声がさざめき、人の住まう場所ではないのだと改めて感じさせられる。

 今日から私がここの城主となる。

 静かに拳を握りこみ、この地で暮らしていく決意をみなぎらせる。 

 荷物を降ろし終えた馬車が立ち去ると、私と付き添いの従者二人のみが残された。



「それにしても、噂通り何もないところですねぇ!」


 門を抜け敷地内に歩を進めながら、侍女のメリルが声をあげる。

 私より一つ年上。メイド服に身を包んだやや小柄な体で、両手に決して軽くはないであろう大きなカバンを軽々と持つ。きょろきょろと周囲を眺めながら、鳶色のポニーテールを左右に元気よく揺らしている。

 見た目の通り明るく快活な女性だがその声からは呆れと言うか、若干投げやりな感情が漏れている。


「何もないという事はないでしょう、よく見てください。壁と天井は残ってますよ」


 冷静に返すのは従僕のカイン。高い上背に厚い胸板、騎士と見紛うような大柄な体にぴっちりとお仕着せを纏う。深いモスグリーンの髪を丁寧に撫でつけ、メガネの奥に鋭い眼光を湛えたその姿はアンバランスなようでいて一分の隙も見せない。20代半ばの年齢に見合った丁寧で落ち着きのある口調はメリルとは正反対の印象をあたえるが、その声にはやはり投げやりな感情が見てとれる。

 カインの返答に不満があるのか、投げやり度を強めてさらにメリルが返す。


「壁が二面と天井が一部はありますねぇ!」


 壁っていうのはねぇ、四面あってなんぼなんですよ! と食って掛かるがカインには涼しい顔で躱されている。

 そんな二人の会話を聞きつつ眼前にそびえる半壊の城の一角を見上げ、私は思わず圧倒されていた。

 大きく壁が崩れ内部が露わになった室内には森からはみ出した巨木が大枝を広げ、崩れ去った屋根の代わりを果たしている。わずかに残った天井と生い茂る枝葉の隙間から差し込む陽光は部屋の奥を照らし、風で草の種が舞い込んだのか、あちこちから吹き出した緑の葉が壁や床を彩っていた。

 想像以上の光景に目を奪われ立ち尽くす。


「お嬢様?」

「……素晴らしいわ! 二人とも、見なさいこの立派な城を! 崩れ行く石壁に寄り添い支えあう大樹の姿は詩的だわ! 太い幹! 登りたくなる枝の曲線はまるで芸術ね! あ、コレもしかして枝を伝って上階に行けそう? すごい、まるでツリーハウスみたい!」


 不安げに覗き込んだメリルをよそに、私は一人大興奮だ。

 すごい、本当にすごい! まるで異世界、あるいは物語の世界に迷い込んだようだ。威風堂々たるその城の風格は一目で私を魅了した。


「樹の上に居住空間があるわけではないのでツリーハウスではないですね」


 カインよ、そんな細かいことはどうでもいいのだ! 密かに憧れてたツリーハウスのもどきが目の前にあるのだ。ならば答えは一つ。


「決めたわ! ここを拠点にしましょう!」


 とびきりの笑顔を二人に向けて言い放つ。

 やれやれとため息をつきつつ、言い出したら聞かない私の性格を熟知している彼らははいそいそと荷物を降ろし、廃墟生活の準備を始める。

 鼻歌交じりにウキウキと荷ほどきをする私を後ろから眺める二人の従者は、久しく見ていなかった主人の表情の綻びにほっと安心し、柔らかい眼差しを向けるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 さて、廃墟で暮らすにあたって。まずは衣・食・住を確保せねばならない。

 衣についてはある程度の物資は持参してきたので問題ないだろう。食も多少の手持ちがある。とはいえ今後この地で確保する手段は後々探す必要はあるとして。今一番に確保すべきは住である。日は天頂を過ぎている。暗くなるまでにはなんとか寝床くらいは整えたいところだ。

