番外編 ダニエルは見た 〜朝のお茶会事件簿〜
番外編第一弾。
タイトルからお察し、連載中の修正、書き直しの合間で書いたため、作者のふざけたい欲求を押し固めたような、おちゃらけ色の強い話となっております。笑
そこをご留意いただき、気軽にお楽しみください。
○月○日。
商会での仕事が休みだったその日、廊下を歩いていたダニエルは、奇妙な光景を目にした。
「…何してるの、父さん」
応接室の扉をうすーく開け、その隙間から中を窺う不審者、父、アルフレッドの姿である。
もうこの時間は書斎で仕事をを始めているはずの時間なのに何をしているのかと、ため息を吐くダニエルに、アルフレッドは身振り手振りで「静かにっ!ちょっとこっち来て」と、ワタワタとしながらも非常にわかりやすく伝えてくる。
ーなんだ?応接室って…ミラと殿下がお茶会してるだけだろ?
首を傾げ、不審な行動を取り続けるアルフレッドに冷たい目を向けながら、ダニエルは言われた通り声を出さずに扉へ近づき、その隙間をそっと覗いた。
そこには、
『殿下、本日のご予定は大丈夫なのですか?』
『…変わりない。ゆっくりできる』
『………………そうですか』
その後シーンと静まり返る応接室。
ミランダが微笑みを引きつらせ、助けを求めるように視線を揺らし、咄嗟に目に入った手元のティーカップを手に取り、一口。
ブライアンはそんなミランダの様子をじーっと見てるだけで、特に自分から会話を振ろうともしない。
ー…気まずい。
「ねぇ?いつもあんな感じなんだよ?もう少し仲良くなってくれないとつまんないよね?」
少しズレた感想を小声で述べるアルフレッドを無視しつつ、ダニエルは顔を引きつらせる。
ーいや…会いに来てるだけで満足しちゃダメだろ殿下…浮かれてんのか?ミラの顔見ろよ。強張ってるぞ。
そんなことを思っているダニエルの向こうで、ミランダとブライアンの気まずいお茶会は続いていく。
『このお菓子、何処で買われたんですか?』
『…途中通った町だ』
『………………そう、なんですね』
ーこれ、もうしばらくしたら互いに飽きてお茶会しなくなるな。
そんな2人の様子にダニエルはそう結論を出すと、まだ扉にかじりついているアルフレッドを置いて、その場を立ち去った。
○月△日。
自宅でゆっくりするつもりでいたその日、ダニエルは居間の前を通りかかった足を止めた。
ー意外にまだ続いてるんだよな…
もう朝のお茶会文化も終わりを告げるだろうと予想してから早1週間。意外にもまだミランダとブライアンはその日課を続けている。
というのも、たぶん。ミランダが寝不足により超絶不機嫌になったり、その後2人で城下町デートをしたりと色々あって、互いに距離が縮まったのもあるのだろう。
ー流石にもうあんな気まずい空気は流れてないよな?
完全な好奇心から来る出来心。ダニエルはそっと扉の近くににじり寄ると、薄く開けられたままだった居間の入り口の隙間を、もう少し広げて中を覗き込んだ。
『日頃の訓練でも馬に乗られることがあるのですね?』
『あぁ、騎乗訓練だ』
『騎乗ということは…武器は槍ですか?もしくは長剣?あっ、最近はもう銃が主流でしょうか?』
『いろいろだ。…部隊に、弓の名手がいる。そいつは馬を走らせながら、矢を同時に5本、違う方へ飛ばして命中させる』
『それは…ロベルソンみたいですね』
『ロベルソン?……君は、カミュレス戦記を読むのか?』
『はいっ。好きです!特にロベルソンが活躍したブレスタン渓谷の戦いは胸躍るものがありましたっ。あの崖を馬で滑り降りながら、本隊の窮地に駆けつけるカーティス隊の勇姿はもう堪りません!!』
ー…なんだこの会話は。
ダニエルは思わず扉から顔を離し、白目むきたい気持ちになった。
2人が楽しそうに話しているのはいい。だが、なぜその内容がブライアンの軍の訓練とか、カミュレス戦記なのか。まるで2人の会話は同じ軍人同士、もしくは同性の友人が盛り上がるそれのようにしかダニエルには見えなかった。
ーというかミラの趣味、渋くない?
そんな感想を抱きつつも、暫く2人の会話を盗み聞きしたダニエル。しかし、そこから永遠に続くのはカミュレス戦記のどのシーンが好きとか、どの武人が好きとか、そんな無骨な会話ばかり。
ーこの2人。仲良くはなれるけど、絶対友人止まりだろ。
そんな感想を抱きつつダニエルは、ブライアンが帰り支度を始める気配に、そっと扉の前から立ち去った。
□月◎日。
メルロー子爵家は、珍しく社交場に頻繁に顔を出しているので忙しない。そんな日々でも、ミランダとブライアンのお茶会は欠かさず毎日行われていた。
ーミラの様子が最近少し可笑しいんだけど…大丈夫なのかな?
