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第七話 メルロー家のかたち

ミランダが意識を取り戻したのは4日目の夕方。西の窓から暖炉にもよく似た夕焼けの光が差し込む、そんな時間だった。

瞼を上げ、1番最初に感じたのは頭痛。

こめかみを押さえながらゆっくりと起き上がったミランダは、自分の記憶を探り始める。

1番最後、鮮明に覚えていたのは父、アルフレッドを自分が深く傷つけたこと。そこからぼんやり、自室に戻ってベッドに行儀悪く倒れ込んだことくらい。


ーで、夕方まで寝てしまった…わけはないわね。


ミランダが眉間に皺を寄せたまま見回した周囲。

枕もとの近くにある、小さなベッドサイドテーブルいっぱいに並べられたのは、水の入った桶、水差しにコップ、そして見舞いのように花瓶に飾られている立派な白い百合。自分の寝ていた場所の近くに、くったりと落ちているタオルは濡れて、人肌の温度に温まっている。さらに、ミランダが自身の体を見下ろせば、そこには着た覚えもないネグリジェが見える。


ー…寝込んでいたのね。


そういえば、ひたすらに熱くて苦しい、真っ白な意識の切れ間で、アルフレッドが泣きながら謝っていたとか、ダニエルが頭に乗せるタオルを替えてくれたとか、臨時の通い侍女であるハンナが水を飲ませてくれたとか、そんな覚えがミランダにはあるような気がした。


「ミランダ様、目を覚まされたのですね」


そこに扉を開け入ってきたハンナが、ほっとした表情をしてミランダに声をかけた。ハンナは白髪混じりの金褐色の髪をきっちりまとめた、いつものエプロン姿をしていた。その手には取り込んだ洗濯であろうミランダのネグリジェが乗っかっている。


「私は、どれぐらい寝ていたの?」


「4日ほどでしょうか。かなり高熱が出ていて、日頃の疲れが出たのだろうとお医者様はおっしゃってましたよ」


ミランダは自分のクローゼットの一角にハンナが洗濯物をしまってくれるのを眺めながら、帰ってきた答えに眉を下げる。


「…ハンナ、ごめんなさい。4日も来させてしまって」


「いいえ、いいんですよ。前にもお伝えしましたが、先月からニックも働きに出たので、我が家にはお世話する必要がある人はもう夫しかいないのです」


ハンナはこの王都の領地の外れギリギリにあるメルロー子爵家の小さな屋敷から、10分ほど離れた小さな町に家族で住んでいる。メルロー家の王都の屋敷は王都領にあるとはいえ、立地上では王都よりもハンナたちの住む町の方が圧倒的に近かったりする。

6年前まではミランダたち一家に家族で仕えてくれていたハンナとその夫のファーガスは、今はその近くの町で商いをしており、たまにメルロー家の人手が足りない時、こうして手伝いに来てくれている。

ミランダと同い年の息子と2つ下の息子がおり、2人はそれぞれベネズット商会と王都の城下町の食堂で働いている。


「それにダニエル様が手が空いているからとお掃除も洗濯も手伝ってくださるので、むしろ私は家の家事より楽させて頂いて、困ってるくらいですわ」


そう言っておっとりと笑いながら、テキパキと動くハンナ。そんなハンナにミランダは困ったように微笑みながら、やはり年齢を感じさせない、若々しい人だなぁと改めて認識していた。

ミランダの母が生きていれば、ハンナは彼女と同い年。元々は王城から母についてきた、王宮侍女であったらしい。


「ということはその間、兄様もベネズット商会には行ってないのね」


「はい、ミランダ様と、あと旦那様も心配でらしたようで」


兄、ダニエルはハンナの長男と同じく、週の大半ベネズット商会に通い、やり手の商人たちに混じって商いを学んでいる。


ーお兄様にも迷惑をかけたのね。それにお父様も…


ただでさえこう言ったことを心配しすぎるアルフレッドと、何かあれば必ず家族を優先するようになったダニエルを思い、ミランダは申し訳ない気持ちになった。


「おふたりに、ミランダ様が起きられたと伝えてきますね」


「えぇ、支度ができたら居間に…いえ、食堂に向かうと伝えてもらえる?」


「かしこまりました」


在りし日の姿を彷彿とさせるようなきちっとした礼をした後、扉の向こうへと姿を消したハンナ。それを見送り、ミランダも少しまだ気怠い体をベッドから下ろし、クローゼットへと近づくのだった。



支度を終え、貴族の食堂とは思えない小さな部屋の扉をミランダは開けた。すると予想通りというべきか、つい数日前を思い起こさせるような泣き顔を晒したアルフレッドが、ミランダの方へと走ってきた。