 寝床候補はもちろん目の前の半壊城。

 遮るものなく内部が晒されている一階部分の居室には瓦礫や樹の根が地面を埋め尽くし、立ち入るのも一苦労しそうだ。


「……となると、目標は上階ね!」


 つぶやきながら大樹からうねるように伸びる太い枝を目でなぞると、二階の部屋で視線が止まる。

 わくわくが止まらない。

 早速一歩踏み出そうとするとすかさずメリルから声がかかる。


「ちょっ、お待ち下さいお嬢様! この樹を登るおつもりですか⁉」

「モチロンよ! 最近は王太子妃教育のせいで引き込み気味だったけど、体を鈍らせたつもりはないわ。この程度の樹、余裕で登って見せるわ!」


 なめないで頂戴! とばかりにツンと顎を上げ胸を反らせて高らかに言って見せる。

 あ、今の仕草とっても悪役令嬢っぽいわね!


「お嬢様がお転婆令嬢であることは今更宣言されずとも知ってます! 幼い頃は領地で散々駆けずり回って木から落ちるわ川に流されるわええもう付き合うこちらもひどい目に遭いましたから! そうではなくて今はドレスをお召しなんですからまずは着替えましょう!」


 やたら早口でまくしたてられちょっとたじろぐ。主人に対して遠慮がない。知ってるけど。

 そしてどうやら悪役令嬢ではなくお転婆令嬢らしい。


「う……それはそうね。じゃあ着替えを用意して頂戴」

「わっかりました! ふふ、こんなこともあろうかと『お嬢様専用お転婆式ドレス』を持ってきているのです!」

「さすがねメリル!」


 ばーん! と効果音が付きそうな勢いでカバンから衣装を取り出すメリルにのまれて思わず感嘆の声を上げてしまったが、『お嬢様専用お転婆式ドレス』とはなんぞや。

 高々と掲げられたドレスをしげしげと見ていると、説明しましょう! とメリルが解説を始める。

 なるほどなるほど、ドレスと乗馬服を掛け合わせたようなデザインになってるらしい。

 生地は丈夫で汚れにくい素材を使用し、宝石や刺繍などの引っかかりやすい装飾を最低限に抑えつつ質素にならないようドレープやタックなどを駆使して華やかに仕上がっている。スカート前部のフリルはひざ上ほどしか丈がなく、中にドレスに合わせてデザインされた乗馬用ズボンを履く。サイドやバックスタイルは普通のドレス丈なので優美さは損なわれていない。なかなかに斬新なデザインだ。


 疑問は山程あるがとりあえず、なぜこの斬新ドレスがすでに仕立て上がってここあるのだろうか。私が廃墟領に追放宣言を受けたのは四日前で、宣言後に間を置かず屋敷を出たのに、だ。いつの間に用意したのか。

 そんな疑問の目をメリルに向ければ


「お嬢様の行動は基本、予測不可能ですから! 常にあらゆる事態に備えているのですよ!」


 と、さも当然といった返答。それは公爵令嬢が追放されることも想定の範囲内だということだろうか。……有能な侍女がコワイ。

 微妙に納得がいかない気持ちを飲み込んで、改めて『お嬢様専用お転婆式ドレス』に目を向ける。


「ていうかコレ、ドレス要素必要ある? 普通に乗馬服でよくない?」

「駄目ですよ! お転婆令嬢から令嬢がなくなったらただのお転婆になっちゃうじゃないですか!」


 お嬢様にはいつも華麗で気高くあって欲しいのだと、しおらしく俯く。いちいち演技が過剰である。

 カインはなにも言わずただ頷いている。メリルの意見に概ね同意のようだ。

 まぁ、動きやすい服はありがたいから別にいいんだけど。


「では私は奥の建物の様子を確認して参ります。城周りは魔獣の類いは寄り付かないようですが、くれぐれも周辺には気を配ってください。頼みましたよメリル」


 そう言ってカインはその場を後にした。

 私はメリルに着替えを頼み、ようやく廃墟探索の第一歩を踏み出した。

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