プロローグ
世界が一変したのは、オレが二十歳になった時だった。
いつものようにかったるい気持ちのまま、昨日の疲れも取れない体を引きずるようにして、今日もまた仕事に行かないといけないなと思って朝の準備をしようと起き上がったところで……違和感しか存在しなくなった。
コンクリートの壁ではあるものの、テレビやゲーム、果てはマンガといったものが存在しなくなっていた。
それだけならまだ良い。
いや、良くはないけど隅に置いておける。
匂いが違うのだ。
雰囲気というか、肌に触れる空気感が。
同時に、気づいた。
世界がどのように変わったのかを。
◇ ◇ ◇
頭の中に情報が流れ込んでくるかのように……ではなく、まるで産まれた時から教わっていたかのように、予め解っていた。
だから、その時に把握できた分は、ただ一つ。
この世界は、オレがいた世界から、ただ変化しただけということ。
転移や転生といった類ではなく、ただ世界観だけが塗り替えられ、産まれる前からの歴史が作り変えられ、改めてこの世界に配置されただけ。
SF作品においての思考実験でよくある、今オレ達にある記憶や歴史はほんの数秒前に作り上げられたものではないのか、と同様のもの。
作り変えられたのだ。
今日、この瞬間に。
◇ ◇ ◇
それを認識できる人間がいること自体がおかしいことなのは言うまでもない。
現にオレはそれを確認するためだけに、職場に向かおうと考えた。
だが、すぐに挫折した。
電車で一時間もかかる場所に向けて、交通が馬車しかなくなったその状況で、あるかどうかも確認できない建物に向けて歩いていくなんて、正気の沙汰とは思えない。
だから、すぐに切り替えた。
この世界で生きていくことにしようと。
◇ ◇ ◇
魔物がいる。
ファンタジー小説によくある、アレだ。
この世界でのオレは、何をして過ごしていたのか。
親元を離れて一人暮らしをしていることは変わりないが、仕事をしていた記憶が少しもない。
街というコミュニティは、一般的なファンタジーとは一線を画している。
田舎のように人との触れ合いや横との繋がりが重要とされている感じもせず、その辺はオレの記憶にある世界観そのものだった。
それを知識として理解しているからこそ、見知らぬ誰かに話しかけ、急に世界が変わったのかどうかの確認が出来ない訳だけど。
だから尚の事、オレはどうやって生活してきたのか。
地味な外見はこの世界でも変わらないから、ホストのように誰かに貢がせて生活している、とは考えられない。
でも、この新しい世界での仕事にどういったものがあるのかは分かっている。
となれば、今の仕事を考えるよりも、やりたい仕事を考えるべきだろう。
「……冒険者か」
すぐに決まった。
◇ ◇ ◇
オレは何をやっても平均点しか叩き出せない。
だから向いている仕事だとは思えない。
それでも、こうした世界になったのならやってみたい。
男で、マンガやゲームを読んでいる人なら憧れて当然だろう。
それに目的もあった。
この変化について把握している、オレのような人間が他にもいるのなら、会っておきたい。
会っておく必要があるだろう。
◇ ◇ ◇
冒険者として登録できるシステムも、その場所も把握している。
そしてオレは記憶が変わる前からちゃんと働いているだけあって、コミュ障という訳ではない。
二十歳からの冒険者は遅いとされているが、まあそこは仕方がない。
仕事をクビになったから一攫千金を狙って、とか言えば良いだろう。
この世界で生きてきている今までの仕事を覚えていない以上は、そうするしかない。