きゅう
なにげないぐだぐだ。
今日はいつもの城での時間よりも早めに起床する。そして館のドアの前にすでに届けられた卵とミルクをもって厨房へ向かう。誰に借りたかは忘れたが、この館の本来の主はさすがに料理人までは準備してくれてはいないようだ。
冷蔵室には溶けかけた氷と固そうなパン、ベーコンが一塊しかなかった。これは王族への冒涜か、それともただの準備不足か。まあ、自分の主が最優先なのは決まっている。あの令嬢には我慢していただこう。
浅めの鉄なべに油をしき、卵を割って落とす、つもりだったが卵は空にとどまっている。殻から離れたときの形のままで。
これは術者が近くにいるだろうと踏んで後ろを向くと、案の定戸の影から紫の髪をのぞかせた現皇帝がいらっしゃる。
「そこで何をなさっておいでか。」
一応皇帝なので、声掛けは失礼にならぬように心がけているつもりだが、どれだけ苦々しさが伝わっているだろう。
「別に。帰るって言いに来た。アルには言ってあるが、あの子に3番だと伝えておいて。」
それだけ言って去っていった。多分後には、空をさまよう卵が残されていた。これ、あの人が解除するまで落ちないんだろうか。
卵のことは忘れて別のものを準備することにしよう。
知らない場所ではなかなか寝付けない。長年旅人をやっている者としてはとても迷惑な性質が今晩も働いた。まあ、新しい住居での最初の襲撃の対応とかには役立つんだが。
起床すると、既に日は高く昇り燦然と輝いているのが窓から見える。一応持ってきた騎士団の制服を纏い髪を大体まとめて部屋を出る。廊下を歩いていると殿下が向こうから歩いてくるのが見えた。
「遅いお目覚めだねエル嬢。貴方は早起きなんだと思っていた。」
「異境では眠れぬ性質でしで。」
その言い分にも意外だというように青紫が輝く。まあ、要するに朝からまぶしい。キラキラだ。私が自分の目の安否確認をしていると、殿下が言う。
「じゃあ、朝食を摂りに行こうか。」
「え?私の分あるんですか。」
意外だ。この家は昨夜見回ったところ多くない資源が残されていたというのにあのクロードが私に朝食を作る?え、まあ作るのは殿下ではないのだからクロードだ。え、あのクロード?料理できるのか?
私の頭の中の葛藤を知ってか知らずか殿下は私の手を取ってエスコートする。そうして着いた広間にはクロードがもう既に座っていた。そして心なしか顔が赤い。
「で、ででで殿下、ほ、ほんとに、やったんですか?」
「は?」
この「は?」というのは私の感想である。クロードのキャラ崩壊が朝から激しい。心なしか乙女。しかも「やった」とは何のことか。遣った、殺った、ヤった、エトセトラ。いろいろ想像できるが。
そして殿下はクロードの言い分と自分の認識に何か相違があると気付いたようで、声をかけようとする。
「あー、クロ?別に僕はエル嬢を起こしに部屋まで侵入したわけじゃないよ?」
「は?」
勿論ながらこの「は?」も私の感想である。朝から寝耳に水で、強制的に起こされているように感じる。誰か、この空間に、まともな男を一人ください。
「あー、エル嬢。多分クロードの脳内はそうなっている。という予測のもとこの発言が来たわけで、別に僕がそんなことをしようとかじゃないからね。」
これは殿下の言い訳。えー、別にどうでもいいんだけどね。
ちなみにこの会話の間もしっかり食事はしていらっしゃるお二人。私は胃が少食にできているのでちょっと食べて終わりにしている。
クロードには舌打ちされた。はい、事前に言っておけばよかったですね。いや、昨夜伝えようと思ったんですが、ディナーなかったのよ昨日。殿下と陛下が話し込んでしまったようで。