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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ギャルゲー世界で人類滅亡を阻止します!

作者: 柊 依央菜



「 さあ、今から三回目の所属隊希望審査を始める。隊員達はどちらかの隊を選択するんだ 」


 近未来的な雰囲気のある白色の無機質な部屋で、口を隠すほどの髭を蓄えた、威厳のある男がそう言った。


 部屋の奥一面はガラス窓になっており、そちらからきらきらと陽光が差している。見えるのは銀色や白色の高い建物が建ち並ぶ未来的で壮観な風景。

 その窓の前に、少し間をあけ横並びに立つ青年が二人いた。


 右の青年は優しい笑顔だがどこか緊張した様子で、その如何にも善良そうな雰囲気からは、彼が人に好かれる男であることが分かる。


 対してもう一方の青年は自信に満ちた佇まいで、まるで隣の男など眼中にないといった風だ。その態度は他者を下に見ているようにもとれ、毛嫌いする人も多いだろう。


 そんな彼らから10メートルほど離れた正面には、十二人の個性豊かな美少女達が立っている。

 みな、二人の青年を見比べながら何かを迷っているようだ。


「 決めないといけないのね⋯⋯ 」

「 私は、どうすれば 」

「 みんな、好きな隊長さんのところに行けば良いんだよ! 」


 だが、私は知っている。

 彼女達はすでに右の青年に心を奪われているという事実を⋯⋯。


 かく言う私もそんな彼女達の中にいる美少女の一人だ。自分で自分を美少女などとのたまうのには抵抗があるが、そういうゲームなのだから仕方がない。

 そう、私にはこの状況によく似たゲームの記憶がある。この男性向け恋愛シミュレーションゲームの記憶が⋯。


 私がそれを思い出したのは一昨年の夏。夏の日差しが眩しい中、庭の花壇に水をやっていた私の周りを飛び回る鬱陶しい蚊を、空中でバシンと叩いた瞬間だ。


 流れ込んでくる別の世界の知識、行ったことのない場所、会ったことの無い家族や友人達、知らない女の子の写真集、そして棚に並ぶ数々の漫画やゲーム。


 私の前世は男子高校生だったようだ。


 そして今はその時にやっていた、いわゆる『 恋愛シミュレーションゲーム 』に似た世界にいる。そのゲームで主人公の攻略対象であった戦闘系美少女として生きているのだ。

 前世の記憶はただの記憶でしかないので、性別が変わってしまったことに対しての抵抗はあまりない。だが、なんとなく性格や仕草が、少し前世に引きずられている自覚が自分でもある。

 記憶が戻った最初の方は自然に男子トイレに入りそうになったり、自分のことを“俺”と言ってしまいそうになったり大変だった。

 自分で言うのもなんだが、記憶を思い出すまでの私はお淑やかに生きてきた黒髪ロング美少女である。周りの人間から体調を心配されてしまい、あの時は焦った。


「 残るは入間(いるま)(かなめ)、君だけだ。自分に相応しいと思う隊長を選ぶんだ 」


 いつの間にか、選んでいないのは私だけになっていた。

 ゲームや漫画に出てくるような、黒い軍服の格好をした体格の良い髭のおじさんが、私に呼びかけてくる。彼は私達の上司にあたる人物だ。


「 入間、他の者はもう決めたぞ 」

「 はい 」


 私は前を向いて歩き出す。他の十一人の美少女達は、みな優しげな右の青年の前に立っている。幸せそうに笑い、雑談なんかを始めている。


 それを見て、左の青年は信じられないといった様子で座り込んでいた。

 一人も自分を選んでいないのだ。そうなるのも当たり前だろう。このまま一人も彼を選ばなかったら、隊として次の戦いに出ることも不可能だ。


 しかし、安心して欲しい。私は貴方を選ぶ。顔が好みだとか、性格に惚れたとか、人として尊敬してるとか、そんな理由ではない。


 私だけでも彼を選ばないと、主人公である右の男と攻略対象以外の──



 ──人類が滅亡してしまうからだ⋯⋯。






────────────⋯⋯⋯⋯






「 何故お前は俺を選んだ? 」


 小さな作戦会議室で、艶やかな金髪に健康的な褐色の肌の彼が私に問い詰めてきた。私だけが自分を選んだことを疑問に思っているようだ。

 先ほどまでの自信はどこかにいったようで、疑心暗鬼に陥ってしまっている。


 彼はこのゲームの主人公のライバル役、⋯⋯正直に言ってしまえば噛ませ犬役だ。華やかなイケメンで金持ちの御曹司、何事も同世代に負けたことがない男。


 だがこの男はこのゲームで主人公に散々負ける。

 

