ウイルター(WILLTER)英雄列伝―奇妙な魚を創る白猫
ウイルター(WILLTER)英雄列伝 英雄の座と神代巫女の中に登場したキャラクター、ミナリの個人短編小説であります。のぞみも登場しましたが、ここでミナリを主人公にさせました。
これは、猫耳を持つ少女・ミナリが、カンザキノゾミに初めて声をかけられたときの話。
聖光学園に入学して間もなく、友だちもまだいなかったミナリは、教室の片隅の席に座って一人、魚を創って遊んでいた。
「この魚、初めて見る魚ですね」
のぞみは、白衣に緋袴という、巫女服を模した私服を着ていた。上着の襟には一年生の心苗であることを示す金属のバッジが光を反射している。
「はいニャー、ミナリが作った魚は特別だニャー」
魚は遊んでほしがるように、のぞみの両手の間を楽しげに泳ぎはじめる。のぞみはイリュージョンでも見たように、不思議そうな、それでいて楽しげな表情で笑った。
「可愛い、ミナリさんも操士なんですよね?」
「そうだニャ、神崎さんも?」
柔らかい笑みを浮かべ、少女は頷いた。そして、好奇心に任せて言葉を紡ぐ。
「そうです、私も操士です。ミナリさんはどうしていつも魚を作るんですか?」
「好きだからニャー」
ミナリは無造作に魚の背を撫で、愛おしむように眺めている。
「そうなんですね。この子には何ができるんですか?」
「この子はメディカルフィッシュだニャー。怪我や病気を治すことができるのニャ」
今でこそ楽しげに笑っているが、ミナリのこれまでは決して平坦な人生ではなかった。
初等学校を卒業し、実家へ帰った日は、彼女にとって大きな人生の転換期となった。母親は病死しており、その報せは、旅立つことを言い残した父の書き置きによって知らされた。初等部で身につけた力を披露しようと、ワクワクに胸を膨らませていたミナリは、その日、突然、孤児になったのだ。
そんな過去が、彼女をメディカルフィッシュの創り手へと育てた。しかし一方では、受け入れがたいほどの喪失感を浴びたあの日以来、ミナリは一度も家に帰ることができないでいる。
のぞみはミナリの両手を取り、深く感じ入ったように言った。
「すごい……。ミナリさん、すごいものを創りましたね」
操士として、創ったものを初めて褒められたミナリは、心にそっと触れられたような喜びを感じて、頬を赤く染めた。
「カンザキさん、ミナリで良いニャー」
「私も、のぞみでかまいませんよ」
その少女の瞳は、冬の夜空のように澄みわたり、明るく光るどの星よりも輝いている。艶々とした栗色の長い髪の毛が風に揺れるたび、心が癒えるような芳しい香りがした。
ミナリは、太陽のように温かい、その柔らかな笑顔をずっと見ていたいような気がする。
それは、ミナリが「心友」という言葉の意味を理解し、「幸せ」に気付いた瞬間だった。
・ ・ ・
十三ヶ月が経ち―
聖光学園―フミンモントル学院
第一カレッジ―プライムクレインタースのキャンパスは、巨大な樹木の、岩のように硬くなった幹と、その根で作られている。そんな学舎の中には、巨大な穴に作られた、訓練施設の空間がある。
訓練施設の中では、窓から差す陽光と、天井に剥き出しになっている水晶石が光源となっている。地下公園のようだと評されるこの巨大な穴の中には、階段があり、草花や木々が植わり、流水と静かな滝の流れが見られ、そして、複数のステージが造られている。
授業中ではあったが、心苗たちはその施設の中で、自由に行動していた。
床の上、元気のない細い尻尾を垂らし、銀髪の中から猫耳を覗かせるその少女は、倒れた柱をベッドのようにして横たわっていた。魚たちが、彼女の周りをきらきらと光っている。四種類の魚たちは、踊るように宙を泳ぐ。
「ミナリちゃん、元気がないみたいね、どうしたの?」
ミナリが仰向けになると、炎のように赤い髪の毛が目に入った。長い長い髪の毛を金色の飾りで細いツインテールにし、地面すれすれまで伸ばすその少女が、ミナリを心配そうに覗きこむ。心配げなその頭の上には、白い毛に覆われ、うさぎのような長い耳と、ワイバーンの翅を持つ生物が留まっている。
「リインちゃん……。のぞみちゃんがいないニャー、さびしいにゃー……」
「そうだよね……。なんだかまだ信じられないけど、本当にハイニオスの心苗になったんだね」
リインにとってものぞみの転校は寂しいできごとだったが、いつも仲良くしていたミナリの気持ちを思うと、切なさにきゅっと胸が締めつけられるような気がする。
「ハイニオスでは毎日バトルがあるって聞くニャー。のぞみちゃん、大丈夫かニャー……」
「……優しいのぞみちゃんなら、きっと乗り越えるよ」
