魔法使いの就職
魔法使いミロワールには、仕事がありませんでした。
何故なら、彼には魔法を使えること以外に、何も出来なかったからなのです。
体格は中肉中背。性格は大人しく目立ちません。平凡な顔立ちに、平凡な緑の眼がついています。日に焼けた顔を縁取るのは、そそけた藁色の髪の毛でした。少しうねっているので、毎朝寝癖を直すのが大変なのでした。
ミロワールは不器用でした。ですから、寝癖が残ってしまう朝も多くありました。かといって、それを笑いに変えられる明るさもないので、年頃の娘さんたちからは、興味を持たれた試しがありません。
ミロワールは、不器用でしたから、職人にはなれませんでした。世間では、不器用なほうが努力するから、職人として大成すると言われます。
でも、気持ちや努力だけでは乗り越えられない程に、ミロワールの指先は言うことを聞いてくれないのです。
ボールは真っ直ぐ飛ばないし、線はガタガタになってしまう。小さな頃は、何をしても、夜遅くまで練習して、ようやくみんなより少し下手なくらいになることばかり。
村祭りでダンスがあれば、それなりに踊れます。動きはぎこちないのですが、輪の中で浮かずに楽しめました。リズム音痴ではないようです。歌も普通に歌えます。ですが、それで生活するには、実力が全く足りません。
ミロワールは、食べることが好きでした。作れる物は限られています。買えるものも、貰える物も、たいしてありません。
けれども、なんでも美味しくいただけるのでした。
ミロワールは、食べていると幸せになりました。とはいえ、それを伝える言葉は、あまり持ち合わせておりません。
ある時、幼馴染みのベロニカに、美味しいクッキーを貰いました。特別な贈り物ではなく、お菓子を習い始めた村の少女達が、同世代の少年全員に配って歩く行事です。
ミロワールも、ベロニカ自身にはそれほど興味がありません。
ですが、ベロニカの焼いたクッキーは、他の誰よりも美味しく出来ていました。
彼女のクッキーは大評判で、次の年には、遠い街まで修行に行くことが決まりました。
村長さんの勧めで受けてみた、街の製菓学校に主席合格したのです。貸与奨学生を狙っていたベロニカでしたが、なんと、特待生に選ばれました。
村を上げての送別会で、ミロワールは、美味しいクッキーの作り手へ惜しみ無い称賛を送りました。
喜びと尊敬が溢れ、ミロワールの拍手から、キラキラと輝く光の粒が四方へと散らばりました。
それは、村ではじめての、魔法使いの誕生でした。
けれども、ほんの小さな輝きでしたので、ミロワールの魔法には、誰も気がつきませんでした。
それからと言うもの、ミロワールは、ひっそりと魔法の練習をしました。
その魔法は、特に何かの役にたつわけでもないので、普段の生活も続けます。家の畑を手伝いながら、静かに暮らしておりました。
一年ほど経つと、光の他にも、色々な事ができるのだと解りました。目立たずに練習しているので、村人は誰も知りません。けれども、ミロワールは、空を飛んだり、透明になったり、変身したり、石を美味しいパンに変えたり、毎日楽しく過ごすようになっていました。
食べることが大好きなミロワールなので、最初は喜んで食べ物を魔法で作りました。
確かに美味しいのです。
物語のように、味がないとか、消えてしまうとかいう不具合はありません。
それでも、ミロワールには、次第に物足りなくなりました。
ミロワール達の村にはベロニカがいたからです。魔法で作る食べ物には、作り手と言う存在が感じられないのです。ミロワールにとっては、魔法で手に入る食事を、ご馳走とは言えなくなりました。
自給自足に近いとはいえ、お金で買う物もあります。ミロワールなら、それこそなんでも出せるのですが、魔法を内緒にしているので、物を買うお金を稼がなくてはなりません。
ミロワールも、もう立派な青年です。両親に頼るばかりではいられないのでした。
(村で出来る仕事は何もないな)
もともと小さな村なのです。仕事はだいたい家業を継ぎます。才能のある子がいれば、弟子入りする場合もありますが。
ミロワールの両親は、農園を営んでいます。どの家にも畑がある村ですが、大きな畑を任されているのは、両親だけでした。
父母の仕事は、体格のよい兄が継ぐと決定済み。ミロワールの仕事は、手伝い程度です。
それでも暮らして行かれるのですが、ミロワールは、なんとなく肩身が狭く、出稼ぎを決意しました。
