放課後アフターTOILET
「璃流ちゃん!!トイレが……トイレが喋った!!」
次の授業が始まる間際に、慌てた様子で1人の少女が机に座る璃流の元にやって来た。
「何を言ってるの芳香。つまらない冗談を言うのは止めて席につきなさい」
「えぇ~、冗談じゃ無くて本当なのにー!」
璃流に話しかけた小柄な少女は小林 芳香という名の女生徒だ。
どこか抜けている所があり、話し方や話す内容に彼女独特の世界観を持っている為、周りの人達からは不思議ちゃんや天然な少女と認知されている。
実家は芳香剤を製造していて、芳香と璃流の親同士が仲が良く幼少期の頃からの付き合いである。
芳香は璃流に相手にして貰えず、残念そうに肩を落とし自身の席に戻って行った。
左右で結ばれた髪が歩く度に揺れて、どこか哀愁を感じさせる後ろ姿でもあった。
周りの生徒達は芳香が日頃から突拍子も無い事を言っているので、今回の事も特に気にせずに、またはじまったよぐらいの感覚だった。
その後少しして次の授業の担当の教師がやってきた。
「いよいよ私の悲願が達成される時が来たのね……」
璃流はうっすらと笑いながら、聞き取りにくいぐらいの小さな声で呟いた。
相変わらず校内では透の自殺の話題で持ちきりだった。そして彼を自殺まで追い込んだとして、ボス格の巨格便を筆頭に、日頃からいじめをしていた他のいじめっこ数人達は事情聴取の為に、ここ数日教室に姿を表す回数が少なくなっていた。
クラスメイトが自殺したという重苦しい雰囲気はあるものの、問題児達が居ないだけで教室内の雰囲気は大分良くなっていた。
昨日に引き続き、今日も何事も無く全ての授業が終わり、各々の生徒達が部活に向かったり帰宅をする準備をし始めた。
そんな中、左右で結ばれた髪を揺らしながら小柄な少女が璃流に近づいてくる。
「璃流ちゃ〜ん、一緒にか〜えろ!」
「ごめんなさい、今日は少しやる事があるからまた今度一緒に帰りましょう」
「え〜ここ数日ずっと残ってるじゃん!今日くらい一緒に帰ろうよ〜」
「ごめんね、芳香。ちょっと最近色々とやる事があって……落ち着いたら、また帰りにクレープでも食べに行きましょう」
「今日もダメか〜。けど、その案良いね!あそこのクレープ最近食べれてなかったから行きたい!じゃ残念だけど1人で帰るね」
「ごめんね、また明日」
「ばいばーい!」
2人はお互いに手を振った。そして芳香は1人で帰って行った。
付き合いが長くお互いに部活動は無所属なので、2人は基本的には一緒に下校をする事が多い。
以前から璃流は学園に残って学園業務や様々な部活の手伝いをする事があったので、芳香は璃流がこの後何をする為に残るのか特に気にせずに帰って行った。
「さて……と」
芳香が帰った事を確認し、璃流は目的の場所へと歩き出した。
教室内にいる生徒は彼女だけだった。別れの挨拶を済ませてからある程度の時間が経っていて、学園内にいる生徒も数えるくらいになっていた。
目的の場所までの道のりは遠くなく、歩き出して数分で到着した。
辺り一面を見回し、周囲に人が居ない事を確認し扉を開ける。
扉を開けると、見慣れた光景が視界に広がる。
彼女の目指していた場所は女子トイレだった。
トイレ内は静寂に包まれていた。
どの個室も鍵がかかっておらず、中に人が居ない事を察した璃流は中央の個室の扉を開いた。
個室に入ると彼女は視線を便器に向け問う。
「便器になった気分はどうかしら?須賀君」
便器に向かい喋りかけている異常な光景だった。
先程から周囲に人が居ないか気を付けていたのは、この異常な光景を他人に見られない様にする為だろう。
そして先ほどの彼女の問いに対して、数日前屋上で会話した時に聞こえていた声が、隣の個室から壁越しに聞こえてくる。
「え……その声は理玖詩さん?いるの!?」
「あら?隣の個室なのね」
璃流はそう言うと声が聞こえて来た隣の個室へと移動する。そして個室内に入り目の前の便器を見下ろした。
便器と璃流が対面する構図の中、今はもう聞く事が出来ない声が便器から発せられる。
「やっぱり理玖詩さんだ。一体これはどういう状況なの!?僕は確かに自殺した筈だ……だけど目を覚ましたら便器になってるってどういう事だよ!?どうしてこうなったか、何が何だかわからないよ!!」
便器が喋り出した。
普通なら有り得ない異常な光景だが璃流は臆する事なく、むしろこの状況を楽しみにしていたかの様に微笑した。
「自分が便器になっていると言う事はもう理解しているのね。幸先が良いわ」
「そりゃ何度も目の前にお尻が近づいて来て、何度も肛門が開いてウンコが目の前に落ちてくる光景を目の当たりにすれば、嫌でも自分がどうなってるか分かるよ!!」
「なるほど……と言う事は貴方の目の機能を果たす部分は便器の中側にあると言うことね……」
「え……そうだけど、そうじゃ無いでしょ!この状況は何なの!?理玖詩さん何か知ってるの?」
便器から聞こえる透の声は意外と大きくトイレの外まで聞こえそうなくらいだった。
それを危惧した璃流は言う。
「自分の今の状況が知りたいなら声を抑えなさい。外の時間の経過が分からないでしょうから教えてあげるけど、今は放課後でここは女子トイレの個室。トイレを使う生徒や見回りの教員が前の廊下を通って男の声が聞こえたら、不審者が居ると思って入ってくるでしょう。喋る便器があるなんて他人に知られたら、気味悪がって処分されるわよ」
「た……確かに」
「それに私としても、個室で独り言をずっと喋ってる痛い人間だと他人から思われたく無いわ。気を付けて貰えるかしら」
「分かったよ……ただ僕としても何でこうなったか意味不明だから、君が知っている事があったら説明してくれないか?」
「大丈夫よ、心配しなくても私が知ってる事は教えてあげる」
「ありがとう……」
動く事も無く、ただただ言葉だけが便器から聞こえてくる状況は違和感しかない。
璃流は腕を組み便器の内側を見つめた。
「あなたが今こうしてトイレの便器になっているという事は、死ぬ前に私が上げたオクスリを飲んだのね?」
「あぁ……どうでも良くなって飲んだよ。何か関係あるの?」
「ふふふ、それが成功してあなたは生まれ変わる事に成功したのよ、便器としてね!」
「生まれ変わる?成功?いったいあの薬はなんだったの!?」
「いいわ、教えてあげる。あのオクスリが何の効果があって、何の理由であなたに渡したかもね」
彼女はそう言うと扉に寄りかかり、透の質問に答え始めた。