そんな不安から、ついついまた2人のお茶会を覗いたダニエル。その蒼色の瞳には、とんでもない光景が映し出された。
ドレスに黙々と刺繍を続けるミランダ。それを見つめながら、時折紅茶片手に何か本のようなものを読むブライアン。
2人の間には当然、会話はない。
ー何これ?喧嘩中??
見間違いかもと目を擦り、もう一度目を凝らしたダニエル。しかし、そこに映るのは変わらぬ2人の様子。
ー話のネタが尽きた?
今までも度々お茶会の様子を覗いていたダニエルからすれば、当然とも言える懸念。
複雑な表情を浮かべるダニエルの視線の先で、ようやくミランダが顔を上げ、ブライアンに向かって声をかけた。
『ブライアン様、』
ミランダの声にすぐ反応し、そちらを見たブライアン。それに対してミランダは、自身の手にあったピンクベージュに染まったデビュタントの時のドレスを、彼に向かって広げて見せる。
『どう思いますか?差し色入れたいんですけど、いい案が浮かばなくて』
そんなミランダの問いかけに、ブライアンはゆっくり瞬きをひとつ落とし、暫くしてから口を開く。
『クズリの実と葉。鳥を刺繍してあるのなら、合うだろう』
『…紫と淡い緑………確かに。ブライアン様、ありがとうございます』
そこでまたぷつりと終わってしまった2人の会話。満足げな雰囲気が流れている当人達とは違い、ダニエルは全力でそれを内心否定した。
ーいやいやいやいや。可笑しいだろ?確かに今の殿下のアドバイスはセンス良いと思うよ?でもさ、いいのそれで?熟年夫婦じゃないだろ?付き合ってもないだろ?なんかもう少しなんかないの?いいの?
それからもダニエルは最後まで粘って2人の様子を観察していたが、それ以上の会話が為されることはなかった。この仲が良くなったのか、仲が悪くなったのかわからない様子に、ダニエルはひとり密かに、悶々と悩むこととなるのであった。
△月△日。
メルロー家の長年のわだかまりも少しずつ雪溶けを始め、数年ぶりに訪れる穏やかな日々に少し気が抜けたある朝のこと。
朝から暇を持て余していたダニエルは、また出来心でミランダ達のお茶会を覗くことをちゃっかり決めた。
また色気ない堅苦しい話をしてるのだろうと思っていたダニエルの予想に反し、そこに広がる光景は少し以前とは違っていた。
『それで、どうしても本当に青いオレンジが美味しくないのか知りたくて、こっそりひとりで食べてみたんです』
『…どうだった?』
『…苦くて青臭くて、食べたことをすっごく後悔しました。でも、口に入れたのに吐き出すのはなんか負けた気がして、気合で無理やり飲み込みました』
『…そうか』
『でも、そしたら食欲がなくなって、夕飯を食べられなくてですね…少し我が家で騒動になりました。あれ以来変なものに好奇心で手を伸ばしてはいけないと学びました』
『確かに。教訓は大事だな』
話している内容は非常に残念だ。かなり残念で、突っ込みどころだらけのミランダの昔話だ。しかし、それを互いに笑みを浮かべ、恥ずかしそうに、微笑ましそうに話している2人の空気が甘酸っぱいのだ。
ミランダも素直な、年相応な照れた顔で頬を赤らめ、でもブライアンから決して視線は逸らさず話している。心なしか、その声は楽しそうに弾んで聞こえる。
ブライアンはそんなミランダの一挙一動が本当に愛おしいと言いたげで、その瞳の熱を全く隠さなくなった。
ーなんだこれ……なんだこれ?
扉から少し離れ、胸中に浮かんだモヤモヤとした不快感に、ダニエルは無言で胸を抑える。
ー仲良いのはいいんだけど…なんか、ヤダな。
2人が仲を心配し、野次馬をしていた癖に、いざ上手くいきそうになると気に入らない。
ーこれが妹を奪われる兄の気持ち…ってやつか?
