8 聖騎士団の暴虐5
シンはニート。
ニートとは暗闇の住人。
そう、闇こそ、ニートの真価を発揮できる聖域。
「俺は闇……。完全に気配を消し、闇と同化するなんて造作もない」
「ふざけるな、小僧! いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
一人の男が奇声を上げ、シンに向かって斬りつけてくる。
まともに見えていないのだ。それが大声をあげて動くのだから、自ら居場所をシンに教えているようなものだ。
シンは男の剣を悠々とかわし、背面に回り込むと背中を押す。男はそのまま派手な音を立てて床に倒れ込んだ。
アーガスは仲間達を見やる。
一人はデタラメに剣を振り回しながらみっともなく悲鳴を上げている。もう一人は完全に戦意を喪失している。
酒もかなり入っているし、あまりにも分が悪い。
聖騎士の名を語り悪事を働くこの男に、騎士の誇りなど持ち合わせていない
アーガスはポケットに手を入れると、何やら取り出してシンに見せる。
「シャドーマスターの兄貴。これをやるから、ここは見逃してくれねぇか? 見てくれはたいしたことはないが、伝説の魔女が大切にしていた幻のお宝なんだぜ? かなりの値打ちもんだ。俺が保証する」
――リーザ……
シンは手を伸ばす。
「グハハハ! かかったな、小僧。てめぇは今、完全に俺の間合いに入った。この射程なら絶対に外さねぇぜ! あばよ、クソガキ!」
言葉と同時に、丸太のようなごつい腕を振り上げ、鋭い斬撃をシンに向けた。
いや、向けようとした。
向けようとしたのだが、腕は完全に硬直し、まったく動かせなかった。
シンの手のひらが、真っ直ぐとアーガスの頭上に向けられていたからだ。
アーガスは言葉すら失い、全身からは大量の汗が流れている。
「バン!」
シンの発する声で、アーガスの後方から派手な音が炸裂した。
戸棚にあったウィスキーのボトルが次々と落下していく音だ。
お兄さんが駆け回り、ボトルを落としていっただけなのだが。
シンは手のひらをやや下へスライドさせる。
手のひらの先は、アーガスの眉間に向けられた。
アーガスは思った。
――完全に動きを見切られている。そしてわざとらしく一発目を外し、じわじわとなぶり殺す気なのだろう。あまりにも次元が違い過ぎた。
こんなところで死にたくねぇ。俺はレッドグリフォンの千人長なんだぞ。スゲェー偉い俺が、どうして殺されなくてはならないんだ!?
なんとか、適当に言いくるめて……
「あ、あのですね。さっきはただのおちゃめな遊びで……。あ、そうそう。シャドーマスターの兄貴の実力を見たくてね。どうですか? 俺たちのリーダーになりませんか? 俺達は兄貴の為にならなんだってしますぜ。なぁ、お前ら?」
仲間たちも同調して、コクコクと頷く。
シンはゆっくりと手を下ろした。
アーガスはニカリと笑った。
――ククク、予想通り、こいつは超甘ぇ。この場を適当にしのぎさえすれば、後はどうにでもなる。闇討ちなり毒を盛るなり、ありとあらゆる卑怯なメニューでぶっ殺してやるぜ!
シンは低くつぶやいた。
「……なるほど……。そうか……。俺が殺すまでもなかったか……」
「……シャ、シャドーマスターの兄貴……。それはどういう意味なんですか?」
シンはアーガスの手のひらからネックレスを奪い取ると、ジャラリと手の中で転がす。
「お前たちはこの石の意味を知っているのか?」
男たちは首を横に振る。
「……これは深紅の涙と言ってな、魔女の血を吸わせて作る呪いの宝飾品だ。心の清き者が所有するには無害だが、悪党が一度でも手にすると、今まで行ったすべての悪行が数千倍の苦しみになって返ってくる。まぁ、お前達はパラディン。真の善行者であるのなら問題はない。忘れてくれ」
アーガスたちは顔を見合わせる。
そんな馬鹿な!?
マジかよ!?
だけど、その言葉には恐ろしいほどの信ぴょう性を感じた。
何故なら、奪い取って半日かそこらで、シャドーマスターと名乗る闇の使い手がやってきたのだ。これから自分たちにどれほどまでの災いが起こるのだろうか。
シンは続けた。
「……あんたらは思うだろうよ。一思いに俺に殺されていた方が、さぞかし幸せだっただろうとな。……いや、そうでもないか。俺よりももっと恐ろしい奴と戦えるって、そりゃワクワクするよな? まぁ、この魔女の宝石とやらは貰っておいてやる。俺も悪党だ。触った以上、俺も呪われた。フフフ、魔女の呪い、大いに歓迎。早くお前らのようなチンピラではない、真の強者と戦ってみたいぜ」
男たちは完全に正気を失った。
そして悟った。
俺たちは決して関わってはならない悪魔と対峙したのだと。
「シャ……シャドーマスターの兄貴! 待ってください! ど、どうやったら、この呪いは解けるのでしょうか?」
「は? お前らはパラディンなんだろ? 悪なのか?」
「はい、正真正銘の悪党です。どちらかというと、せこく意地汚い小悪党の部類に入ります。兄貴のように完全悪ではありませんが、それでも罰は当たりますでしょうか?」
シンは頭をぽりぽりかいた。
「まぁ、行った悪事に対してもれなく千倍返しってのが、このアイテムの特徴だからな。それ相応の罰は当たるだろうよ」
「ひぇぇー!! もう悪いことはしません。絶対にしません。神に誓ってしないと約束します」
「……てか、お前ら。俺に誓ってどうする? それに、なんてくだらねぇ奴らなんだ。折角ワクワクするようなスリリングでエキサイティングな思いができるのに勿体ねぇ。最強極悪の暗黒邪神とも戦えるかもしれねぇんだぞ? まぁいいか。今までの悪事を打ち消すくらいの善行でもすりゃぁ、ちぃとはマシになるかもよ」
「……ぜ、善行ですか?」
「早くしねぇと、お前らの前に新たな殺し屋がくるかもしれねぇぞ。そういや、この宿、随分と汚れているな。それにガタもきている。庭は草ボーボーのようだし、天井裏には蜘蛛の巣とか酷そうだ。良かったな。早速、善行が積めるぞ。とりあえず宿のマスターと女将に千回くらい謝っとけ!」
「ごめんなさい。ごめなさい。ごめんなさい。どうか許してください……」
男たちはジャンピング土下座。
額を床にこすりつけ、猛省アピールを始めた。
シンはそれを見届けると、今度はカウンターの後ろまで移動する。
そこには小さくなって怯えているキィナの姿があった。
いきなり真っ暗になり、よく分からない内に乱闘まで始まり、さぞかしおそろしかったのだろう。ガクガクと震えたまま涙目で、シンを見上げている。
「おい、大丈夫か?」
少ししてようやく状況が飲み込めたのか「……お兄ちゃんの持っているそのネックレス……魔女姉ちゃんの……。返してあげて……」と弱々しく漏らす。
「知らねぇな。誰だ、そいつ? それよか汚したな。これでも売却して、勝手に何とかしろ」
キィナの首にネックレスをかけると、店から立ち去った。