 この世界について少し説明すると、現在発展しすぎた人類達は暴走した神と思われる何かと戦っている。

 前線に立つのは特殊な能力を持つ少女達。そしてそんな彼女達の力を引き上げる力を持つ二人の青年。彼女達と彼等はお互いに絆を深めることにで、より力を発揮する。

 そのため、定期的にあのような隊長選びをやらされる。簡単に言えば自分がより好きな男を選ばされるのだ。


 そしてゲームについて。ゲームでは、攻略対象全員の主人公に対しての好感度が高い状態で敵のボスである神を倒すと、主人公が次の神となることが出来る。

 神となった主人公は、神の暴走の原因であり自分達に戦うことを強要した全ての人類を悪とみなし⋯⋯滅亡させる。

 新しい世界には主人公とヒロイン達だけしか残らない、というエンディングになる。

 それを笑顔で受け入れる主人公達が恐ろしい。

 ゲームファンの間でも賛否両論分かれるエンディングだった。前世の私はハーレム万歳とか考えていたが、今の私はそのエンディングをなんとかして防ぎたいと考えているのだ。


「 まあまあ、そう怒らないでくださいよ。私は自分が力を発揮出来そうな隊長を選んだだけで、何にも企んでなんかいませんから 」


 嘘です。人類滅亡を防ぐためです。


「 怒ってはいない。⋯⋯ただ何故だ。何故お前以外全員あいつを選んだ? 俺は今まで上手くやっていたはずなのに!! 」


 隊長としては完璧だったけれど、日常パートで攻略対象である彼女達を放置したからだと思う。

 戦闘パートより、日常パートの方が好感度上がるから。


「 門松さんって休みの日って何してるんですか? 」

「 なんだいきなり⋯⋯。俺は休日は個人的に身体を鍛えるか、図書館で勉強か、実家で愛犬と遊んでいるな 」

「 真面目か! 彼女達をデートに誘ったりしないんですか!? 」


 私が思わずつっこむと目の前の青年、門松(かどまつ)千里(せんり)は顔を赤くして慌てながら否定してきた。


「 そんな事をするわけがないだろ!! 人類を守るのにそんな、デ、デ、デートなどは必要ない! 」

「 すみません⋯⋯。でも選ばれなかった理由を知りたそうだったから 」


 私の言葉に、彼は驚いたように目を見開いた。


「 何故、隊長に選ばれることと、休日にデ、デートに誘うことが関係しているんだ。おかしいだろ! 」

「 そうかなぁ? 」

「 そうだ!! 」


 千里は敵の資料が並べされた机をバンッと叩いた。そして腕を組んで後ろを向いてしまう。


「 怒りました? 」


 私が様子を伺うと、首を横に向けちらりと目線だけを向けてきた。


「 ⋯⋯お前も、あいつとデートに行ったのか? 」

「 そんな暇ありませんよ。私も自分を鍛えるのに必死でしたから 」


 そう、私は記憶を思い出してからの二年間、自分を鍛えることに集中していた。

 私、入間(いるま)(かなめ)はゲームでは所謂バランス型のパラメーターの持ち主。しかも他のバランス型に比べ、弱い方のバランス型だ。

 好感度上げも簡単なキャラで、チュートリアル担当とまで言われていた。

 初期メンバーにはいるけれど、序盤で外されそれ以降出撃メンバーには選ばれないようなキャラだ。


 だがそんなのは悲しすぎる。そう思った私はこの二年間自分のパラメーターを上げることに力を注いだ。

 この世界にはいくつかの試験や検査を受けると、戦闘の実力を図ることが出来る測定器のような機械がある。私の実家にもその機械があった。

 私はそれですべてのパラメーターが限界値になるまで頑張ったのだ。つまり、今の私は超バランス型になっている。


「 ⋯⋯そういえば、お前は一回目の所属隊希望審査から俺を選んでくれていたな 」

「 そうですね。人類を救うためです 」

「 ⋯⋯そうか、なかなか頭の良い判断だ 」


 千里は耳を赤く染めてまた後ろを向いた。

 照れているところすみませんが、言葉そのままの意味なんです。


「 俺もお前と同じだ。人類を守り、救いたい。そのために俺は神をも敵に回す⋯⋯ 」


 なかなかカッコいいことを言うではないか。この人が主人公でいいんじゃないかな。


「 私もついて行きますよ! 」

「 ああ、ついてこい!! 」


 そのあと私達はトレーニングルームでひたすら真面目に戦闘訓練を行った。

 私達の間に『ラッキーすけべ』何てものは存在はしないのだ。






────────────⋯⋯⋯⋯







 二人きりの訓練が続くある日、私は主人公の隊に引き抜き勝負を挑まれた。

 これはゲームでもあったルールだ。主人公や千里が自分の隊に所属する美少女同士を戦わせ、勝った方が相手の隊に所属する隊員を一人引き抜ける。

 千里の隊員は私だけだ。つまり、私は私が引き抜かれないために頑張らなくてはいけない。理不尽な勝負だ。


「 どういうつもりだ。俺の隊には入間隊員しかいないんだぞ 」


 私を庇うように立ちながら、千里が憤りを隠せずにいる。私が引き抜かれたら、彼の隊から隊員が一人もいなくなるので当たり前だろう。

 一方で勝負を挑んできた主人公、沢波(さわなみ)愛十(あいと)は、私を哀れむような目で見ている。


(かなめ)、君は彼に脅されているんだよね。僕が絶対に助けてあげるよ 」

「 勝手に下の名前で呼ばないでください。それに私は自分の意思で門松隊長を選びました。勘違いしないでください 」


 後ろの美少女達から鋭い視線を浴びつつ、私はきっぱりと沢波に言い放った。

 私の前に立つ千里が感動した様子で振り向いてくる。その目にはうっすらと涙が見えた。

 感動してくれているようだが、理由が『人類を救う為』なので別に千里でなくとも主人公でなければ選んでいたのだ。罪悪感で胸が痛む。


(かなめ)は最初から彼を選んでいたね。それに僕の休日の誘いにも一度も乗ってくれなかった⋯⋯。二年前から君はおかしくなってしまったんだ。僕のことも前は愛十君って名前で呼んでくれていたのに⋯⋯ 」

「 そんな気もしますが、今は関係ないです! 勝負内容を早く言ってください!! 」


 私は主人公である愛十の言葉を遮るように言った。

 それは誤魔化したかったからだ。

 彼の言うことは正しい。私はチュートリアルみたいなキャラと前に述べたが、それは主人公と幼い頃からの友達で既に惚れている設定だったからだ。

 二年前、前世の記憶を得た私は既に友達であった愛十からあからさまに距離を置いた。自分を鍛えることに集中し、彼から遊びに誘われても一切相手をしなかったのだ。怪しまれても仕方がない。人類の為とはいえ、少し後ろめたさもあるにはある。

 だが、記憶を取り戻してから『優しい愛十君』がタチの悪いすけこましにしか見えなくなってしまい、元の友達関係に戻ることはどうしても無理であった。実際、彼には女友達が多く、仲良くするが彼女達からの告白にははっきりと答えず、のらりくらりと躱すということを繰り返している。絆を深める為には仕方のないことなのだろうが、やっぱり何だか嫌だ。


「 今回の勝負は料理対決よ 」


 金髪ポニーテールの美少女が前に出て、私に宣言してくる。彼女は有名飲食チェーン店の社長の娘で、名前は天童(てんどう)礼華(らいか)という。

 彼女は自ら店のメニューを考えるほど料理が上手い。勝ちにきている人選だ。


「 課題は何ですか? 」

「 そうね。あまり難しいのは困るでしょうから。『オムライス』でどうかしら? 」

「 分かりました。今すぐにでも始めましょう 」


 私達は全員で調理室へ向かった。


 現在、私達は政府に用意された建物で暮らしている。実家に帰ったり外出するのは自由だが、絆を深め戦闘能力を上げるために基本はここで暮らさなければならないのだ。

 調理室もこの建物の施設の一つで、前世の学校の家庭科調理室のようなところになっている。

 しかし、調理器具の一つひとつは高級品が揃っており、私には何に使うのか分からないような物も沢山ある。利用者は私達しかいないのに贅沢なものだ。まあ、私達が人類の為に戦っていると考えれば、安いものなのだろうが⋯⋯。


