中津のテツオ編⑥
(6)
蜥蜴の様に舌をチロチロだしながら、本を舐めるように見る店主が僕に言う。
――『魔香石』とは何か?
「まぁこいつは普段、地中深くに眠って姿は見せない鉱石なんやが、最近、尾鉱を採取する際にそれに交じって採掘される様になった。鉱石自体は光沢もよくまた加工がし易いから、ペンダントやその他のアクセサリー等の身辺用雑貨類によく用いられる。鉱石自体の力…魔力だが、それはほら、あんたら魔術師が『魔術』を具現化する時に必要とするルーン鉱石程の力はないが、但し、この鉱石自体は不思議な魔力を持っている。それは何かというと、人間の思想や思念に自らの『意思』で寄生して、それを具現化するという力や。だから一方では寄生石ともいわれるんだが、この石は長くその人間に寄生して、その思想や思念をゆっくりと咀嚼しながら、突然、現実の世界に姿を現すんや。何故、この石がそうした『意思』を持つのかは今のところは分からんがね」
自らの意思で人間の思想や思念に寄生するだって?
なんかどっかの虫みたいですっげぇ嫌じゃないか。
僕は苦虫をつぶしたような表情をしている。恐らくそれを見たのだろう、店主がひゃっひゃつと独特の笑い声を上げた。
「実際に『魔香石』がそうした事を発露したという事件はこの世界に過去数多くあると魔術師組合でも研究されているようだが、まぁおたくら魔術師のライバル組織魔女倶楽部で刊行された『ウィッチクラブ 七月号』にも書かれているんで読んでみるが…」
パラパラと本を捲る音が響く。
「…えっと…『魔香石』だが我々魔女倶楽部では、過去、この世界に起こした神の奇蹟――つまり『奇蹟』の影にこの魔石は存在したと考えている。
例えば古代王ダビデの対ゴリアテ戦、ジャンヌダルクの奇蹟、天草四郎の伝説…数を上げればきりがないほど伝えられている人間の奇蹟の側にこの鉱石は関与していたと考えている。恐らく『魔香石』は当人たちの側に長きにわたって存在し、思想や思念を取り込みながら身辺雑貨類等に姿を変えた『魔香石』によって『奇蹟』は具現化されていたと考えている。
そして近年我々はそれを実証するいくつかの実験を世界各地で幾つか行い、まさにその研究結果を報告できるところまで来ているとここに述べたい――」
ほぅ…
魔女倶楽部ではもうそこまで研究結果が…
ん?
えっ??
ちょっと待って
それって、どういうこと??
「つまりこの世界各地で行われた実証実験のひとつが例の事件で、その真相究明の為に君がここに派遣されたんや、分かるか?こだま君」
店主が本をぱたりと閉じた。
閉じると僕を見て、にやりと笑った。
笑うのは良い。
しかし、僕には分からん。
何が分からないか。それは「例の事件」という事件だ。
そいつが何か?
何なんだ?
「わからんか?ほら今まさにこの近所で起きた『事件』やがな」
だからわからんちゅぅねん!!
店主が蜥蜴のように目を細めて首を伸ばす様に立ち上がった。
「こだま君、今朝報道されとったやろ。御堂筋線で起きた遅延事故。中津駅付近の送電用電線が何物かによって切られた事件や。それやがな」
店主の低い声はどこかノイズ混じりに僕の鼓膜を震わせた。
それは今朝聞いていたポッドキャストより音質が悪く、しかし僕を瞬時に緊張させるには十分な重厚な響きがあった。