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中津のテツオ編⑤

 

(5)


 古風堂の店主がどう変なのかと言うと、それを端的に言うならば容姿である。

 僕は横滑りに開くガラス戸を開くと、天井まで届かんばかりに置かれた無数の古書が見えた。そして同時にその古書の奥に小さな明かりを見つけた。

 だが正直、ガラス戸を開いた時、奥の薄暗いランプの橙等のような明かりしか見えない奥へと進もうという勇気はなかった。昼間なのに天井まで届かんばかりに置かれた古書類が光を遮り壁になり、陽の光を奥へと届かそうというのを遮断していて、まるで小さな洞窟(ダンジョン)のようでその奥で小さな橙色の灯が揺れているのだ。…不気味としか言いようがない。

 それだけじゃない、瞬時に僕はその橙色の明かりに浮かび上がる店の主人の容貌を見た。それは頭頂から口までは狭く瞼が薄く目が吊り上がり顎がつきだしているせいか口が伸びて見え、しかしながらその口は目元迄口角が上がっているように見え、それは蜥蜴を正面から見たかのようだった。強いて唯一、主人が人間であるのだという証拠を言えば、知性を示す眼鏡をかけていることだった。それが無ければリアルに魔人かと思った。

 だから僕は真っ先に開いたガラス戸を閉めて振り返って帰ろうと思ったが、

 松本が


 ――じゃぁ急いで中津にある古書店『古風堂』へ行って下さい


 という指令が『呪い(ギアス)』の様に僕の肉体的反射神経と精神を支配してしまっており、だから僕は当然の反応に従うことも無く、つまり後ろを振り返ること無く、古書の乱雑した荒海を手で掻き分ける様に進んだ。

 僕は息が荒くなりつつも積み込まれた古書で狭くなった隙間を進み、店主はというと掻き分けてくる僕を薄い瞼の奥から覗き込む様に観察していたが、やがて僕が掻き分けた手を目前の棚と本の隙間に手を掛けると、ひやっひゃっと奇声を上げる様に笑い、それから言った。

「あんたの事はあの人から聞いてるよ。こだまさんだね」

 ぜいぜぃ息を吐きながら、僕は首を縦に振る。

「いやいやすまんね、土竜の棲み処のような処でね。古書が天井まで積みあがって、見るからに薄暗くて大変なんだが、これでもちゃんと整理されてるだよ。ほら、最初にあんたが手を掛けた手はサルトルの本、それから危うく踏みそうになった本は、デカルト、それから最後に手を掛けたところにあるのはニーチェ、まぁそんな具合に私の頭にはちゃんと整理されて置かれているんだ」

 蜥蜴のような目が薄く伸びる。それが左右に動いているのは僕には分からない。唯薄く伸びているのが精いっぱい分かるだけ。だが薄い瞼の奥に橙色の明かりが照らし出すのが僕に見えた時、不意に影が飛んできて僕の額に当たった。

(いって)ぇ!!」

 思わず僕は手を抑える。手で額を抑えると同時に僕は咄嗟に落ち行く物を手にした。

「おお!ナイスキャッチ」

 ひゃひゃっ!!蜥蜴が笑う。


 何がナイスキャッチだ!!

 手に

 心で罵声を発しながらも、僕は手にしたものを面前に出す。それは分厚い本だった。

「そう、その本。その中に『魔香石(ラビリンストーン)』の事が書かれている。だからそれをお読み。どっかそこら辺を掻き分けて、もし駄目ならどっかの本に腰かけてもいい」

 店主が目配せする。目配せて手にランプを手にして高々と掲げる。

「おお、あそこ良い。少し本が乱雑になっているが…そうそう、ゲーテの本がある、あの場所で腰掛けて読みたまえ」

 主人が顎をしゃくる。

 僕は手にした本を見る。分厚い本だ。新刊ぐらいの厚みがある。それだけで感じた事を僕は素直に言った。

「…あのですね」

「なんや?」

「正直読まないっす。この本」

 僕は手して左右に振る。それを見て店主が渋い表情になる。

「なんで?」

 僕は首を振る。

「だって時間かかるじゃないですか。それにこれ音声コンテンツとか配信していません?」

「音声コンテンツ…配信?」

 蜥蜴が首を伸ばす。

「ええ、そうですよ。今の時代、本なんて読みませんよ。時間がないですからね」

 僕の答えに主人の口が開いた。開いた歯の下で舌がチロチロと動くのが見えた。見えるとその開いた口のまま店主が言った。

「ほんま、今の子は本を読まんのやな…」

 僕は頷く。

 それを見て店主が掲げたランプを静かに自分の手元に引き寄せて、肘を着いた。

「まぁええわ、それなら。貸せ、その本を。噛み砕いて儂が教えてやる」

 そう言われた僕は手にした本をひらりと店主へほうり投げた。

 店主は投げられた本の軌道を見つめる様に瞼を動かしたが、素早く手を繰り出すとそれを瞬時に自分の手元に引いた。

 僕にはその動きがまるで爬虫類がバッタ等を捕食する姿と瓜二つに見えた。


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