 私と対決相手の礼華は互いにエプロンなどをつけ、料理の準備をする。それぞれ必要な食材や調理器具をテーブルに並べ、その前に立った。


「 では始めましょう 」

「 はい 」


 急遽集められたこの施設の職員三人を審査員として、彼らを前に私達は調理に取りかかる。

 私は千里に見守られながら集中して調理し、オムライスを完成させた。

 対決相手もほぼ同時に完成したようだ。これで効率性の評価は同じになる。

 私は審査員の前にオムライスを並べた。彼らが順番にスプーンで食べる姿を緊張しながら見つめ、結果を大人しく待つ。

 対決相手の礼華は自信満々のようで、主人公愛十の隣で余裕の笑みを浮かべている。

 そんな中、結果の話し合いが終わった審査員の代表が私達の前に立った。


「 二人共、本当に美味しかったです。ありがとうございました。ですが、審査員全員一致で⋯⋯入間さんの勝利です! 」


 勝った。私の勝利だ。


「 そ、そんな! 納得いきません!! 」


 審査結果に納得がいかないと食ってかかる礼華。先ほどと違い、とても焦った様子だ。


「 入間さんの料理は全て程良いのです。卵のかたさもバターの香りもご飯の味付けも、オムライスを極めた人にしか出せない()()()なのです。天童さんのものも大変美味しかったのですが、私には少しバターの風味が強く感じました。入間さんのオムライス、良かったらあなた達も食べてみてください 」


 審査員の代表が私のオムライスを礼華に差し出す。

 それを受け取った礼華がそれを一口くちに入れる。彼女の隣にいた愛十も興味深そうにそれをスプーンで食べた。


「 こ、これは⋯⋯ 」

「 美味しい! 要は料理が出来るようになったんだね。すごく美味しいよ。今度僕の為に作って欲しいな 」


 礼華は言葉をなくし、愛十は驚いたように笑顔を向けてくる。

 愛十のやつめ、私が料理が出来ないと知っていてわざと料理対決にしたくせに⋯⋯白々しい。

 確かにお嬢様である私は記憶を取り戻す前、料理が全くと言っていい程出来なかった。

 しかし、前世の私は男子高校生ながら料理が出来たのだ。共働きの両親の帰宅が遅くなる日など、歳の離れた弟や妹に手料理を作っていたからである。

 そして、私はこのゲームの知識も持っていた。

 つまり、どんな種類の勝負があり、それに対し誰が対決相手となり、どのような課題が出され、審査員はどのようなものが好みなのかを全て知っているのだ。それなので、二年前から課題に出される内容のものに狙いを定め、必死で練習する事も私には可能だった。もちろん、今回の課題であるオムライスも事前に練習済みである。


「 そ、そんな。私は愛十と一緒に戦うって決めたのに⋯⋯ 」


 私に負けた美少女礼華が絶望の気持ちを隠さずに地面に座り込んだ。

 彼女が絶望している理由は、負けた者は相手の隊に入らなければならない決まりだからである。よほど愛十のことが好きなのだろう。

 そんな彼女の姿を見て、千里は眉を顰めた。そして、オムライスの残りを黙々と食べる愛十の方を見ながら口を開く。


「 沢波、俺はこれほど嫌がる女性に無理強いしてまで、自分の隊に入って欲しいとは思わない。彼女は引き続きお前の隊所属でいい 」

「 そんな余裕で良いの? 君には一人でも多く隊員が必要なんじゃないのかな? 」

「 いや、入間隊員とのコンビで連携が取れ始めている。今は二人での訓練に集中したいんだ 」

「 ⋯⋯⋯⋯そう 」


 千里の言葉を聞き、愛十から笑顔が消える。こちらまで寒くなってしまいそうなくらいの冷たい表情だ。


「 あと、同じ隊員に引き抜き勝負を挑めるのは三カ月に一度と決まっている。入間隊員はこちらの大事な隊員だ。彼女を煩わせるような事はしないでもらいたい 」

「 ⋯⋯分かってるよ。彼女を困らせるような事はしない。⋯⋯絶対にね 」


 愛十は『絶対にね』のところで私を見て笑った。背中がぞくりとするようなねっとりとした笑みだ。

 話している相手ではなく、私を見ながら話すのはやめてほしい。最終的に自分の好ましい人類以外を滅亡させるような精神の持ち主だと思うと、あの捕食者のような目が更に怖く感じる。


