2045年以後の世界
まだR15系の話はぜんぜんありません。もし書き続ければ、そこまでいくかもしれません。
生きている意味は、遺伝子にある。みんなそうだったし僕もそうしてる。この情報化社会が行くだけ行き着いた世界では、はっきりとそれがわかる。僕の名は、更科0125。意味は更科の名が付くどこかの研究所で産まれた125番目の子供だということらしい。
「今日も一日なにをすればいいのだろう。」
僕はベッドの中で、つぶやいた。そうだ、ここはAIが多くの仕事が人にとって変わり、人はベーシックインカムに収入のほとんどを頼ってる世界。労働と消費が分離して人が消費に特化した全ての人が夢見た社会。
(何か食べようか。別に腹が減ったわけでないけど、少しでも時間を潰さないと。そしてこの感覚、ジリジリ精神の底を弱火でたきつけられるような不快感。今日も消えてくれない。)
「そのくせ、いつまでも寝床からでれないのだろう?」
自問が湧いてくる。ああ?でも何が悪い?これがどんなに無様な形でも、僕なりの、この世界に順応した形なのだ。不機嫌だ。もう一度寝てやろう。こうすれば軽い眠りが襲ってくる。そうすればまた1日すぎてくれる。仕方ないじゃないか。誰も僕が何かする事を期待しているわけではない。ただ人口減少中のこの国で人口数あるいは遺伝子プールを維持するために生かされている僕なのだから。
そして僕は浅い眠りに落ちることができた。
(でも、何故僕の脳は自分に反対する事ができるのだろう?悪魔のささやきという言葉があるのだから、僕以外の人にもごく普通にある話なのだろうか。わからない。なんせ僕は0125。遺伝子工学の産物。この脳もコンピューターのごとく、ただのオンオフのスイッチの塊かもしれない。)
た
「いつまで寝てるんですか?起きてください。」
不意に声がした。女性の声だ。
「もう昼過ぎてるじゃないですか。不規則な食事と運動不足と無駄に長い睡眠は、全て寿命を縮めます。長生きしたければ早く起きてください。」
トーストとコーヒーの香りがしてくる。僕は上半身を起こした。さらに声は続く。
「今日の一般教養の学習の予定は、はや四時間から遅れています。すみやかに朝食をとり端末の前についていただくようお願いいたします。」
僕は彼女の方を見た。緑色のショートヘアーにニコニコ笑うあどけない表情が目に入った。彼女は僕の枕のあるあたりからだいたい人一人分の距離を置いて立っていた。僕は口の中でモゴモゴ台詞をどもらせながら返事する。二度寝のちょっとした罪悪感のためだ。
「わかった。すぐ食べる。でも端末には座らない。図書館に行ってくる。」
彼女は軽くうなずいた。
「承知しました。それでは学習のノルマはそちらでの達成よろしくお願いします。」
そして彼女は左旋回すると軽い足取りで台所へ行った。そして不思議なことに、ここに香水の香りを残して行ったのだった。(なんでこのメイドロボットは、いつも香水をつけてるのだろう?)僕は彼女の後ろ姿をみつめた。
彼女の名前はニコ。いつも笑ってるからそう名づけられたらしい。僕が生まれた時からいた。僕専用のメイドロボだ。小さな時から生活の知恵から今日の専用的な知識まで教えてもらっている。一方で炊事洗濯掃除のメイドロボット本来の仕事もこなしている。僕にとっては母親兼先生のありがたい存在だ。(本当に人間みたいだ。僕は彼女が日々行われる雑務や会話から、またそれを処理するプログラム、さらに極小のスイッチに流れる電子の振る舞いにまで人的な感情の基礎を見出してしまい擬人化してしまいそうになる。)さらに彼女自身が自称美少女メイドロボだと宣言していた。本人曰く、メイドロボという立ち位置自体、大きな価値があり、特にその緑色のショートヘアーは昔いたとされる伝説のメイドロボをリスペクトした結果なのだという。(妙なAI。)
ともかく僕は、遅い朝食をとりに寝床から出た。
「図書館に行く時は学習カードを忘れずに持って行ってください。」
ニコは食器を洗いながら言った。
「もちろん。じゃ、行ってきます。留守番よろしく。」
僕は紺色の手下げを左腕にひっかけると、そのまま左手をズボンのポケットに入れた。つぎにあわただしく右、左とスニーカーに足を突っ込み、爪先を交互にトントンやりながらアパートの鉄の扉を出た。外は晴れ。雲は多いが今日雨が降ることはなさそうだ。春先の多少寒い気温だがすぐ慣れる程度。僕は図書館にむかってあるきだした。
ちょっとここで考えたい。どうだろう、自分は天才になりたいか?そうすれば何か良いことあると思うか?僕は今クレジットカードのような銀色の学習カードを持っている。ここには僕が今日やらねばならない学習内容と時間、達成されるべきレベルが入っている。それは退屈で自分を無理に引き立たせ無ければ達成しない課題が山積みで、たしかに天才なら軽く解決する事が出来るかもしれない。だが、この学習の本当の目的はAIに振り回されない自分を獲得することにある。この自律化したAIに囲まれたこの世界でも、まだ人間中心に事が回るようデザインされているからだ。人間はAIに飲み込まれないよう多様な選択肢をもてるようにした。こうすれば狼の前をジグザグに逃げるウサギのごとくいくばくかの個体は逃げ延びる事が出来ると政府機関は考えたのかもしれない。悪いAIがあらわれれば。
僕は学校に行ってなかった。気が付けば、そばにニコという良い家庭教師がいたし政府の医療機関の人からは、天才は幼い時から家庭教師がついていたとか学校に行っても落ちこぼれだったとか聞かされた。天才は天才という才能を使って長生き出来るはずだし、短命でもその業績は永久に残るだろうとも。だから僕は学校に行くのか自宅の学習を選択するのを求められた時、迷わず自宅の学習を選んだ。そして自分が天才になる夢をみた。例えば人に反乱を起こしそうなAIと対決、ギリギリまで交渉を重ねた結果AIを説き伏せるとか。あるいはイカれたコンピューターがいる巨大な計算センターに乗り込み、たくみに警備システムをかいくぐり、ついにはコンピュータの心臓部に到達。うまくプログラムを書き換え全ては平常運転。世界は平和を取り戻す。
でも現実はそうではなかった。AIはずっと賢かった。僕はいつしかこのコンピュータだらけの世界に慣れてしまい、しだいに天才などなろうとおもわなくなった。むしろ天才にでもなって下手に抵抗すれば余計に痛い目にあって苦しみ悶えて死ぬはめになるかもしれない。もし死ぬなら楽に死にたいから馬鹿な方が得するのではともおもっていた。