自分の過去と重ねると大体ろくなことにならないよな。
ゆるゆると書いていきますね。
思い返せば、俺はいつも後先考えず無責任な行動をしていた。それを諫める親がいなかったのもあるのかもしれない。もし、両親がいたなら、きっと適切に。真っ当に生命との向き合い方を教えてもらったのかもしれない。
何も食べるものがなくて困り果て、今週が命日になるかもしれないと途方に暮れていたそんな時、路地裏に散乱するゴミの中から弱々しい泣き声が響いていたのを今でも思い出せる。
それは助けを呼ぶか弱い命。目もまともに開いていない白銀の毛並みを持つ子猫だった。
俺は自分の命でさえ責任を取らないのに。想像力に乏しい自分はただ同じ境遇の子猫に同情し、拾い上げてしまった。両の掌から少しはみ出す子猫は風前の灯のような小さな声を上げる。しかし、それは生きようと懸命に声を上げ続けた。
救いたい。
そんな傲慢が俺の胸に広がって。自分の食べ物なんてそっちのけで子猫の餌になりそうなものを探した。そうしてたどり着いたのは森。食べられそうな野草を探して、半日歩き回る。そうして見つけたのは片手の指の数に満たないどんぐりと食べられるかも怪しいきのこ。きのこの端をちぎり子猫の口元に運ぶ。先ほどよりもさらに小さくなった声で「ミィミィ」と鳴く猫に、「食え…食え!」と繰り返す俺。しかし、一向にそれを咀嚼しない子猫。
痺れを切らし無理やり口に詰め込む。子猫は残りわずかな命を振り絞り、俺の善意に全力で抵抗する。
「食べなきゃ…食べなきゃ死んじゃうんだぞ!」
俺は涙を流しながら「食べるんだ…食べるんだよ!」と必死になる。そんな死にかけの二匹のやり取りが森の一角で密かに繰り広げられ。
ついに。
子猫は動かなくなった。どんよりしていた空からは不意にポツリと一粒、滴が落ちてくる。
途端に天候は雨に変わり、その勢いは次第に強くなった。肌に触れる水滴は徐々に体温を奪っていく。また、雨により次第に空気も湿り、涼しさを通り越し寒気を誘発する。
俺は命を落とした子猫が雨水に濡れていく姿をじっと見つめ、「寒いだろ。すぐにあっためるから」とボロボロのクタクタな上着を脱ぎ、それで子猫をくるんだ。
「ごめん…本当にごめん」
俺は何度も何度も謝った。
救いたかった。助けたかった。明日を生きてほしかった。
物心ついた時から孤独だった俺みたいに惨めになってほしくなかった。だから、できることを全力でしたし、頭をフル回転させて救済する術を探った。それでもどうにもできなかった。俺は何でこんなに無力なんだろう。
「自分のことさえ救えないのに。本当、馬鹿みたいだ」
俺はくるんだ服の上から白銀の子猫の亡骸を撫でた。
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「……ワルド」
窓の向こうにはしとしとと数え切れない水滴が落下していくのが見えた。
「オズワルド……」
雨が降ると嫌なことを思い出す。その度に思うのだ。
今ならあの子猫を救える。俺は昔の無力な自分じゃない。多くを学んだ。必要な力はつけたつもりだ。取りこぼさないだけの力を。
「オズワルド!」
ハッ、となった。至近距離の大声に俺は我に帰る。
「どうした。ウェッジ」
「どうしたもこうしたもない。人が名前を呼んでいるのに無視するのはひどいと思うんじゃがぁ」
「ごめん。なんだが、こうして撫でてたら昔を思い出して」
「ちょ、どういうことじゃ?! もしかして儂以外にそ、そういう女の子がいるということか!?」
「そういう女の子ってなんだよ!」
「そ、そういう女の子っていうのは……そ、そういう女の子じゃ!!」
「まず、そういう女の子って何を意味するのか分からないけど違います! 昔、少しペット的なのを飼ってましてね」