「 入間隊員、勝負は終わった。さっさと作戦室に向かうぞ 」

「 でも、片付けがまだ⋯⋯ 」

「 それくらい負けた方にやらせればいい。⋯⋯良いだろう? 」


 隊を移動しなくていいと聞いて喜んでいた礼華に千里が問いかけた。

 彼女はこくこくと頷いて片付けを了承している。彼女にとっては千里は恩人のようなものなので、それは当たり前なのだろう。

 私はそれでも片付けをしないのは悪いと思ったが、千里に片腕を引っ張られたので、仕方なく彼と調理室を後にした。



 私達の隊の作戦室の前に着くまで、千里は無言だった。私の腕を握る力は強く、微かに震えている。

 千里はいつもの彼ならあり得ない強さで作戦室の扉を乱暴に開けた。私と一緒に中に入り、扉を閉める。


「 大丈夫ですかって、ひゃわっ!? 」


 心配して声をかけたところ、振り向いた彼にいきなり抱きしめられた。前世でも経験のない状況に私の頭は混乱する。


「 あ、えっと⋯⋯ 」

「 ⋯⋯良かった。あちらに引き抜かれなくて⋯⋯本当に良かった 」


 私を力強く抱きしめる彼の背中は震えている。その怯える背中に、私はそっと手を添えた。


「 私が抜けたら隊は無くなりますからね 」


 名家の出である彼からすれば、自分の隊の解散はプライドが許さないだろう。


「 隊が無くなるより、入間隊員が側からいなくなるのが嫌だった 」

「 なるほど、絆が深まってきた証拠ですね 」

「 ⋯⋯雰囲気の分からないやつだ 」


 千里はそう言うと、少し名残惜しそうに私から手を離した。

 私の体を包んでいた体温が遠ざかり、先ほどより肌寒く感じる。今は冷える時期でもないのに。

 彼は少しの間私を見下ろした後、おどおどした様子で近くの椅子に座った。彼のお気に入りの黒い革張りのチェアだ。作戦室ではいつもそれに座っている。

 一度深呼吸をした後、千里は私の方に視線だけ向けた。頭を少し掻きながら話しかけてくる。


「 入間隊員、今度の俺と休日一緒に出かけないか? 」

「 構いませんけど、どちらに行かれるんですか? 」

「 ⋯⋯ど、どこに行きたい? 」

「 えっ、私が決めるんですか!? 」


 なんだろう。あまり会話が噛み合ってない気がする。てっきり外の施設での訓練かと思ったのだが、彼の反応を見るに違うようだ。この照れ具合はもしかして⋯⋯。

 私は恐る恐る、思いついた考えを彼に言ってみる。


「 もしかして⋯⋯私をデートに誘ってくれているんですか? 」

「 ふぐっ!! ⋯⋯そ、そうだ。悪いか? 」


 千里はビクッと驚いた後、顔を真っ赤にし、上目遣いで自信なさげに私を見てくる。彼は椅子に座り、私は立ったままなので、位置的に上目遣いになるのは仕方のないことなのだが、計算しないでこれなら、彼はかなり天然たらしの才能があるのではないか。

 前世の私なら『男に上目遣いされてもなぁ⋯⋯』と思っていただろうが、今の私は普通に女として彼にどきりとしてしまった。


「 悪くありませんよ。一緒にデートしましょう 」

「 あ、ああ! 行こう! で、どこに行きたい? 」

「 ゆっくり出来て楽しいところ。内容は門松さんが考えてください 」

「 ⋯⋯ふむ、分かった。努力しよう 」


 彼が頑張って考えてくれた内容なら文句は言わない。前世も含めてデートなど初めてなので、今から緊張する。次の休日くらいは人類滅亡のことを忘れて楽しみたい。






────────────⋯⋯⋯⋯







 次の休日になった。休日といっても出動命令があれば現場に行かなければならない。

 今日は一日平和であるよう願いながら、私は待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所である施設の門前に着くと、私服姿の千里が私に軽く手を振ってくれているのが見えた。

 彼の服装は暗い色で纏められたシンプルなコーディネートだが、生地や縫製の質、見た目の上品さを見れば、それらが高級品だと良く分かる。


「 待たせましたか? 」

「 いや、まだ待ち合わせ時間の10分前だ。俺が早く来すぎていただけだな 」

「 門松さんはいつからいたんですか? 」

「 いちじ⋯⋯そんなことはどうでもいい! 行くぞ、ついて来い! 」


 恥ずかしそうに後ろを向いた千里は大股で先に進んでいく。

 私はその背中を小走りに追いかける。すると、目の前の背中が急に止まった。

 私はそのままその背中に顔をぶつけてしまい、振り向いた千里に抗議の視線を向けた。いきなり止まったら危ないではないか。


「 悪い、速かったな。ほらっ 」


 おでこをさする私に、千里は右手を差し出した。

 私はその手と彼の顔を交互に見る。


「 握手ですか? 」

「 違う、迷子にならないように手を繋いでやろうと思っただけだ! 」

「 ふふっ、冗談ですよ。ありがとうございます 」


 私は千里の手をとった。

 彼は満足そうに頷くと、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。

 それがとても嬉しくて、くすぐったくて、私は彼の横顔をちらりと見上げた。前を向いて進む彼の顔は緊張しているようだが、口元はいつもの訓練の時と違い少し緩んでいる。

 そういえば、私は前世で“金髪褐色肌の女の子キャラ”が大好きであった。部屋にフィギュアを飾っていたくらいだ。

 性別は違うが、千里はそれに当てはまるのではないか?

 私は現在、少なからず彼に異性として惹かれている自覚がある。もしかしたら、前世の記憶に影響されてのことなのかもしれない。


「 今日はどこに連れて行ってもらえるんですか? 」「 それなんだが、考えた結果、お前に俺のことをもっと知ってもらおうと思った 」

「 門松さんをもっと知る⋯⋯ですか? 」

「 ああ、退屈かもしれないが我慢してくれ 」


 そう言って千里はある場所に連れて来てくれた。

 いくつかのセキュリティの門を超え、たどり着いたその場所。


「 ここって⋯⋯ 」

「 俺の自宅だ 」


 銀色や白色の近未来的な建物が目立つ中、少し異彩を放ったその水色の建物はあった。周りの建物のように縦に大きいのではなく、横に広く、段になっている屋上には植物が植えられ自然が溢れている。


「 行くぞ 」

「 あ、はい 」


 綺麗な建物を見上げていたら、千里に中に促された。玄関から中に入ると、白色と黒色の大型犬が元気に出迎えてくれる。白色の方は千里の足元に駆け寄り、黒色の方は私を警戒しつつ千里の側に寄っていく。


「 ブロン出迎えありがとう。ギア、その人は俺の⋯⋯大切な人だ。警戒しなくていいぞ 」

「 ワンッ 」


 どうやら白色の犬がブロン、黒色の犬がギアというらしい。私が「よろしくね」と声をかけると、二匹は私に鼻を寄せ挨拶をしてくれる。

 そんな二匹を従えながら、千里は家の奥に歩いていく。

 私はその後を追いかけながらも、気になることがあり彼に声をかけた。


「 あの、ご家族に挨拶をしなくて大丈夫ですか? 」

「 父は仕事で忙しい。神からの攻撃も商売にしてしまうような仕事人間だからな 」


 千里の家は薬品や武器、防衛に関するものなど様々な分野で力を持つ大企業を経営している。神からの攻撃が行われ始めてからも利益を上げ続けているのは、彼の父の手腕によるものなのだろう。

