開便始発列車 〜便所転生〜
透は普段通り自転車で学園に向かった。
通学路として毎日使っていたこの道も、見慣れた風景も、今日で見るのが最後となる。
ただ、この学園に入ってから友達と一緒に登下校をした事が無かった彼にとっては、何も思い入れの無い道であった。
感傷に浸るわけでも無く進んで行き学園に到着した。
透は自転車を置き、教室へと向かった。
学園の校庭では陸上部に属している生徒達が朝練をしていた。
朝練をしている生徒達は、普段この時間に見る事の無い人に興味を示しつつも、一目見たら視線を逸らし、自身の練習に集中し直してた。
透は都度飛ばされる視線を気にせず進んだ。
校舎内に入り自身の教室に到着する。
朝早い為、誰も居ないと予測していた透であったが、全開のドアから教室内に誰かが居るのが見え、机に座りノートに向かってペンを動かしていた。
その人物は、昨日透といじめっ子の光輝の騒ぎを止めに入り、透の味方になってくれた理玖詩璃流だった。
彼女は教室の入り口に立つ透には気付いて話しかけ、透も言葉を返す。
「おはよう、須賀君。昨日早退したけど体調は大丈夫?」
「大丈夫だよ、昨日は助けに入ってくれてありがとう」
「いやー昨日は本当酷かったわね……ところで今日は朝早いのね。いつもは遅い方なのに」
「あははは……ちょっと今日は早起きし過ぎちゃって……」
「ふふ……わかる。そういう日あるわよね。実は私も」
璃流は少し微笑みながら言った。
学園のマドンナ的存在の彼女と、普通の会話が出来て透は少し嬉しそうにした。そして他の話もしてみたくなったが、会話を広げる術を知らなかったので会話が続く事は無かった。
教室に入り自身の席にたどり着いた透は、席に座り荷物を置いた。バッグの中身は対したものを入れていなかったので持ち運ぶのは容易だった。
透はバッグを置いて席を立ち、教室を出ようとすると瑠流に話しかけられた。
「こんな来て早々、どこに行くの?」
その言葉に対し「お手洗いに行くよ」と透は言って教室を後にした。
教室を出た透は、前日から決めていた自殺方法を実行する為に目的の場所へ向かった。
人が居ない廊下を黙々と進み階段を上り切り、一番上の階に到着する。
目の前の扉の鍵を開けドアノブを回し扉を開けると、屋上の景色が目の前に広がった。
落下防止の為のフェンス以外何も無いこの場所は、普段から透が逃げ隠れする為に使用していた場所でもあった。
透は以前教員から屋上の鍵を借りた時に学校を早退し、業者に複製の鍵を作って貰っていた。後日教員には自宅に間違えて持って帰ってしまったという嘘の理由をつき、事無きを得ていた。
透がここを死に場所として選んだのは、自殺の手段として飛び降り自殺を選択したからだ。
痛みを感じながら死ぬのは嫌だと考えた彼は、最初は練炭自殺なども考えた。しかし、いじめて来た連中にどうしても一矢報いたくて、学園内での死を選んだ。
自身の死が多くの人の目に留まり、いじめの事が明るみになれば、いじめに関わった人間達が世間から必然的に責められて、今後の人生が生きづらくなると思ったからだ。
それが彼の狙いだった。
透はフェンス越しから下を見て高さを確認し、これなら逝けると確信した。
6階建ての校舎の屋上からともなると、かなりの高さだ。
早めに登校した理由は、いじめっ子本人達のの目の前で飛び降り自殺をして、自分の死に様と損傷した遺体を彼らの脳裏に焼き付けさせたかった。
一般的な生徒の登校時間に比べて、普段は遅めに登校する彼らが来るまでにまだ時間がある。
透は地面に座り、今までの事を思い出し感傷に浸りボーッとして時間を過ごしていた時だった。
急に屋上のドアが開く音がした。
透はびっくりしてドアの方に視線を向けると、そこには先ほどまで会話していた璃流の姿があった。
「屋上ははじめてきたわね。だだっ広くて何も無いのね」
そう言いながら彼女は、床に座る透に近づいて来てすぐ隣に来ると、腰を下ろし床に座る。
体育座りをして、璃流は透の顔を覗き込んだ。
「全然トイレと関係無い場所に来てるんだね、何してるの?」
「えっと……休憩かな?っていうか何でここに僕が居るって分かったの?」
「んーとね、直感かな?」
璃流は微笑んでいた。
「最初は私もトイレに行ったんだけど須賀君が居なそうだったから、何処に行ったのか気になって探してたわ。それで初めにここに来たんだけど、1回目からビンゴだったみたいね」
「本当によく分かったね、うちの学校凄く広いのに。まるでGPSを使ったみたいだ」
「ふふっ……なにそれ、するわけないわよ。けどさ、申し訳ないけど須賀君に屋上ってなんか不穏な組み合わせだよね。てっきりここから飛び降りるのかと思ったよ私は。最近いじめがドンドン酷くなってきてるし」