慰めの言葉を聞いても、ミナリの心は晴れなかった。のぞみがいない。その変化に、ミナリはついていけないでいる。リインはミナリの注意を逸らそうと、話題を変えた。
「ミナリちゃん、その魚、新しい子?」
「はいニャー」
「どんな効果があるの?」
ミナリが説明しようとすると、橙色をした、体長5センチほどの魚が二人の間をゆらりと近付いてくる。
「この子は光と熱を持っているのニャー」
「クレム石みたいだね、物を燃やすこともできるの?」
「できるニャー、高温にすれば鉄も溶かせるのニャー」
「それなら探査の旅に便利そうだね。じゃあ、こっちの青い子は?」
リインは、青い体に、黄色の長いヒレを持つ魚を指差す。
「空気中の水分を集めて、物の浄化をするのニャー」
「なるほど。この前作ってたメディカルフィッシュと相性がよさそうだね。この子と、あの子は?」
リインがあとの二種類の魚を指差すと、ミナリは嬉しそうに言った。
「三角の碧い紋様がある子は、空気を圧縮できるから、エアガンになるニャー。使い方を変えればヘアドライヤーにもなるのニャ」
自分の発明を嬉々として発表する研究者のように、ミナリは誇らしげに続ける。
「細長いピカピカの子は、電気エネルギーに転換できて、機元にキスすれば充電もできるニャー」
「どうやったらそんなふうにアイディアが浮かぶの?」
「家事に役立つと思って作ったら、のぞみちゃんとミュラさんに褒められたのニャー」
「そうなんだ」
リインは答えながら、心の中で苦笑いをした。
(これは重症ね……)
のぞみがいない寂しさを払拭しようと話題を変えたのに、結局はのぞみの話題に戻ってしまう。呆れる一方で、リインはミナリがどれほどのぞみを愛しているか、改めて知る。
「その子は、リインちゃんが作ったのかニャー?」
「うん、ポルルって呼んでね。今は幼獣の状態に封印してるけど、死霊でもお化けでも、何でも食べるんだ。それに、ブラックホールみたいに無尽蔵だから、終わりがない。お化け掃除なら任せて!どう?すごいでしょ?」
可愛らしい見た目に反して恐ろしい効果を持つポルルに、ミナリは尻尾を硬く立たせる。
「ミ、ミナリはおいしくないニャ、た、食べないでニャ……」
しゅっとメディカルフィッシュたちが渦を巻いて姿を消し、代わりに大型の魚が数尾、現れる。紺色のその魚たちは、口は剣のように鋭く、尾びれをサメのように伸ばし、背中にはプラズマが走るように高速で流れる、黄色い紋様が入っている。
恫喝するようにポルルを睨むその魚たちは、ミナリが恐怖を感じたときに出てくるようだ。
口先をリインの頭上に据える魚たちの様子に、リインは慌てて説明する。
「ミナリちゃん、怖がらないで!この子、生きているものは食べないから」
ミナリは緊張を保ったままで問う。
「本当かニャ……」
リインは安心させるように、努めて柔らかい笑顔を浮かべた。
「本当だよ」
紺色の魚たちは、背中の紋様の速度を緩め、様子を見ている。
そこへ、一人の心苗が声をかけてきた。
「おーい、次はお前らの番だぞ。誰かがこの迷路の問題を解かない限り、授業が終わらないらしいぜ」
「わかったニャー」
「ありがとう、すぐ行くよ」
二人は返事をして、階段を降り、もっとも底にあるステージへとやってきた。
彼女たちの前には、何でできているのかわからない巨大なキューブが浮かび、その中に迷路が広がっている。キューブの真下に立ち、迷路を見上げてみる。迷路の中にまた小さな迷路があったり、壁の一部が動き、道が狭くなったりしている。
ほかの操士心苗たちは、自分で作ったものを迷路の中に入れ、コントロールする訓練を受けているようだ。
先にミナリの番が来た。ミナリは一尾の魚を迷路の入り口に滑りこませる。すごろくのコマのようなものだ。
「ミナリちゃん、一緒に迷路を解こうよ」
リインは、頭上のポルルを操り、迷路に潜りこませる。
「うん、わかったニャー、一緒に頑張るニャー」
(のぞみちゃんに心配させないように、ミナリは頑張るのニャー。こんな迷路、すぐに解いてみせるニャー!)
ミナリが源気を使い、意識を集中させると、魚は思い通りに迷路を泳いでいく。
これはミナリとのぞみの友情の絆を結びしたシーンであります。また、ミナリの能力と個性も多めに描写しました。
「ウイルター(WILLTER)英雄列伝 英雄の座と神代巫女」で、ミナリは重要なキャラですが、ハイニオス転校篇には、暫く、ミナリの出番がありません。シェアハウスのシーンに多少登場ありますが、能力で戦うことはまた先の話ですので、ミナリの個人短編を特別に書きました。他のメインキャラの個人短編も不定時にアップロードつもりです。
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