 千里は少し下を向きながら話を続ける。


「 母は⋯⋯一年前の神からの攻撃で大怪我をして、今も最新の設備が揃う病院に入院している 」

「 っ⋯⋯ごめんなさい。話し辛いこと聞いてしまって 」

「 いや、構わない。いつかは話そうと思っていた。⋯⋯こっちだ。来てくれ 」


 そう言って彼が連れて来てくれたのは緑溢れる屋上であった。そこはまるで明るい森のようで、小さな川が流れ、木の枝では小鳥がさえずっている。


「 素敵な場所ですね 」

「 ああ、俺のお気に入りの場所だ 」


 彼は私の手を引き、二人掛けのベンチに促してくれた。二匹の犬はひらけた場所でじゃれ合い遊んでいる。


「 神との戦いが終わったら、防壁の外に家を建てたい。自然に囲まれた、温かみのある木造の家だ。そこで家族と暮らしたい 」


 現在、人々の暮らす場所は特殊な防壁に囲まれたところに限られている。高層の建物が多く密集しているのはそれが原因だ。多くの人が同じ場所に集まり住んでいる。

 防壁の外は自然に溢れているが、神からの攻撃がいつあるか分からず、人類にとっては大変危険な場所になっているのだ。


「 それが、門松さんの夢ですか? 」

「 ああ、絶対に叶えなければならない夢だ 」


 遠い空を眺めていた千里が私の顔をじっと見つめてくる。穏やかで優しい笑顔だ。

 だが、その顔を正面にした私の心情は穏やかではない。胸がどきどきと脈打ち、体が熱い。


「 入間隊員、俺のことは今から名前で呼んでほしい。⋯⋯それで、その⋯⋯お前のことも名前で呼んでいいだろうか? 」

「 えっ、あ、はい! 構いません 」


 そういえば、親しくなった割にまだ名前で呼び合っていなかった。私としては心の中では常に名前呼びをしていたのであまり抵抗はない。


「 ありがとう。⋯⋯要 」

「 はい、千里さん 」


 私達はお互い無言で見つめ合った。そして、自然とお互いの手を取る。

 心臓がうるさい。これはもしかして⋯⋯。


「 ワンッ 」


 鳴き声にはっとして横を向くと、ブロンとギアが不思議そうに首を傾げお座りをしながら私達を見ていた。


「 「 あははっ 」」


 私と千里はその様子を見て、顔を見合わせた後、二人同時に笑ってしまう。可愛い二匹の表情に緊張が解けて、面白くなってしまったのだ。

 その後は門松家の専属料理人による昼食をいただき、午後はブロンとギアと遊びつつ二人で色々な話をした。戦闘や訓練に関する話ばかりで、色気のある話など一切しなかったが、今日一日で確実に私達の仲は深まったと、私は自信を持って言える。それだけ楽しく、充実した一日であった。






────────────⋯⋯⋯⋯






 千里と出掛けた日の夜。私は喉が渇き、施設の自室から談話室に向かった。

 私達はあの後、特に何事もなく、夕食前には施設に帰ってきたのだ。私も実家に用事がある時以外は基本こちらで寝泊まりし生活している。

 普段暮らしているこの施設では、隊員達と絆を深める為の娯楽専用の部屋がいくつかあり、談話室はその中の一つで、好きな飲み物を好きな時に飲むことが出来る場所である。

 この施設には水以外を自室に持ち込めないというルールがあり、基本は談話室で飲みたいものを飲む。これも交流時間を増やし、隊長と隊員の絆を深める為のルールだ。

 私は用意されている飲み物の中からホットミルクを選び、ソファーの一つに腰掛けた。夜遅いからか、周りに他の人はいない。


「 ⋯⋯ふぅ 」


 温かい飲み物で心が落ち着き、他に人がいないので体から力が抜ける。それがいけなかった。


「 隣、座らせてもらうね 」

「 ⋯⋯えっ 」


 静かに私の隣に座ったのは、紛うことなきゲームの主人公、沢波愛十であった。彼もマグカップを持っていることから、飲み物を飲みに談話室に来たのだろう。

 私は突然のことに立ち上がることが出来ない。気を抜いていたせいで、反応が遅れてしまった。


「 今日、門松千里と二人で出掛けたらしいね 」


 愛十は自分のマグカップの中の紅茶を見つめながら、そう声をかけてきた。


「 ⋯⋯確かに千里さんと出掛けましたが、同じ隊の仲間として仲を深めるのは当たり前のことです 」


 私がそう言うと、愛十は紅茶から視線を私に移す。

 その表情はひどく傷ついたもので、私が今までに見たことがないものだった。


「 彼のことは名前で呼ぶんだね 」


 ずきりと私の胸が痛む。

 今の私には愛十に対しての恋愛感情などないはずなのに、彼の切ない表情を見ると涙が出そうなほど苦しい。


「 ⋯⋯沢波さんには、名前で呼んでくれる女性が他にいるでしょう 」


 私はなんとかしぼり出すようにそう口にした。


「 僕だって、好きで他の女性と絆を深めていた訳じゃない! 全部人類の未来の為だった!! 絆を深めないと、彼女達は強くならないから。⋯⋯戦いが終わったら君だけを 」


 激しい感情を剥き出しにしていたが、後半になるにつれ愛十の声は小さくなっていった。


「 つっ⋯⋯ごめん。これを今の君に言っても仕方なかったね。⋯⋯でも、駄目だ。もう無理だよ。彼女達にもこれ以上は嘘をつけない。はっきりさせないと、また君を失ってしまう。⋯⋯もう、僕は君を失いたくない 」

「 沢波さん? 」


 様子のおかしい愛十に、私の心は落ち着かない。弱っている彼を、無性に慰めてあげたくなる。抱きしめて、支えてあげたくなる。


 私はおかしくなってしまったのだろうか?


