静かな少女
森の中、鬱蒼とした木々が並ぶ小川に少女がいた。少女はただ1人で流れゆく川を眺めながら「あの川、その川、流れ着く先どこの川」と一人で歌っている。誰かを待つようにまたナニかを待つように。日が真上から降り注ぐ頃、いくつもの蝉の抜け殻が川上から流れてきた。またそれは彼が来る合図でもあった。少しの後、今度は川下からナニかが流れてきた。
「おじさん!」
それを見た少女がそう言うと水面からそのモノが浮かび上がってきた。それは一見、人のようだがその身が醸し出すものがそれが人でない事をしみじみと表していた。
「お前の歌を聴いていると寝たくても寝れないんだよ。」
おじさんと呼ばれたモノは欠伸をしながら気だるげそうに言った。少女は嬉しそうにおじさんに近づき、話し始めた。
「いつも私が歌っているとおじさんは私に会いに来てくれる。誰にも見向きされなかった私に、たぶんそれが歌でなくても、」
「俺はただ静かに寝たいだけだ。それをお前が邪魔するからこうしてここに来てるだけだ。」
「でも今日みたいにここに来る前にいつもお土産を持ってきてくれる。」
嬉しそうに川端の蝉の抜け殻を拾い上げ、それを見せつける、しかしおじさんは気にしないフリで空を見上げていた。
「それに気になってたんだけどなんでお土産は上から流れてくるのにおじさんは反対の方から来るの?」
それは少女の単純な疑問だった。
「別に俺は反対から来てないただ流れというものに身を任せているだけだ。」
「ながれ?」
「そう流れだ。川の流れでもあり、空気や時の流れでもある。流れは自由でどこまででも行き、行き着く先は様々だ。」
少女は頭を抱え「うーん」と考えてみるも「難しい」と言って足元にあった石を弄り始めた。
「私はどこに流れ着くのかな」
「お前が望むなら俺が連れて行ってやろうか?」
「連れて行って欲しいて思うけど、その反対で怖いって思う………」
「怖い………か…行くのが怖いなら俺が少しだけ見せてやろう」
おじさんが川に手をかざすと川の流れがパッと止まり、あらゆる所から波紋が生じ始めた。そして、それに吸い込まれるように少女は川を見つめた。しばらくすると少女は手に持っていた蝉の抜け殻のを握り潰し、涙を流していた。
「何が見えた?」
「お母さんとお父さんと弟、みんな笑顔で暮らしてた。私はあそこに行けるの?」
「………」
「あの場所に帰れるの?みんな私に気づいてくれるの?1人苦しく生きなくていいの?」
両目に大粒の涙を浮かべて動物のような声で叫んだ。何か大切なことに気づいたかのようにナニかに縋り付くように。
「お前なら大丈夫だ。」
「おじさんには分かるの?助け呼んでもその声が誰にも届かない寂しさを、苦しさを、」
「分からない、分からないがお前を導いてやることは出来る。」
「ならそうしてよ!」
「よかろう」
瞬間、先程まで頭の上にいた太陽は消え大きな月がそこにはあった。
「この道を真っ直ぐいけ」
「嫌!」
「行け」
風のようなナニかの流れが少女の背中を押す、少女はその流れに流され茂みの中に消えていった。
夏になると川で遊ぶ子供が流され、そのまま亡くなる事件がよく起きる。ある村の伝えではそのような子供は水神様がたすれてくれるらしい。