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乱雑な検査の後、帝国のとある免税店で買った水を片手に王太子殿下は話を始めた。第一印象は箱入りくんだったが、意外と適応している。弟の影響か?かの護衛の男は防聴の魔術具を起動させている。もう、逃げることは許されないようだ。そっと逃げようかと思ったものの、この護衛の男に捕まってしまった。ふん。さすがは王太子殿下のたった一人の護衛、ですかね。
「改めて僕は王国王太子のアランです。今は様もつけずにアルと呼んで。あ、ちなみに護衛のこいつはクロ。」
早速タメなのか。それでいいんだろうか。とても、迅速な対応で懐のうちに入ってしまった気がする。とても。
「アル、さん。頑張ります。えーと、クロさん?も。」
自分の名前についてはあえて言わない。そこまでこちらは踏み込ませたくない。まあ、自分語りが面倒だという気持ちが先走ってちょっと挨拶が雑になってしまった、かもしれない。誤魔化そう。とりあえず握手。握手大事。
「クロードです。殿下、エル嬢に変なこと教えないでください。エル嬢、エリオット様に貴女はお強いと聞いたのですが、如何か。」
「恥ずかしながら私ができるのは簡単な魔法で誤魔化すことだけです。」
「…と言うと?」
「実演した方が早いかと。手合わせ願います。」
変な誤解だ。私は精神は普通よりも立ち直りやすいが、身体的な強さなどたかが知れている。ちょっと胸を借りてこの誤解を解かねば。というかクソガキ。あとで、どうにかしてやる。内心少し焦っている私をよそに、殿下からの注文が付けられる。
「後にして。滞在する家を借りてるから、そこでね。」
へー。通りで王太子殿下ともあろうお方が荷物の一つもなしに護衛一人のみでさまよっているわけだ。生活用品や必要な人員はそちらに揃えさせているのだろう。それにしても。
「帝国内の館とは一体誰名義で借りているのですか?」
帝国内に協力者がいるのだろうか。自国を巻き込む戦争を起こしたいなんて性格破綻者は信用できなさそうだ。私の問いに対する答えは
「えーと、誰だったかな。クロに確認してみようか。」
結局それについてはおかしなことに、未来の国王の身柄の安全を一任されているクロードでさえ、知らなかった。怪しいものだったらどうするのだろうか。
「父からはいろいろ聞いていたはずなんだが、不思議なこともあるんだね。」
王太子殿下は青紫色に輝く瞳を細めて言った。その言葉には、疑いが含められている。自分たちの脳は誰かに、人為的な工作を受けたのではないかと。
「その話も、誰かが借りた家でのほうがよろしいと思われます。」
クロードの提案には私も賛成だ。もし殿下とクロードが工作をされているとしたら、その影響を調べようと工作者は様子を見ているはずだ。同じ魔法使いとしていえることだが。
そもそも記憶に作用する魔法など聞いたことがない。知りたいな。この年になってもまだ新たな魔法の誕生が起こるとは。心が躍る。きっと私が王国でのんびりしている間に帝国で作られたのだろう。今代の皇帝はその座を魔法のみの強さで手にしたと聞く。きっと魔法狂いなのだろう。会って話をしてみたい。もしかしたら彼はその魔法について知っているかもしれない。
そんな私の心を読んだように殿下は零す。
「今代の皇帝は関係ないと思う。彼は新たな魔法より、古代の魔法に期待を寄せている。」
古代の魔法。帝国の使い手は数百年ほど前に途絶えたと言われている。王国は古代の魔法にはあまり関心を持っておらず、帝国より昔に古代の魔法の使い手は居なくなった、もしくは帝国に逃げて行ったと聞いたことがある。そもそも同じ魔法というくくりで古代のものとここ数百年の貴族が使っているものとを考えるのが間違いだと誰か気付きはしないのだろうか。
それとも、自分たちの操る魔法という力がどこから来るのか、なんて議論はもうしないのかな。少し今の知識を集めることが必要になりそうだ。
それにしても、殿下は、皇帝のお考えを知る機会があったのだろうか。教育の賜物、もしくは、交流が、あった?