「ペット! もしかして儂をペットか何かとでも思っておるのか! ちょっとそれはいくらなんでもヤバイ性癖すぎんか」
俺の膝の上に頭を乗せ、横になっていた色白の少女は腰まで伸びる白銀の髪を豪快になびかせ、一瞬で体を起こした。
「いや、違う違うそんな風には思ってない。確かに動物は好きだし、そりゃバニーガールも大好きだ。でも、ウェッジにバニーガールの衣装を着てほしいとかそんな変態じみたことは考えてないし、ウェッジはうさぎちゃん、ってより子猫ちゃんだとな。だから、俺はな、子猫ちゃんと過ごした日々が今でも忘れられなくて……」
「ちょっとドン引きなんじゃけど…」
俺の弁明を遮る少女はまるで汚物でも見るような蔑みの目を俺に向ける。しかし、その青い双眸と綺麗に整った鼻、小さくキリッと結ばれた唇は例えどんなに嫌悪に歪もうと絶世の美女に変わりないことを十分に伝えてくる。
「違う! そうじゃない! 俺が言いたいのはな!」
俺はガバッと少女の両肩を手を添える。その突然の行動に「ひゃうっ」と恥じらいと困惑の表情を浮かべる少女。
「俺はウェッジを絶対に救い出してみせる」
俺はじっと少女を見つめた。
あの日、救えなかった子猫。その後悔と自身への戒めが、もう二度と失わないようにと俺を苦難でも奮い立たせてくれる。
強い意志を宿した俺の瞳が少女のサファイアのような目を射抜くと少女は頬を赤らめる。
「あ、うん……えっと……ありがとうのぅ」
さらに顔を赤くする少女は先ほどの目の前の青年が自分を必死に守り抜こうと全力で立ち回った逃走劇を思い出し内心、「ちょっとかっこいいんじゃが」と思うが。それを悟られまいと目を伏せる。
そんな彼女のもじもじとした態度に我に帰る。俺は何をしているんだと小っ恥ずかしくなり、その感情が顔を熱くする。触れた手を咄嗟に離し、誤魔化すようにはにかむ。
「まあ、まだ救い出せてないし、ウェッジなしじゃ正直なところ脱出も厳しいんだけどさ…」
ウェッジと呼ばれた銀髪碧眼の少女は首を横に振り、「儂を助けなければよかったと後悔するかもしれんぞ」と意地悪く口元を綻ばせる。
かっこつけてみたものの、現実は越えられない壁のように今も目の前に立ちはだかっている。
非現実的な脱出計画と街中に張り巡らされる監視の目。そう簡単にことが運ばないだろうことは容易に予想できる。それ故に今も焦燥は血液に乗り心臓を打ち鳴らし、鼓動を早めていた。
それでも俺は晴々とした顔でウェッジと話せるのは、彼女を必ず救い出すという覚悟が今も胸に灯るからだ。俺は彼女が好きなことを好きな時に好きなだけできる世界を見せてあげたい。だから。
彼女を抱き寄せ、彼女に、そして自分に言い聞かせるように呟いた。
「止まない雨はないんだよ。続く不幸もない。いずれ幸せは必ずくるから」
俺は彼女の手を取り駆け出したあの時の選択を正解だとは思うが、不正解だとはどう転んでも思わない。むしろ、あの場で手を取らなければ、それこそ一生の後悔になっただろう。我ながら選んだ今に誇りを覚えてすらいる。
俺の胸に顔を埋めた少女は嘆息を漏らす。
「オズワルドの言う通りじゃな。儂は今すごく幸せじゃよ」
少女は俺の心音に耳を傾けながら、少しずつ目を閉じていく。
こんな安息をいつまでも見せてあげたいんだ。俺にできることは全部しよう。あの日、子猫と出会った少年のままではない。
もう俺は無垢じゃない。救いたいものの正義になるためなら、その他の全てを敵に回しても前に進める。悪になれる大人なのだから。
さて、ここで俺がどんな経緯でこの可愛らしい少女を保護したのか。語らなければならないだろう。俺の人生最大難易度の逃亡に至った事の顛末について余すことなく。
それは遡ること1ヶ月前、ある任務でターゲットの邸宅を襲撃したあの夜から始まる。
評価やアドバイスを頂けるのでしたら幸いです。