 今日、千里と絆を深めより親しくなり、彼に対して愛しいという気持ちを自覚したはずなのに、何故目の前の愛十に対してもこのような感情を持ってしまうのか。

 これでは私は、浮気者の最低な女だ。


「 要、混乱させてごめんね。僕は明日から隊員一人一人に誠意を持って自分の気持ちを話すよ。彼女達とは、隊長と隊員以上の関係にはなる気はないことを、はっきりと伝える。それによって、これまでの絆が崩れて隊が機能しなくなって、要や門松千里に迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、僕はもう自分を偽ることが出来ないから⋯⋯ 」


 愛十はそう言うと、私の頭を愛しそうに一度撫で、一人談話室を出て行く。


 私はただ、その姿を黙って見送ることしか出来なかった。





────────────⋯⋯⋯⋯






 次の日、愛十の隊は一気に統制を失った。


 愛十が隊員一人一人に、恋愛感情がないことを打ち明けようだ。

 少女達の反応は様々であった。傷つき泣く者、落ち込み悩む者、逆にすっきりと晴れやかな表情の者。


 その後も何度か神との戦いはあったが、愛十の隊が失った統制力を取り戻すことはなかった。隊長である愛十自身にそのつもりが無いのだから当然なのだろう。

 一方、千里の方も私以外の隊員を望んでいないようで、他の美少女達と親しくなろうとはしなかった。長い時間二人だけで訓練を積んだ為、私達の連携と絆は他の隊員が必要ないほど強化されていたのだ。


 結果、ゲームでは最終決戦となる戦いに、私と千里は二人で挑むことになってしまった。


「 要、何故か分からないけれど、俺は今日の戦いが最後になる気がする 」

「 千里さん⋯⋯ 」


 彼も肌で感じ取っているのだろう。この戦いが人類を救う最後の戦いになるのだと。


 神の攻撃は10年程前から始まった。


 ある日突然、小さな町の上空に現れた白く光る球体は、一日でその町を破壊し尽くした。

 攻撃方法はなんの変哲も無い石。無数の石が町に降り注いだけで、何百人もの犠牲者が出た。

 人々はそれを神の攻撃と呼んだ。

 それからも一定の期間毎に神からの攻撃が行われた。回数を重ねていくと、その見た目、攻撃の方法や威力も変えていった。

 見た目は、肉塊から段々と衣服を着た人型へと変わり。最近では装甲を纏った戦車や戦闘機になることもある。それはまるで、人類の進化を表しているように変わっていった。

 攻撃方法は、火による攻撃や刃物による攻撃に変わり、次第に銃火器や爆発物による攻撃になっていった。日々、人類の暴力の歴史を追うかのように進化していっている。

 平和な日常がある日突然壊される現実は、人々を深い恐怖に陥れた。

 そんな中、政府は人々を守る為、特殊な防壁に囲まれた領域に移住させることを決定した。

 それと同時に、以前から発見されていた特殊な力を持った少年少女を神との戦いに向かわせることも決まる。彼女達の力を使えば、未だ出現したまま、その場所を攻撃し続ける神の化身を破壊することが可能だと発覚したからだ。


 私達は人々の平和への願いと、10代には重過ぎる責任を強制的に背負わされ、日々戦いに向かっている。

 

 だが、これが最後の戦いになる。私はそれを知っている。


 防壁に囲まれた都市の上空に現れた、銀色の装甲を纏った人型。

 それは現在、人々を守る特殊な防壁を破壊しようと、強力な攻撃を何度も繰り返している。防壁に守られていない場所は破壊され、爆炎や砂煙が舞っている。


「 要、次の攻撃でやつの右腹の装甲が弱まる。そこがチャンスだ 」

「 了解です、隊長! 」


 千里の優れた分析能力と念話による指示のもと、私は宙に浮きながら確実に人型の弱点を攻撃していく。今の私は超バランス型戦闘少女だ。無敵の精神でやってやる。

 私の重い一撃は人型の右腹部に直撃した。

 ぐらりと人型の体が揺れ、そのまま吹き飛ぶ。


「 ⋯⋯やった? 」

「 まだだ、油断するな! 形態を変化させている⋯⋯この形は、要!? 」

「 私⋯⋯? 」


 人型は少女のシルエットを形作り、鏡に写ったように私にそっくりな顔で笑った。

 自分と戦うなんてバトルものでありがちな展開だけど、いざ目の前にするとやり辛さがよく分かる。嫌な気しかしない。

 人型が私に向かって両手を向けてきた。その手に見えない力が溜まっていっていく。


「 大きいのがくる。要、避けろっ!! 」

「 駄目です! 私が受け止めないと、防壁を破壊されてしまいます!! 」


 私は正面の人型から発せられる衝撃波による攻撃を、全身で受け止める為に構えた。


「 要、無茶をするな! ⋯⋯くそっ 」


 焦ったような声で千里からの念話が途絶えた。

 人型が私に向かって攻撃を放った瞬間、私は後ろから暖かな何かに包まれるのを感じる。


「 最後まで一緒だ⋯⋯ 」

「 千里さん⋯⋯ 」

 

 危険だと分かっていながら、千里は私の元に駆けつけてくれた。私達は二人一緒に白い光の攻撃を受ける。

 痛みは感じない。むしろ、このエネルギーを自分達のものとして取り込んでいるような感覚になる。

 千里も同じ感覚なのか、私の顔を見て頷いた。


「 「 これが最後の戦い 」 」


 二人の声が合わさったと同時に、私達は人型に向かい両手を掲げた。先ほどの攻撃が更に威力を高め、一直線に人型へと向かっていく。


 人型は防ごうと体を構えたが、想定以上の強さだったのか、全く対応出来ずに、一瞬で消滅した。


「 反応が消えた。これで、終わっ⋯⋯ぐっ!! 」

「 千里さん!? 」


 戦いが終わったというのに、千里が突然苦しそうに胸を押さえた。

 私はすぐに彼の体を支える。

 もしかして、先ほどの攻撃で怪我をしただろうか。とても心配だ。


「 彼は大丈夫だよ。ただ急に手に入れた力に身体がついていけず、そうなっているだけ。次第に慣れてくるから安心して 」


 背後から聞こえてきた声に、私の体はびくりと反応をする。静かに振り向くと、先ほどの攻撃で未だ砂煙が止んでいない破壊された大地を、一人の青年が歩いてくるのが見える。


 それは真剣な表情をした沢波愛十であった。


「 神は人類に怒っていた訳ではないんだ。ただ、時が経ち過ぎただけ、それだけなんだよ 」


 突然現れ、要領の得ない発言をする愛十に、千里は痛みに耐えながらも困惑しているようだ。


「 どういうことだ。沢波、お前は何が言いたい? 」

「 どれだけ長く使える物にも限界がある。賢い人なら壊れる前に新しい物に取り替えるよね。僕達はその取り替え品なんだよ。門松千里君 」

「 取り替え品だと⋯⋯ 」

「 うん。僕達は次の神になる為に生まれてきた取り替え品。まあ、人類が神って呼んでいるだけで、実際はこの星の調律師みたいなものなんだけど 」


 愛十は話しながらもゆっくりと私達に近づいてくる。


「 沢波さん、あなたは一体何を知っているんですか? 」


 私の問いかけに、愛十は切なそうな表情になった。


「 愛十君って、名前で呼んでくれないんだね。僕は君に会いたくて、やり直したのに 」

「 やり⋯⋯直した⋯⋯? 」

「 そうだよ。僕はやり直した。君が死なないように⋯⋯一度神になってやり直した 」


 私と千里は驚愕の表情で愛十を見る。

 一度神になったとは、どういう意味なのだろう?

