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中津のテツオ編①

 ミレニアムロックを封印してから一年が過ぎた。社会人一年生として働きだしたこだま魔術師組合ギルド本部からある指令がスマホアプリ『魔術師のマジシャンズ・アイ』に届く。指令は「南米某国で鉱石を取り出す際、尾鉱に僅かに交じって採掘される魔石--通称『魔香石』がネット販売で世界中に拡散し大きな問題を起こしている為、そのばらまかれた魔石を回収せよ」という内容だった。

 『魔香石』は香りを嗅いだ人間の思念を具象化する自立意思を持った危険な魔石である。

 社会人として働きだして休日の貴重な時間を過ごしたいと願うこだまに降り掛かる災厄のような指令、それを再び彼の師匠でもある大魔術師松本共に動き出す。

 これは『ミレニアムの魔術師』の続編として書いた大阪で生きる人々の悲哀を踏まえた人生哀譚物語短編集です。

 ミレニアムの魔術師短編


『太陽に吊るされた(ハングマン)』:中津のテツオ編



(1)


 僕の前で男は目を剥いて言う。

「いいかぁ、良ぉく聞け!!俺はなぁ、もうこの仕事を物心ついたときからやってるんだ。あ、何?物心?物心っていったらいつの頃だと?そりゃ、社会というのを意識した年頃を言うんだよ。

 そう俺は中学出て高校は行かなかった。何故かだって?俺は片親で育った。片親って言っても母子家庭じゃない、親父と二人きりだ。親父はな、無口な跳び職人だったが、月々の金はちゃんと家に入れてくれた。しかしバブル真っ盛りの中学最後の冬に、高層ビル建築の現場で足踏み外して死んじまった。それから俺はみなしご同然。だから同級生の皆が高校に進学していくのを横目に見ながら、俺はこの中津にある鉄工所に働きだしたんだ。毎晩、真面目に真面目になぁ、

 だが日々の稼ぎは少ない。だが少なくても働かなきゃ、生きて行けねぇ。俺は歯を食いしばり、おうよ!!本当にそうさ、歯を噛みしめ食いしばり、そうしたら本当に歯が全て…いや僅かに前歯は在るが、そのほとんどが抜けちまった。歯医者なんかに一度も行ったことはねぇ、時間がねぇんだ。そんな暇が。もしそんな暇がありゃ、俺は風俗に行き、ひと時の夢に酔いしれた。分かるだろう?汗だらけで歯も無く、髪もぼさぼさの男に町行く綺麗なお姉さんたちが見向いてくれると思うか?えっどうだ、兄ちゃんよ!!

 それでも俺は四十年近く生きて来た。鉄を打つなんて言わねぇが、それでも旋盤を回して数ミリ単位、何ミクロン何て言うレベルで自分の肉体を動かし続けた。分かるか俺の仕事の厳しさって言うのが。ここで造られる部品ていうのは、あの宇宙を飛ぶロケットやお前が手にしているそのスマホに使われている小さな部品になってるんだ。俺はそう思うと少しだけ誇りに思うんだ。この仕事をやっていて良かったなんてな。


 だがな…、

 そんな俺の心が遂に折れちまった。


 在る時、公園で休憩してたんだ。そこに親子連れが居た。愉しく昼の時間を過ごしているようだった。俺はベンチで寝てたんだ。寝てうとうとしていたら俺の身体に何かが当たった。手に取るとそれはボールだった。ボールを手にして起きると急いで近寄ってくる足音が聞こえた。見れば親子連れの子供――女の子だった。それで俺はこのボールがその子の物だと思って手渡そうとしたんだ。その時、女の子の表情が固かったので、俺はにっこりと笑った…つもりだった。女の子は、実に俺の顔を覗き込んで益々表情を変化させると泣き喚いたんだ。俺は驚いた、何もしちゃいない。俺は唯、笑っただけなんだ、だがな、突然女の子は天を突くばかりに泣き喚いたんだ。俺は驚いた。勿論、その子の両親も。驚き鳴く自分の子を助ける様に走り寄って来る姿が見える。やがて鳴き声は辺りに居る人を呼び、昼下がりに公園は人だかりと喧騒に包まれ、やがて警察官も公園に呼ばれる始末の大騒ぎになったんだ。だが本当に、俺は何もしちゃいない。それは皆が分かっていた。分かっていたが、女の子はひきつけを起こす様に唯々俺を見て、泣き喚くばかり。そう女の子は唯、唯、俺の顔が怖くて泣いてしまったんだ。

 ――この俺の顔。

 何十年も鉄粉混じる汗の厳しい労働に明け暮れた俺の人生を映し出した顔を見て、指差して女の子は言った。


 ――妖怪(バケモノ)!!と


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