ベロニカのように、才能を伸ばすために都会へ行く人は稀です。でも、出稼ぎに行く人は、時々いました。ミロワールと同じように、特に出来ることもなく、家の仕事は兄弟が継ぐような若者たちです。
街に出て数日、ミロワールは、パン屋の販売員になりました。ミロワール程度の不器用さでも、無難にこなせる仕事です。
ただ、同僚の少女が並べた棚と、自分が受け持った棚とでは、見映えが少々違いました。
丁寧に並べたつもりでも、同僚のようにきっちり積み上がって美味しそうな山にはなりません。
ミロワールが並べた棚は、ただ置いてあるだけです。
今日も、同僚の積んだパンは早々に売り切れ、ミロワールが重ねた分は売れ行きが鈍いのでした。
がっかりしながら帰路につくと、ふと、本屋の窓から平積みの新刊が見えました。
「魔法入門、これであなたも魔法使い?」
ミロワールは、タイトルを呟きます。
「小説かな」
この世に魔法使いは存在します。ですからミロワールも、自分の力をすんなり受け入れられました。
ただ、魔法は、他の事柄と違って、「習う」と言う習慣がありませんでした。何故なら、魔法は個人個人で全く違うからです。教えようがないのです。
魔法使いはだれでも、ミロワールのように、突然使えるようになり、勝手に練習していつの間にか使いこなします。
ですから、興味本位でその本を開いた時、ミロワールは、小説だろうと思っていたのです。
「ん?なんだ、これは」
本の端書きには、魔法使いが歓迎される職業が、いくつも紹介されていました。どれも解りやすい説明で、具体的に書かれています。
「なになに、重量の魔術師、荷物の軽減以外には使わなかった。うん。目方の誤魔化しは犯罪だからな」
ミロワールは、実在の魔法使いにつけられた二つ名と、その職業を拾い読みしました。ミロワールは、物の重さを自在に操れます。参考になりました。
「ふむふむ、熱の魔術師、レストラン、鍛冶屋、パン屋。なるほど。他の仕事でも便利そうだな」
物の熱さを自由に変化させるのも、ミロワールは得意です。
「どれどれ、鏡の魔術師、様々な虚像を見せる事が可能。サーカス、芝居小屋。街中での使用は禁止。成る程な。変装や幻術も犯罪し放題か」
ミロワールは、虚像どころか実像、実体です。気を付けなければ、不審者として捕まるかもしれません。
「ほうほう、一人の魔法使いが使えるのは、一種類の魔法だけです。ん?」
ミロワールには、そこに書かれたいくつもの魔法を、総て使えます。本には、更に変なことが書いてありました。
「どの魔法を使いたいのか、よく考えてから習得しましょう?一度選んだ魔法を変更することは出来ません?」
ミロワールは、自然に魔法を使えるようになりました。使いたい魔法は選べません。それは、この世界の常識です。
発現した魔法を練習していると、新しい魔法も、いつの間にか増えて行きます。一つしか覚えられないなどとは、初耳でした。
ミロワールは、本を閉じて表紙を確認してみました。著者の名前はありません。奥付けも調べました。やはり、作者が書かれていない本でした。
「ネタ本かな?」
ミロワールは、少し不満に思いながら、本を平積みの山に戻しました。
眉唾な本でしたが、多少の参考にはなりました。
何よりの収穫は、魔法が無意味ではない、と言うことです。
今まで伝え聞いてきた話では、どんな魔法があるか、だけしかわかりませんでした。それが、この本との出会いによって、役に立てる仕事が知れたのです。
実話とは限りません。実録風の嘘と言う事も、充分に考えられます。
それでも、注意点を含めて、ミロワールにとっては大いに参考になりました。
「だけど、パンの陳列に、見映えよく並べる魔法は使いたくないな」
料理の時と同じです。ミロワールは、人の手による作業と、その成果が好きなのです。
これはもう、性分としか言いようがありません。
結局、ミロワールが魔法を活かす仕事を見つけることは出来ませんでした。
ミロワールにとっての魔法は、ちょっとした余暇でした。
熱心に練習した結果、ミロワールは不老不死になってしまいました。
年もとらず、病気もしないと気づいて、そっとパン屋をやめたとき、ミロワールは少し寂しそうな背中で去りました。
けれども、すぐにそんな体質にも慣れてしまい、持ち前の目立たなさを発揮して、世の中に紛れて行きました。
お読みくださりありがとうございました
冬童話2021、2作目です。
1作目は『冬の谷間』です。よろしければ合わせてお楽しみ下さいませ。