「ミラ〜」


「ちょっと父さん、ミラは病み上がりなんだから、そんな見境なく突撃しようとしないでください」


しかしその途中で目敏くその動きを察知したダニエルが、アルフレッドの首根っこを捕まえ、飼い犬のリードを引っ張るようにしてその場に止めおく。


「ダン、なんでいつも君は僕に冷たいの?」


「自業自得でしょうが、」


すっかり眉を下げ、拗ねた様子を見せるアルフレッドに、ダニエルは容赦ない冷たい声を返す。


「お父様、」


そんな2人の元にミランダは珍しく、小走りで駆け寄るとそのまま勢いよくアルフレッドに抱きついた。

そして、


「ごめんなさい」


聞こえるか聞こえないか、そんな小さな震える声を、父親の耳元に落とす。

そんなミランダの体をそっと離したアルフレッドはとても困った、情けない顔のまま笑みを浮かべ、その肩を優しく撫でた。


「お前は悪くないよ」


その言葉にキュッと泣きそうな顔をしたミランダ。今度はそんなミランダにどうしたものかとアルフレッドがオロオロと慌て始める。


「…そうだよ、ミランダは何も悪くないよ。無神経で、無遠慮で、どうしようもない父さんが悪いんだから」


そんな2人の様子を見かねたダニエルが、ミランダを父の側から奪い取るように引き寄せ、わざとらしく舌を出しながらアルフレッドを睨みつけた。


「ちょっとっ!そこまで言われると僕へこむんだけどっ」


「事実ですよね?」


「うぅ…ミラ〜、ダンが怖いよ〜」


「ほら、鬱陶しいから泣かないでください。ミラはここ数日何も食べれてなくて空腹なんですよ?さっさと席についてください」


「あっ、そうだねっ!早くご飯食べないとね!」


そんなやりとりの後、一気に泣き顔から子供のようにはしゃいだ様子に変わったアルフレッド。彼はそのまま上機嫌でミランダの手を取り、彼女をいつもの席へと連れて行く。

貴族としてはあり得ない、どちらかというと平民の家でよく見るような、小さな6人がけのダイニングテーブル。そこに父と向かい合い、兄と隣り合うようにして座り、食事を取るのがミランダの日常である。


「ハンナのお料理久しぶりだわ」


そう言っていつも通りに微笑んだミランダに、ハンナはおっとりとした笑みを返した。

皆で食事の前の神へのお祈りを済ませ、和やかに夕食の時間が始まる。

食事の合間にポツポツと挟まる小さな会話。

その話が出たのは、ハンナ特製のポトフを食べ終え、ミランダがほっと一息つきかけた時だった。


「ブライアン様がお見舞いに来ていたよ」


なんともない日々の出来事の報告のように告げられたアルフレッドの言葉に、ミランダは一瞬何を言われたのかわからなかった。


ーブライアン様?


誰だっけ?と思いかけ、一瞬でミランダの脳内を駆け巡ったのはマキューリオ伯爵家での夜会、そしてその翌日、すべての出来事。

ハッとした表情を見せるミランダを宥めるように、アルフレッドはにっこりと笑みを浮かべる。


「大丈夫。申し訳ないと謝ったら、むしろ『私のせいだな…大丈夫なのか?』と心配してくださっていた。ベッドサイドに生けてあった立派なユリも、ブライアン様が届けて下さったものなんだよ?」


何気なくアルフレッドが言っている言葉に申し訳なさを通り越して、恐れ多いとミランダは思った。しかし、そう思っているのは自分だけなのか、全く動揺した様子のない他家族の様子に、今度は思わず引きつった表情を浮かべてしまう。


「なぜお父様もお兄様も平然としてますの?王族の方ですのよ?」


「ん?でも王族だよね?」


「…まぁ、王族だけど」


娘と父息子で、落差のありすぎる反応。

ミランダは自分がおかしいのかと混乱しかけながらも、これからどうするべきかと頭を悩ませる。


「とりあえず、体調が戻ったことと感謝、お詫びを書いた手紙を殿下に送った方がいいかしら」


「うん、そうだね。速達使っていいよ」


「あっ、あと上着もミラの手から渡した方がいいと思ったから渡してないよ〜」


ダニエルの言葉に、そこは渡しておいて欲しかったと思いながら、それでもきちんと対面して感謝と謝罪はするべきだろうと思い直して、ミランダは重たいため息を吐き出す。


ーまたあの瞳と、相対しないといけなのね…


そんな憂いを帯びたミランダの横顔を見ながら、「あっ、ちなみにミラに病弱設定つけといてあげたから」と言い放ったダニエルは、いつものおちゃらけた顔で笑っていた。


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