「そうだね……最近は大分エスカレートしてきて僕もしんどいよ」
透は初めからここに来れたと言う璃流を不信感を抱いたが、今更気にしてもしょうがないと思い、気にしない事にした。
そんな事よりも一言も自殺の事を仄かしてないのに、これからしようとしている事を言い当てられて、他人から見た自分は、屋上にいるだけで自殺を連想させてしまうのかと透は思ってしまった。
そして話の流れで彼は質問した。
「理玖詩さんは仮に僕が今ここで自殺をしようとしたらどうする?」
その問いに対し、少女は透の顔を見つめながら即答した。
「私は止めないかな、それで須賀くんが楽になるならね」
彼女なら止めてくれると透は思ってこの質問を問いかけたが、実際はそんな事は無かった。
彼自身も命に関係する事を即答されるとは思わなかったようだ。
璃流は立ち上がり、スカートの裾を払った。
「私、そろそろ教室に戻るわね」
「うん……わかった」
「それと、そう言う話を振ってくるって事は精神的に一杯一杯なんだよね……少しでも楽になれる様にコレあげるわ」
璃流は制服の内ポケットに手を入れ、カプセルが入ったPTPシートを取り出して透に差し出した。
透はそれを受け取った。
「これは?」
「気分がスッキリするオクスリ。本当に自殺をするとしたら、自殺する前に飲むのをオススメするわ」
「いやいや、何それ?飲んだらどうなるの?もっと具体的に教えてよ」
「そうねぇ……信じるかどうかは任せるけど、これを飲むと痛みを感じないまま死ねるの、オマケ付きでね」
「痛みが無くなるの?それにおまけ?」
「そうそう、一時的に身体の痛覚が麻痺させる事が出来るのよ。ただ、オマケが付くかどうかはまだ確証が無いの、現段階ではね」
「なるほど……痛みを感じなくなるのはわかったけど、おまけって結局の所なんなの?」
「それは内緒」
「内緒って……ってかなんでそんな薬を理玖詩さんは持ってるの?」
「ふふふ……言うなって止められているけど、ここだけの話ウチの実家が今度新しく医薬品事業に参入する事を計画していて、そこで取り扱う商品の一部ってところね」
「えっ……凄いね、そうなんだ」
一般的に理玖詩家はトイレのメーカーのイメージが強かったので、医薬品に手を出すと言う事に透は驚いた。
一通りの事を話し終えた彼女は、先程入って来た入り口の方へと歩き出す。
入り口に着くと振り返り透に声をかけた。
「まぁ、騙されたと思って飲んでみてよ」
そう言って璃流は教室へと帰って行った。
透は予想外の出来事に戸惑いながらも、大きく息をついた。
色々と思うところはあったが、考えない様にした。
それから時は過ぎ、次第に学園の生徒達も続々と登校する時間になっていた。
屋上に1人残された透は登校中の生徒に見つからない様に、フェンスの前でしゃがみながら登校する生徒の顔をチェックし、いじめっ子達が来るのを待ち続けた。
彼はその間にさっき璃流から渡された薬を飲んだ。
怪しさもあったが、もうどうにでもなってしまえという気持ちが優ってしまった。
登校時間も終盤に差し掛かった頃、いじめっ子達の姿が見えて来た。
彼らは1人では何も出来ないので、常にいつものいじめを行うメンバーで行動している、校内でも校外でも。そしてそこには、昨日机の上にウンコを置いた疑惑もある光輝の姿もあった。
「来た……」
透は立ち上がり勇気を振り絞り、フェンスをよじ登ってフェンスの外側へと移動した。
登校中の生徒達は、今にも飛び降りそうな気配をした生徒が屋上に現れた事で、ざわつき、騒ぎ始める。
校門にいた教員達も飛び降りようとしている生徒に驚き、何か叫んでいるようだったが透の耳には届かなかった。
「もう引き返せないぞ……今までよく頑張った、お疲れ様……僕」
透はそう呟くと足を一歩踏み出した。
悲鳴や静止するよう叫ぶ声がする中、彼はあっという間に地上へ落下し、見るも無残な姿へと変わり果てた。
学園は大騒ぎになり、生徒や教員達は慌てふためいた。
あまりの惨状に地獄の様な光景だった。
そんな中、教室の窓から現場の様子を眺めている生徒がいた。
「よく頑張ったじゃない……これからが楽しみね」
嬉しそうにそう呟いたのは璃流だった。
それから数日経った頃。
学園はテレビ局の取材が来ていたり、生徒達の話題も透の自殺で持ちきりだった。
そんな慌ただしい日々の中、生きる上で排便排尿は大事なので今日もトイレは沢山の人が出入りする。
授業間の間休みの時間も終わりに差し掛かり、1人の女生徒が急いでトイレの個室に入ってきて用を足そうとスカートと下着を下ろした時の事であった。
「えっ、なにこれ!!お尻??肛門!!??」
急に便器が言葉を発したのであった。