 いや、そのままの意味なのだろう。つまり彼は一度神を倒し、次の神になり、なんらかの方法で過去に戻った。そういうことなのだろうか。

 神が存在する世界だ。あり得ない話ではない。


「 僕が元々いた未来では、最後の戦いの時、要は僕を庇って⋯⋯亡くなった。その後、戦いに勝利した僕は人類が神と呼んでいたものの力を得た。その力を使って、過去を見て、そこで初めて僕は彼女の想いを知ったんだ 」


 愛十は私を見て、ゆっくりと思い出すように話を続ける。


「 ⋯⋯要は、彼女は、常に僕のことだけを考えてくれていた。だけど、見返りなんて求めなくて、僕の幸せだけをずっと願ってくれていたんだ。彼女が僕のことを好きなことには、薄々気づいてはいたけれど、僕はとにかく他の子達との絆を深めて強くなり、人類を救うことを一番に考えていた。だから僕は、彼女の気持ちには気づいていないふりをしていた。彼女を失って、僕はそれをひどく後悔したよ。あの時、もっと早く要の気持ちを真剣に受け止めてあげていればと、自分を責めた 」


 愛十は今にも泣きそうな表情で続ける。


「 僕が神になったことで、再び世界の調律が保たれ、人類に平和が訪れた。破壊された町や都市は復興され、人々は生まれ育った土地に帰り、元の日常へと戻っていく。人類みんながそれに喜んでいる中、僕は要がいないという事実に絶望した。彼女がいないのに未来は続いていく。ひどい恐怖だったよ。それまで数々の恐ろしい存在と戦ってきたけれど、そんなものは比べものにならないくらいの恐怖だった⋯⋯ 」


 顔色が悪くなった愛十が、自分を抱きしめ震えている。その時味わった恐怖を思い出しているのだろう。


「 だから僕は要を生き返らせようとした。人類が神と呼ぶ存在になったんだ。それくらい出来ると思った。⋯⋯でも、出来なかった。彼女の魂は既に綺麗に再生し直されて、別の世界で生まれ変わっていたんだ 」

「 ⋯⋯えっ 」


 私の背筋に嫌な汗が流れる。私には、もしやと思う心あたりがあったからだ。


「 要、君はある世界で男性として生まれ変わっていた。そんな君をまたこちらの世界に呼び戻す為に、僕は時間を巻き戻すことにしたんだ。僕がまだ神になる前の時間に⋯⋯。でも、完全には前と同じではなかった。⋯⋯もしかして、君には他の世界の記憶があるんじゃないかな? 君は明らかに僕が元いた未来の要とは違うから。やっぱり、一度他の世界で再生すると、魂は完全に元には戻らないんだね。まさか、君が僕以外の男、門松千里を好きになるなんて思わなかったよ 」


 悲しそうな表情から変わって、笑顔になった愛十がゆっくりと私達に近づいてくる。


 千里は私を後ろに隠しながら、愛十を警戒しているようだ。一度に色々なことを告げられ、頭が混乱しているのだろう。


 だが、私の頭は不思議なことに、全く混乱していなかった。愛十の言葉が、全てすんなりと頭に入ってきたのだ。


 私の魂は、確かに愛十のいう未来で一度この世界を離れ、この世界そっくりのゲームが存在する世界に生まれ変わった。そこで前世のことなどすっかり忘れ、普通の男子高校生として生きていたのだ。

 しかし、愛十が神の力を使って無理矢理時間を巻き戻したことで、私の魂はその生まれ変わった魂のまま引き戻された。

 それが二年前のあの時なのだろう。

 私は過去の記憶を思い出したのではなく、複雑なことに、魂が再生された未来の記憶を持ったまま過去に戻ってきたのだ。つまり、今まで前世だと思っていた記憶は、実は来世のものだった。

 今の私は、再生された人格と過去の人格が溶け合い混ざり合った人格で出来ている。なので、現在の千里を大切に想う気持ちも、過去の愛十を何よりも大切に想っていた気持ちも、両方とも確かに本物なのだ。

 どっちつかずな浮気な自分が嫌だったが、まさか魂に刻まれたものだったとは⋯⋯。

 

「 門松千里、君はこの世界で神に勝ち、次の神になった。でもね、僕も過去に戻ったからといって神の力は失っていないんだ。つまり、今この世界には神⋯⋯星の調律師が二人いることになる。これは僕も予想していなかった事態だよ 」

「 ⋯⋯俺を殺す気か? 」

「 いいや、そんなことをしたら要が悲しむし、僕自身にとっても不利益だ。僕にとって要の幸せが一番の優先事項で、だから今度こそ要を幸せにする為に時間を戻した。そのせいでこの世界が少し混乱したけれど、結果的には良かったよ。調律師が二人いればその分一人の負担が減るから 」


 愛十はあっさりとした口調でそう言う。

 深刻そうに聞いていた千里は、愛十の心理が読み取れずに戸惑っているようだ。しかし、愛十の話自体は信じていることが、一緒に過ごしてきた私には分かる。


「 ねぇ、要、僕は君を諦めないよ。要が今、門松千里君を大切に想っていることは知ってる。でもね、君が命をかけて守るくらい、僕のことを大切に想ってくれていたことも知ってるんだ。今でもその気持ちが残っているって、僕は信じてる⋯⋯ 」

「 ま、待ってくれ。俺だって要を譲るつもりはない。過去や前の未来なんて関係ない。俺は今、目の前にいる要のことが好きなんだ。これからも一緒にいて欲しいし、一緒にいてあげたい。俺にとっても要がいない未来なんて⋯⋯救った意味がないんだ! 」