そんなことを気がつきながら、ダニエルは面白くなくて、唇を尖らせた。最近ようやくミランダと互いにきちんと向き合って接することができるようになったのだ。仕方ないとはいえ、それと同時に他の家族でもない男と親密になるのは、凄く寂しいし、ずるいと感じてしまう。
ーまぁ、自業自得、なんだけどな。
わかっていてもむくれてしまう、自分の子どもっぽさを内心笑いながら、ダニエルはなんだか2人の会話を見ていたくなくて、そっとその場から離れ始める。
その時、
「ダニエル殿、」
何故か居間から廊下へとわざわざ出てきたブライアン。今まで朝のお茶会中、一度も席を外したことのないブライアンの意外な行動に、背中に声をかけられたダニエルは目を見開く。
「ど、どうされました?殿下、」
それでも咄嗟に人の良い笑みを浮かべたダニエル。そんな彼を、ブライアンはじーっと見つめた後、言葉を選びながら口を開く。
「気になるなら一緒に過ごせばいい。ミランダもきっと喜ぶかと」
相変わらず、言葉が少なく、わかりづらいブライアンの言葉。しかし、さっきまでのダニエルの行動と、今このタイミングでダニエルを追いかけ、わざわざ伝えてきた言葉。示すところは明確だった。
「…失礼する」
羞恥で顔を真っ赤に染め、視線を逸らしたダニエル。そんな彼の様子を気にした様子もなく、ブライアンはそう言葉を残し、居間へと戻っていった。
「…………敵わないな」
そんなダニエルの呟きが、廊下に小さく響いた。
◎月○日。
王宮を騒がせたブライアン王太子の廃嫡並びに、長いこと空席だった辺境伯、そして新たに作られた辺境伯直属の国境防衛軍大将任命のニュースが、一気にブルフェン国内へと広がっていく中、メルロー子爵家の朝のお茶会はいつも通りの穏やかな時間を保っていた。
「…つまり、マクスウェルが管理してたベルナ海に面するヴェルディッテポルタ港含めた、国境に沿うような縦長な領地を収めないといけないことになる」
「ん〜…では中心となる主要都市をひとつにしないで、3箇所くらいに大きな街を分けて、それぞれ運営していくのとかどうでしょう?」
「…悪くないな。私が見回りついでに定期的に各場所に馬を走らせるなら、往復で3日も掛からないだろう」
「あの…もし、ブライアン様が気にしないならですよ?もう領主館とか作らないで、その3つの街をぐるぐる周りながら生活するというのはどうでしょう?私も常々、乗馬を習いたいと思ってて、その……」
そう言ってもじもじと何処か落ち着きなくソファへと座り直すミランダ。そんな彼女を正面に捉えながら、ブライアンはキョトン目を瞬かせたのち、微笑ましそうな、でも少し困ったようなそんな感情が入り混じった笑みを浮かべた。
「それを実行するには色々問題もある。そこらへんも熟考した上で、ひとつの案として検討しよう。…馬は、それが通っても通らなくても教える」
「ーーっ、ありがとうございますっ」
そう言うとふわりと満面の笑みを咲かせるミランダ。そんな彼女の様子にブライアンは目元を淡く染めたが、それでも見逃さないようにじっと視線はミランダに向けたままではにかんだ。
「ところで、」
照れ臭くなったのか、はたまた自然に入って気になってしまったのか、ミランダは一度ブライアンから視線を外し、窓辺のロッキングチェアの方へと顔を向けると、眉を下げ、呆れた口調でその人物に話しかけた。
「なぜお兄様はまた、朝のお茶会に参加してるの?商会に行かない日はいつも居ませんか?何故です?」
若干膨れ面のミランダ。
それもそうだろう。今はブライアンとの貴重な逢瀬だ。しかも、最近のブライアンはなにかと忙しく、この朝のお茶会も毎日開催は難しい状況だ。
会えない時は手紙でやり取りしてるとは言え、ミランダからすれば当然2人っきりの時間をダニエルに邪魔されるのは面白くない。
そんな彼女の気持ちをわかっていながら、ダニエルは暖かで心地よい風を開け放たれた窓から取り込み揺れるカーテン同様に、ロッキングチェアを動かしながら、優雅にその揺れに身を委ね、寛いでいる。
「僕が可愛い妹と少しでも一緒に過ごしたいと思うのは悪いことかなぁ〜?」
「悪いとは言わないけど…夜だって話す機会あるじゃない」
「そんなこと言わないで、ミラ。ミラはあと半年もしたら辺境の地へと行ってしまうんだよ?僕は寂しくて寂しくて、一分一秒妹と時間を共にしたいと思っているだけなんだから」
と、言うのはダニエルの半分の本音、もう半分は、ミランダが日に日にブライアンと親密になる様子が面白くなくて、邪魔したいのだ。そのもう半分の思惑もミランダはきちんとわかっているからこそ、渋い顔をしてダニエルを睨んでいるのだ。
そして、ミランダが懸念してることがもうひとつ。
「そうは言われても、お兄様がここにいるとお父様もまた…「ああっ!!ダン、ずるいよっ!!また、ひとりでお茶会に混ざって。僕もミランダとブライアン君と話したいのに〜」
ミランダが予期したように、風の通りのためと開けられた居間の扉から、アルフレッドが駄々っ子のように乱入してくる。
「遅かったわ…」と項垂れるミランダ、嬉々としてお茶会の輪に加わろうとするアルフレッド。
それを見守るブライアンもどことなく嬉しそうに目尻を下げている。
最近お気に入りの賑やかは我が家の様子に、ダニエルは満足げに笑みを深めた。
ダニエルも早く嫁さん貰えばいいと思う。
(まぁ、作者は全然その相手が絞れないんだけど)
繰り返しのようになってしまいますが、
本当にブクマ、評価、感想、誤字報告等ありがとうございます。
完結後、予想以上にpv数、ptが上がってて、見間違いかと何度見したことか…あはは。
基本、この作者(私)とてもチキンハートなので、その…程々な感じにしといて頂けると大変有難いです(コソッ)
自分の中の評価と差異があり過ぎると心臓が危うい感じになりますので、ほんと程々でお願いします。短編の時はほんと胃痛酷かったんで。
作者としては、皆さんの暇つぶしとして一時の娯楽になるだけで十分嬉しいので。