 千里と愛十が私を見ている。


「 もう、僕をおいて行かないで。要 」

「 頼む、俺の家族になってくれ。要 」


 二人が横に並び、それぞれが私に向かって片手を差し出してくる。

 まるで、最後の⋯⋯私だけの所属隊希望審査をやらされている気分になる。

 私は選ばないといけない。きちんと、新しい未来に進んでいかないと⋯⋯。


 心を決めると、私は自分の手を差し出した。





────────────⋯⋯⋯⋯






「 おかあさん。たけとにいちゃん、またおべんとうわすれてるよ 」


 四歳の少女が、青色の布袋に入ったお弁当を見ながら私に言った。


「 うわぁ、本当だ。またあの子は⋯⋯ 」

「 大丈夫、私が持っていってあげるから 」


 中学生になったばかりの少女が、自分の桃色のお弁当袋と一緒に青色のお弁当袋を持ち上げる。


「 ありがとう、文奈(あやな)。すごく助かる 」


 私がお礼を言うと、お弁当袋を持った少女、文奈はにこっと可愛く笑う。


武十(たけと)兄のクラスの人優しいから、私がお弁当届けに行くといっつもお菓子とかくれるの 」

「 おい、それ男じゃないだろーな!? 」


 食卓でコーヒーを飲んでいた男性、私の夫である千里が、学校に行く準備をしている文奈に強めに問いかけた。


「 女の先輩も男の先輩もいるよ。でも後輩かつ武十兄の妹だから、可愛がってもらってるだけ 」

「 うーむ、それなら良いが、油断するなよ。文奈は可愛いからな 」

「 お父さんは心配しすぎ 」


 文奈はそう言うと、鞄を持ち玄関に向かおうと廊下に歩みを進める。

 その時、廊下にある階段の上から一人の男性が下りてきた。男性の腕には一歳になる赤ん坊が抱かれており、彼の胸に全身を預け安心して眠っている。


「 パパ、おはよう 」

「 おはよう、文奈 」

「 それと⋯⋯(いこい)君は⋯⋯まだおねむか。今日も可愛いなぁ。じゃっ、可愛い寝顔を見て元気も充電出来たし、学校行ってきます! 」

「 ふふ、行ってらっしゃい。先生に迷惑かけないようにね 」

「 そんな問題児じゃないよ、もうっ! 」


 文奈は抗議をしながらも元気に玄関を出て行く。

 優しい笑顔でその姿を見送った男性、私の夫である愛十はそのまま食卓にやって来た。そして、赤ん坊を抱いたまま慣れたように千里の横に座る。


「 おはよう、千里 」

「 おはよう、愛十。コーヒー出来てるぞ 」

「 今朝はオレンジジュースの気分かな 」

「 わがままなやつめ 」


 最新のディスプレイ端末でニュースを確認していた千里が、隣の愛十に呆れた目を向ける。

 愛十の方はにやけており、このやりとりを面白がっているのが分かる。


「 はい、パパ。オレンジジュース 」


 先ほどに武十のお弁当忘れに気づいた少女、(あかり)が、とてとてとオレンジジュースの入ったコップを愛十の元に持ってきた。


「 ありがとう燈。⋯⋯うん、燈が持ってきてくれたオレンジジュースは世界一の味だよ 」

「 それ、お店に売ってるやつだよ! 」

「 燈が運ぶと味が変わるんだよ 」

「 ほへー! 私、すごい! 」

「 ふふふ 」


 私の夫はどちらも子供達に甘々だ。最初はそれで子供達がわがままに成長したらと不安だったが、叱る時はきちんと叱ってくれるので今は安心している。


 そう、私には夫が二人いるのだ。


 あれから十五年の月日が経ち、私は子供を六人授かった。長男武十、長女文奈、次女(かなで)、次男海里(かいり)、三女燈、三男憩。武十、奏、憩の父親は愛十で、文奈、海里、燈の父親は千里だが、二人とも血の繋がりは関係なく子供達には父親として接してくれている。


 私は選んだのだ。二人を。二人と一緒になることを⋯⋯。

 男子高校生として過ごしていた日本の倫理観から考えれば、いけないことなのは分かっている。だが、私と私の魂が二人を選んだ。そのことに後悔は全くしていない。


「 見て、お母さん。花鈴ちゃんのパパが出てるよ 」


 燈が千里の持っているディスプレイ端末を見ながらそう言った。


「 礼華さんの旦那さんかぁ。新曲の発表みたいだね 」


 私が料理対決をした金髪ポニーテールの美少女、礼華。彼女は最後の戦いの後、有名な男性歌手と結婚し、忙しいが幸せな家庭を築いている。

 私と彼女は今では子供達も含め一緒に食事会をする仲だ。


「 あの夫婦の長男、絶対文奈に気があるだろう。この間、俺の実家であったパーティーで、こっそり文奈にプレゼントを送っているのを見たぞ。全く油断も隙もない 」


 千里はぶつぶつ言いながらコーヒーを飲む。

 そんな彼に、愛十が胸で眠る憩を撫でながら口を挟んだ。


「 彼はなかなか誠実な少年だし、マナーに厳しい千里のお母様も気に入っているくらいだ。文奈も嫌がってないし、心配しすぎだよ 」

「 もし、文奈が泣かされたら? 」

「 消す 」


 愛十の一言に私はひやりとした。こう見えて、彼らは神に等しい力を持っているのだ。冗談が冗談にならない。

 私は慌てて二人の前に出来立てのオムライスを置いた。


「 二人とも、そんなこと物騒な事言ってないで、朝ごはんを食べてください。オムライスが冷めちゃいますよ 」


 私の言葉を聞くと、千里はディスプレイ端末をしまい、愛十は抱いていた憩をベビーベッドに寝かせた。

 そして、二人とも急いで食卓の椅子に座り直す。

 燈も子供専用の椅子に座って、これまた子供専用スプーンを持った。

 ちなみに武十と文奈は中学校に、奏と海里は小学校に、それぞれ先に朝食をとって行っている。


「「「 いただきます 」」」


 手を合わせ、みんなで私の得意料理であるオムライスを頬張る。我ながら朝からでも食べれてしまうくらいの美味しさだ。


「 おいしー! 」

「 うむ美味い、要の料理は世界一だな 」

「 うん、僕はこんな料理を毎日食べられて、本当に幸せだよ 」

「 ⋯⋯ありがとう、みんな。私も幸せです 」


 料理を褒めちぎる家族に少し照れながら、私は今の幸せを噛みしめたのであった。



お読みいただきありがとうございました。





挿絵(By みてみん)

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